就活が嫌すぎて休学した20歳児の話。【なんで就活が嫌なの?編②】
どうも、岩見です。
前回まとめきれなかった続きをお話します。
前回のnoteはこちらです→(https://note.mu/shi5/n/nd310c164017e)
なんで就活が嫌なのか、前回のnoteの最後の方に就活には今現在の要素が薄いからとお話しました。
抽象的過ぎて何言いたいのか伝わりませんね。
私も、書きながらよくわかってないので、ゆっくり書きながら考えてみます。
今回も、どうぞお付き合いください。
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私は、『就活マッチングサービス』において、
今日を生きている私が、
未来を考える上での手段やプロセスにしかならない
と感じています。
そうすると、
今の私が生き生きしないんです。
今の私が死んでる気がするんです。
それがとても嫌で嫌で仕方ありません。
(ここから、思考に文字入力が追い付かず大興奮モード発動)
だって、就活っておかしくない???
今の私が大事にしていること、おもしろいなと思っていること、今の私にできることそんなのフル無視で、就職活動を成功させるために、自分を労働市場で価値のある人間にするために、資格を、留学経験を、プロジェクトに携わった経験を、ボランティア経験をしよう!アピールポイントを増やそう!他の就活生より抜きんでた存在になろう!って今の私からとにかく離れていく。
おかしい。今の私がそこにはいない。明らかにいない。
私が今どういう人間なのかを考える前に、今の貴方から変わらなければ就活後悔しますよって、圧力、私はしんどい。
さらに、「就活」の自己分析において、過去の私自身を振り返って出た答えが、未来の私のための材料でしかないのがおかしい。
自己分析って、今までの自分がどんな経験をし、そのときどのように感じて、今の自分の判断や行動の価値基準ができているかを知るため、つまり、あくまで今の自分を知るためのものであって。
そこから先のこと、今この瞬間からは、過去の自分が作るものじゃない。
過去の私はあくまで今の私を作ってくれたに過ぎないんだと思う。
未来の私をつくるのは、今の私の行動だ。未来の私を作るのは今の私しかいない。
(落ち着こう)
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なんですかね・・・上手く言葉にできません。
でも、明らかにわかるのは、私にとって、『就職活動』は、今の自分の存在を薄くしてしまう、もしくは否定してしまうので、嫌だなあと感じることです。
今の感覚や感性を大切に生きようとする私とは、相性が合わない、そんな気がします。
話は変わりますが、私は、今、就職率がここ近年平均して97%を超える大学に在籍しています。必修科目に「キャリア形成Ⅰ・Ⅱ」があり、その講義の中でたぶん全員が『就活』での面接のような「模擬面接」を受けることになっています。
就職活動をして大学を卒業し、新卒入社することが他の環境と比べて割合が多いから、『就活』に対する嫌悪感がなおさら増幅していったのかなとも思います。
このnote、『就活』が悪いものだとは言ってません。
私には合わないなあ。っていう、そういうお話です。
『就活』っていっても、ひとくくりに大学のキャリア支援室のような組織やマイナビ、リクナビなどの大手が示すルートをたどるだけじゃないと思います。
はてさて、そしたら、世の学生が多く嫌がり、批判の声も多い「就職活動」ってなんなのだろう。
このシリーズは終わるけど、考え続けていこうと思います。