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【短編小説】ボクの天神湯(6)

【短編小説】ボクの天神湯(5)の続きです。
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夜遅く、キッチンテーブルで缶ビールを飲みながらご主人様が何やらいい匂いのする木の葉っぱを束ねていた。キッチンがまるで森の中みたいな香りになっている。
ボクは鼻をクンクンさせてからテーブルに飛び乗った。
「シロ、これが気になるの?」
ご主人様は、少し不器用そうに葉っぱを束ね終えると、できたーと嬉しそうに言ってボクの鼻先にそれをチラチラとさせた。

玄関がガラガラっと開く音と共にマー君が帰ってきた。「ただいまー」と言いながらキッチンを覗き、葉っぱの束でボクを撫でているご主人様を見ると嬉しそうに
「あれ?それヴィヒタ?」と聞いた。
「おかえりー。そうそう、サウナで使ってみようかと思って」
ご主人様もなんだか嬉しそうにその葉っぱをマー君に見せる。

そう、天神湯には木でできた小部屋に入り人間がホカホカに蒸し上げられて出てくる場所がある。それをみんなは恍惚とした表情で「サウナ」と呼ぶ。

ボクからしたらなんの罰ゲームをしているんだろうと思うけれど、そこで蒸しあげられた後水風呂に入ると、とても気持ちがいいんだそうだ。
このいい香りの葉っぱをそのサウナで使うらしい。

マー君は椅子に腰掛けると、少しテーブルに前のめりになりながら指を組み大真面目な顔で
「お客さんに試してもらう前に、まずは僕たちで試す必要がある気がします」
と言った。

翌日、昼の陽光が銭湯の高い窓から差込み、タイルの床にキラキラと反射する美しい時間。
体を洗い終え濡れた前髪をオールバックにし、腰にオレンジのタオルを巻いて例の葉っぱを持った二人が(ボクは脱衣所からこの滑稽な姿を見つめているんだけど)顔を見合わせると意気揚々とサウナに入っていった。

しばらくすると、マー君のヒャヒャヒャと言う笑い声と、葉っぱで何かを叩くようなファサッっと言う音、「なーにこれ、気持ちいいー!」というご主人様の声が聞こえてきた。

ボクは思わず脱衣所から浴室に入り込むとサウナの前まで行き、荷物置き場の上に飛び乗って小窓から中の様子を見た。
そこには葉っぱでお互いを叩きあう汗だくの二人がいた……。人間のやることって本当にわからない。
だけど、二人はとっても楽しそうだし気持ちよさそうだ。
しばらくしてサウナから出た二人は汗をシャワーで流して、小さな水風呂に肩を寄せ合うようにして入った。
ご主人様は少し水風呂が苦手なようで、借りてきた猫みたいに静かだ。

その時、玄関の方からチサちゃんの声が聞こえた。配達に来たのかもしれない。
「あれー、居ないのー?」
「あー、ちょっとサウナの様子見てるー!」
ご主人様が水風呂からそのまま返事をする。
マー君が「え?その返事違くない?」と慌てて急に水風呂から上がろうとした時、チサちゃんがスタスタと男湯の脱衣所へ入って来てしまった。
ボクは「ニャー」と言うとチサちゃんに向かって思いっきり走った。
「あー、シロちゃんも居たの?」
チサちゃんがしゃがんでボクを撫でる。その隙にマー君はもう一度急いで水風呂に浸かった。

チサちゃんはボクを撫で終えると水風呂にちょこんと入る二人を見て、「え?何やってんの?」とご主人様に真顔で聞いた。
「サウナの様子見てるって言ったじゃん」
ご主人様も普通に返事をする。
マー君だけが、サウナ直後より赤くなってしまった顔で俯いている。
チサちゃんは何も言わずに踵を返すと脱衣所から出て行き、玄関からもそのまま出て行ってしまった。

風呂から上がった二人はそれぞれドライヤーで髪を乾かしながら
「ヴィヒタ良かったね」と言い合っている。
確かに、二人の体からは森林浴をしたあとのような香りがしていた。
「でも、おじいちゃんたちは馴染めないかな」
マー君が急に真面目な顔をして言う。
「どうだろうね、意外にさ、お年寄りだから新しいものは馴染めないかもって決めつけちゃうのは違うかもしれないなぁって」
ご主人様もドライヤーのコードをクルクルとしまいながら真面目な顔で返事をする。
「そうか、そうだよね」
マー君は素直に頷いた。
ボクは、マー君のこういう素直なところが好きだ。自分の意見がやんわりと違うかもよと言われた時、どういう風に受け取るかって意外と大切なんじゃないかと思っている。

結局、葉っぱはそのままサウナに設置され、いつもサウナを利用する背中に綺麗な模様のあるおじさんと、初めて天神湯に来たという大学生くらいの青年が恐る恐る(青年は本当にいろんな意味で恐る恐る)使っていた。
帰りに「気持ちよかった」っておじさんがご主人様に笑顔で言っていたから好評だったらしい。

銭湯の営業を終えて家に戻ると、玄関にチサちゃんの靴があった。
「あれ、チサ来てんのー?」
ご主人様はサンダルを脱ぐと大股でキッチンへ向かう。
チサちゃんはテーブルに置いた缶ビールの横でうつ伏せで眠っていた。
横には伏せられた本と綺麗な枯葉色のポストカードが置いてある。ご主人様はそっとそれを手に取って見つめた。

優しい人
その言葉だけでは表現しきれない
透明な人

その垣根の低さと
愛の大きさに
魂ごと持っていかれそうになる

カードにはそんな言葉だけが書いてあった。
まるでご主人様のことを言っているみたいだ。

ご主人様はブランケットを持ってくるとチサちゃんの背中にそっとかけた。
そして向かいの椅子を静かに引いてそこに座るとテーブルに頬杖をついた。チサちゃんが起きるまで待っているつもりらしい。

ボクは眠気に襲われて部屋を出た。その時、廊下で立ったままでいるマー君を見つけた。
ご主人様がチサちゃんにブランケットをかけていたのを見ていたようだ。
マー君は少しだけ寂しそうな顔をすると、口の前に人差し指をあてて、ボクに向かって「シー」と言った。
ボクは眠くて返事もできないので、そのまま二階への階段を登った。

チサちゃんは相変わらずご主人様が好き。マー君は相変わらずチサちゃんのことが好き。だけど、ご主人様は誰が好きなんだろう?
誰かを心から好きになったことはあるのだろうか。いつもどこか飄々としていて、掴みどころがない。
それこそ、透明だなと思う。

(つづく)

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