プレスター・ジョンを探して(その1)/『シャドウラン 5th Edition』コラム14
01 前口上
この記事は新紀元社から発売されている『シャドウラン 5th Edition』日本語版ユーザーに向けた言い訳です。
記事の閲覧・利用に関する前置きは下の記事を参照してください。
02 プレスター・ジョンを探して
『シャドウラン 5th Edition』発売以降、テストプレイ・チームは長期的なキャンペーン・ゲームにおける「よりよいゲーム体験」の探索を続けて来ました。
しばしば誤解を受けることですが、TRPGにおいて「最良のゲーム・バランス」は存在しません。なぜなら、ゲーム・バランスとはユーザーの習熟度に応じて変化するものだからです。例えば、将棋では手合割といって互いの実力に開きがある場合、上手の方が何枚か駒を落とすという形でハンデをつけて調整しますし、たいていの対戦型ゲームではレーティングやランキングを設けてなるべく同じくらいの実力のプレーヤー同士が対戦するようになっています。
しかしTRPGではこうした形での習熟度の調整は行われません。習熟度の近い参加者を募ること自体が困難だからです。オンライン対戦ゲームのように、膨大な数のプレーヤーが常時接続していてさえも、マッチングにおけるトラブルは枚挙にいとまがありません。TRPGではセッションの参加者を募る時点で習熟度に差があるのが当たり前であり、通常、ゲームマスターがホスト役として調整を行います。
そしてここが重要なポイントですが、プレーヤーは普通、「参加者間の実力差に基づく公平さの調整」が行われることに必ずしも同意していません。ただ一種の紳士協定として、ある程度の調整が行われても何も言わないだけです。
『シャドウラン』では伝統的に、経験者が魔法使いやハッカーなどの「習熟を必要とするキャラクター」を担当したり、GMが「採用するルールやデータを調整する」ことによって、プレーヤーの習熟度を加味したゲーム・バランスの調整を行っていました。このため、「ゲーム・ルールとしてゲーム・バランスを調整する方法」や「GMとして参加者間の調整を行う方法」についてはルールブックに載っていますが、言及されているのは「機会の平等」に基づく示唆であり、数学的な手法を用いてこのように参加者間の調整を行うべき、というものではありませんし、またそうしたところで「よりよいゲーム体験」に繋がるかと言えば大いに疑問です。
プレーヤーは通常、自分だけが不利な修正を受けることを快く思わないものです。しかし、『シャドウラン』では例えば覚醒者キャラクターだけが不利な修正を受けるマナ障壁や背景放射、あるいはハッカー系キャラクターが主に不利になるノイズ・レベルという形で、特定のプレーヤーにだけ不利な修正を与えることがルール上可能であり、実際にそういう形で事実上プレーヤー間の実力差を調整しているグループも多いと思われます。
誤解しないでほしいのですが、筆者はそれが望ましくないと思っている訳ではありません。TRPGでは、特に『シャドウラン』では、ゲーム・バランス上の公平さの調整には「事実上のプレーヤー間実力差の調整」となる部分が含まれていて、あえてその境界を曖昧にすることで参加者間に不満が出ないようにしてきました。むろん、これは必要なことです。
筆者が指摘したいのは、プレイグループ全体の習熟度によって(≒ルールやデータの取捨選択によって)『シャドウラン』におけるゲーム・バランスはいかようにも変化するということであり、理論上、最良のゲーム・バランスなる状態は存在しないという事実です。プレスター・ジョンは最初から存在しないのです。