違うんだって
朝井リョウ氏の『死にがいを求めて生きているの』を現在読んでいる。
若干ネタバレになるのでここから下、閲覧注意なのだが。
物語の途中、
「女はいいよな」
「生きてるだけで、弱者が強者に立ち向かってる感が出るんだから」
「女性の自立とか女性の社会進出とかさ、ずるいよなー。〜中略〜 男で何も成し遂げなかったらヒモ扱い、女で何か成し遂げたらヒーロー扱い」
というセリフが出てくる。
このセリフの発言主は、目立ちたがりタイプの男子大学生。
彼は、上に立つこと(表現が幼すぎるのを許してください)が行動の一番の理由だから、「手段と目的が逆転してる」と友人から言われてたりしている。
だから、この発言もそれを加味して考えれば、フェミニズム運動を見る視点としては的外れな訳だが。
でもこれの文章を読んで、私はドギマギした。
自分の周りにフェミニズムに明確に言及する人間がいない。
それゆえ、私、「なんか考えている自分」をアピールすることで、何かやっている人間として価値ある人間として、存在しようとしている。
フェミニズム、男女同権、本気でそれを願って発言している自分なのか。
フェミニズムだけに限らず、いろんなことを話す私がいる。地域活動、対話、コミュニティ、イベント企画、国際協力、、、
それが、ほとんど私にとっての手段なのだったら恐ろしい。
別に手段だろうが目的だろうが、できるんだから勝手にやってればとも思うが、、、
各人に対して明確な順位がつけられなくなった平成の世で、
共通の物差しがない中で、
どう生きるかまたもがく、
時代時代に生きづらさがある。
こうやってしょうもなくダラダラ悩むのは私がまだ21だからなのか
それとも頭でっかちのバカだからか
朝井リョウ氏の小説を読むのは、
良薬は口に苦し的なものなのか。
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