知らせるさ、君には
突然、人生の夏休みが始まった。仕事がうまくいかないという思いがピークに達するのと、契約の終了を告げられるのはほぼ同時だった。何かをしみじみと考える間もなく、あっという間に私は無職になってしまった。世間でもちょうど夏休みが始まった頃の話だ。求職、という言葉が脳裏を掠めるたびにそこから目を逸らす。まるで後回しにした宿題のように。心の底で沸いては消える焦燥感と、時間がいつもよりゆっくり流れるような間延びした感覚。十年ぶりの気分を味わうようになって、まだ二週間だ。
今朝は早起きをして、仕事のためにと熱心に読んだ膨大な書籍を売りにリサイクルショップへ行った。在職中に費やした労力にはまるで見合わないお金を受け取ってから、どうせ暇なのだからと広い店内を冷やかすことにした。ほぼ新品のCDに、薄汚れた人形、時代を越えてきたようなフィルムカメラ。この店に並ぶ商品の前の持ち主たちは、どんな気持ちでこれらを売りに出したのだろう。
ふと、足が止まった。目の前には、「ジャンク品」の札をつけられた赤いエレキギター。私の心に十年前の光景が蘇った。あれは、親友だったあの子の家の狭くて暑い部屋、彼女が鳴らすピカピカのエレキギターの音色に心を弾ませていた夏だ。アンプに繋いでも音が出ないという理由で、私の書籍を売ったお金とそう変わらない金額をつけられているギター。気が付くと、私はそのギターを手にして家へ帰ってきていた。
十年前のあの子のように、インターネットで調べたコードを拙い手つきで押さえて、ぎこちない動作で弦を鳴らす。ピカピカの初心者向けギターも、どこのものとも知れない壊れたギターも、あの頃二人で熱心に聴いた曲と同じコードを追いかける。弦を押さえきれていないのか、欠けて聞こえる音があるのもあの子と同じ。下手くそなギターをかき鳴らしながら、あの子の下手くそな笑顔を思い描いた。あの高三の夏から十年。あんなに毎日一緒にいたのに、どうして連絡を取らなくなったのだろう。
そうだ。周囲の反対も聞かずにギターを担いで東京へ出て行ったあの子が眩しくて、見ていられなかったのだ。人生の流れに身を任せるだけの私と、自分の道を自力で切り開いて進むあの子が果てしなく遠く離れて感じて、勝手に距離を置いたのだ。
躓いたきりそのまま座り込んでいる今の私を、あの子は笑うだろうか。それとも怒るだろうか。どんな言葉を受けてもいい。そう、あの曲もそんな歌詞だった。
知らせるさ、君には、きこえるかい。
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