マークの大冒険 フランス革命編 | もうひとつのフランス史 王妃の暗号書簡
ルイ16世とマリー-アントワネットのヴァレンヌ逃亡事件を発端としたパリ民衆の暴動。夫妻は民衆の圧力によってヴェルサイユからパリに強制転居されるに至った。結果、ヴェルサイユ宮殿は、ものけのからとなった。そんな中、宮殿の庭園をマークが一人歩いていた。彼は枯れた噴水の中に足を踏み入れていく。噴水の水出口には小さな窪みがあった。マークは、その窪みに印章指輪を差し込む。この印章指輪は、ルイ16世の死に際に受け取ったものだ。ルイ16世曰く、地下室にはブルボン家が隠し続けていた財宝があるという。マークがセットした印章指輪を押し込んで時計周りに回すと、噴水の下から地響きが起きた。機械仕掛けのカラクリが、鍵によって呼び起こされたのである。音が鳴り止むと、マークの目の前には地下階段が現れていた。
「ルイ、ありがとう。ボクは見つけたぞ」
マークはそう言って、蝋燭を片手に暗い地下に続く階段を下っていく。彼が階段を降り切ると、目の前には分厚い鉄の扉があった。扉には指輪型の鍵穴があいていた。
「まさかこの鍵は、錠前造りが好きだったルイが造ったのか?」
マークは鍵穴に指輪をセットする。すると、どこからかカチッという音が響いた。マークが扉を押すと、鉄の扉は重い音をたてながら開いていった。
「すごい......これがブルボン家の力なのか」
マークの目の前に広がる地下室には、おびただしいほどの金銀財宝が敷き詰められていた。
「ローマ以来だな、マーク」
宝物庫にはマークだけのはずだが、彼以外の声が響く。財宝の山から片眼のアミュレットがぼんやりとした青白い光を放って浮かび上がり、言葉を発している。
「やっぱりここにいたんだね、ホルス。キミを取り戻しに来た」
「久しぶりの再会というわけだ」
「キミの力がまた必要だ」
「俺の眠りを妨げるつもりか?」
「あれから1800年も離ればなれになったが、ボクらの契約自体はまだ切れていないだろう?」
「またウェスタの怒りを買うぞ」
「そうかもしれないね」
「はぁ......お前には幾つも貸しがある。それをきっちりと返して貰わないとな」
「すまない。結局、以前約束したキミに渡せるものは何もなくなってしまった。アムラシュリングも日本刀も、ローマでのウェスタとの戦いで全て壊れてなくなってしまった」
「アムラシュリングなら何故かこの宝物庫に一緒にあった。バラバラだったが、地下室での生活は退屈過ぎてな、俺が元通りにした」
「嘘だろ!?」
「俺は神だ。できないことなどない。それに比べて生身のお前は何もできないからな。一時的にアムラシュリングは貸してやってもいい。だが、これはもう俺のものだ。いいか?貸すだけだぞ。そして、もう二度と壊すなよ。全ての財宝は元来、始祖であるエジプト王家のものであることを忘れるな」
「ホルス!!キミって奴は、サイコーだなっ!!!!」
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ボクはマリー-アントワネットに忠誠を誓う侍女から、王妃とフェルセンの往復書簡の一部を借りた。主人から手紙を持ち出しことがバレればこの侍女は即解雇だが、彼女はそのリスクを犯してまでも王妃を救いたかったようだ。熱狂的な忠誠心である。こうした臣下が数多くいたからこそ、王朝は続いたのだろう。それで、ボクが侍女を通じて手紙を取り寄せた理由は、解読にある。というのも、用心深いマリー-アントワネットは手紙のやり取りの内容を傍受されないよう、暗号を用いて行っている。彼女が手紙のやり取りをし、情報収集をしている相手はアクセル・フェルセン伯爵である。二人は古くから愛人関係にあった。ルイ亡き後、より精神を崩した王妃の心の拠り所はフェルセンだけだった。
彼らの暗号は複雑であり、判読はそう容易いものではない。そして、解読に至るまでには暗号を解くための鍵が必要となる。とはいえ、暗号解読はこの冒険家マーク様の十八番である。大ピラミッドのトトの隠し部屋の暗号を解き、宝物庫に一番最初に足を踏み入れたのはボクである。彼らが使用する暗号も情報と時間をしっかり取れば、必ず解読できる自信があった。
