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【本】プリズム ソン・ウォンピョン

今年、子を生んだ。生活は一変して、仕事ばかりしていた時期のこと、恋愛していた時のことは遠い宇宙、むしろ前世。我が身に起こったこととはにわかに信じがたい他人のドラマのよう。
産後のホルモンバランス崩壊も手伝って、過去の恋愛がすべて無駄だった、ていうか人生のすべてが失敗。井戸の底って…こういうことだったのか、と村上春樹のことを初めて理解したような。

その井戸の底への一筋の光になったのが表題の『プリズム』だった。

そもそもは、『女ふたり暮らしています』を読んでから、気になっていた韓国文学。おうちの様子とかが可愛かった↓

続いて『プリズム』を読んで、私が韓国文学に惹かれる理由が分かった。
まず、日本と韓国は共通点が多い。東アジアの国であるゆえの西欧との距離感、フェミニズムの課題や経済状況の悪化、それに伴う同世代の人々の感覚など、リアリティを感じる。だから感覚は共有できて感情移入できるのに、登場人物の名前や地名などはハングルだから、どこかファンタジーを読んでいるような没入感を得られる。

例えば、


林田はマンションを出て、愛犬のミチの散歩の途中に池尻にある行きつけのコーヒースタンドで少し冷めたカフェラテを流し込みながら、彼女のことを考えた。

とか書いてあると、なんとなく林田のスペック的なことを想像してしまうけれど、韓国文学だと、通りの名前や地名で変な先入観を与えられない。だから物語そのものに没入できて、純粋に彼らの恋愛に入り込める。

『プリズム』では4人の男女の過去と現在が交錯し、その関わりを通して各々が人として成長していく姿が描かれる。
過去でなく今に在ろうとする姿を、心の折り重なり、心情の変化を情緒的だけどべったりしないクールな筆致で描かれていて、今恋愛中の人にも、過去の恋愛に後悔がある人にも、なんとなく人生がどん詰まってる人にも、ありきたりだけど今って、今しかないということを、伝えようとしているような気がして。
今の私の過程に、すべての経験と、その中にある恋愛もぜんぶ入ってて、あの恋愛コノヤローとまた記憶が塗り替えられても、いややっぱり…と思わせてくれるような、そういう光に満ちた本だったように思う。

『プリズム』ソン・ウォンピョン
2022年


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