まず二人の暗号は、共通の本に登場する単語を鍵としている。二人が同じ本を持っていなければならないため、手に入りづらい本ではなく、著名で入手が容易なものであると推測できる。また、本のタイトルが同一でも、版が異なると指定ページの単語にずれが生じ、暗号は成立しなくなる。この点には注意したい。
解読作業の結果、二人が共通して利用している書籍は、モンテスキューの『ローマ人盛衰原因論』だった。彼らはこの書籍の27ページの「contraire(仏語で反対の意)」という単語を暗号の鍵としていた。
そして、文中ではマリー-アントワネットとフェルセンはお互いを偽装ネームで呼び合っている。ジョゼフィーヌ、ブラウン夫人、B夫人。これらは全てマリー-アントワネットを指す。リニョン。これはフェルセンのことである。リニョンは、フェルセンが修学のために18ヶ月間滞在した地である。彼にとって思い出の地であるのだろうか。いずれにせよ、リニョンはフェルセンを意味している。
また、コードネームでも彼らは呼び合うことがある。小文字の「o」はマリー-アントネット、大文字の「R」はフェルセンのコードネームである。要人たちもコードネームで示される。大文字の「B」はロシア女帝、小文字の「f」はスペイン王、大文字の「I」は敵対する英国、小文字の「n」は夫のルイ16世を示している。これらは二人が政治の話題に特に注意を払っていたためだろう。万が一手紙が誰かの手に堕ち判読されても、情報がなるべく漏洩しないようにする策である。
そして、各所に登場する「AMA」というモノグラムは「Axel ama Marie-Antoinette」の略称であり、すなわち「アクセル・フェルセンは、マリー-アントワネットを愛する」を意味している。本当にお熱いものだ。モノグラムで愛のメッセージをぶっ込んでくるとは。見ているこっちが恥ずかしくなる。
さあ、彼らが使用している暗号については完全に解読ができた。あとはマリー-アントワネットに手紙を送るだけだ。おっと、ここでは彼女をジョゼフィーヌと呼んでおこう。
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タンプル塔で幽閉状態にあったマリー-アントワネットに侍女たちの暗躍で手紙が届いた。彼女はフェルセンからの手紙と思って開封したが、その奇妙な文章に彼でないことをすぐに悟った。
「故n(ルイ16世)の友人にして、隠れし者アモンの遣い。n(ルイ)からの伝言をジョゼフィーヌ(マリー-アントワネット)に届ける」
「この手紙の差出人は誰?書体はフェルセンのものではない。ただ、私たちが考案した暗号システムが用いられている。暗号上の私の名がジョゼフィーヌということを知るのはフェルセンだけのはず。それに、書籍は包みに混ぜて手紙とは別に駅馬車で送った。そして、書籍には鍵として使用する単語に直接目印を付けておいた。なのに、この手紙を書いた人物は暗号キーを把握し、私たちの暗号を解読するどころか、完璧にトレースして手紙を書いている......!?」
マリー-アントワネットは、目の前の手紙にひどく困惑していた。
「良い報告と悪い報告がある。まず良い報告からだが、キミがn(ルイ16世)に対して何か気を負うことがあるとすれば、それは気にすることはない、と。n(ルイ16世)はキミに対して満足しており、不満はない。そして、リニョン(フェルセン)のことも好きにしていいとメッセージを受け取った。そして、悪い報告だが、次はキミの番だ。民衆は革命によって286名の首を落とすと宣言している。その処刑リストの筆頭にキミの名がある」
「嘘でしょ......?私の名が処刑リストの筆頭?」
「リニョン(フェルセン)と共にキミの救助に向かう。決行は一週間後。タンプル塔に閉じ込められたキミたちを奪還する。見張りがより堅固で、脱出までの時間があまりない。怪しまれないよう身軽で地味な格好を願いたい。この時ばかりは、王妃としての振る舞いに背く恥をしのんでくれ」
「フェルセンと共に迎えに来る?この人は一体誰なの?」
To Be Continued...
Shelk 🦋