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神原一光『WOWとYeah 小室哲哉 〜起こせよ、ムーヴメント〜』
90年代、小室哲哉が起こした空前のムーヴメント。
それは80年代~90年代初頭、大ブレイク前夜の小室が「楽曲提供のチャンス」と
「TM NETWORK」を通じて「人々が振り向く音楽とは何か」を学び積み重ねた成果だった――。
NHK「インタビューここから 音楽家・小室哲哉」(聴き手・廣瀬智美アナウンサー)をさらに深掘りインタビュー10時間!
TRF、篠原涼子、H Jungle with t、華原朋美、globe、安室奈美恵……。
ミリオン20曲を軸に「ヒットの秘策」を聞き出す渾身の一冊。
そもそもの
ことのはじまりは(CV:石野卓球)このポストでした。
愛媛新聞10/4付22面、田家秀樹さんの地方紙連載『90年代ノート』最新回はTMN「Love Train」。造語「FANKS」や「リニューアル」といった表現について、YMOの後継的イメージから『RHYTHM RED』での一新、そこからロックとポップの融合による「Love Train」へ。 #TMNETWORK pic.twitter.com/MlCukpjTmT
— ほんのこ (@shbttsy74) October 3, 2024
なんの拍子かこれがえらいこと見られたらしく、ついには『WOWとYeah』の著者・神原一光さんのエゴサーチにかかったようで、
Love Train / We love the EARTH
— 神原一光 | ™️🌏WOWとYeah (@ikko_1980) October 5, 2024
ともに WOW が登場しますね🌏#WOWとYeah #FANKS #TMMETWORK https://t.co/d5Cl5ywnqb
このポストが『WOWとYeah』著者の神原さんにまで届き、せっかくなので感想を…と再読していたら止まらなくなり「これは短くまとめるよりもちゃんと長文で残したほうが」と思ったので、どこかで時間を作ってnoteに書こうかなと。読書感想文みたいでワクワクだけど少し緊張…しばらくお待ちください。 https://t.co/PD4Em02tMI pic.twitter.com/VXHLal20m2
— ほんのこ (@shbttsy74) October 7, 2024
…となった次第。
あれからはや3ヶ月が経ち、あっという間に年の瀬を通りすぎ2025年。
本業の仕事納めもしたので(できたとは言ってない)ようやく時間をつくって文章をまとめることができます。
神原さん、ずいぶんお待たせしまして申し訳ありません。
書籍制作のきっかけになったNHK『インタビューここから』や、本書の内容については、すでにたくさんの方があちこちに書いているはずなので、ぼくが書いておきたいところだけを簡潔に。
本当の顔を見てみたい
本書のクライマックスは、2022年夏のNHK Eテレ『天才てれびくんhello,』のための楽曲制作のくだりです。
てれび戦士=10代前半の子供たちと、コロナ禍での学校生活について対話した小室さんは、
「友達の”本当の顔を見てみたい”ということを話してくれたと思うんだけど、それは、いろんなことにつながるね。漢字でいう『素顔』の『素』。それと『心』の『素』を見たい、みたいな。『素直』な気持ちの『素』と一緒でしょう?」
小室は「てれび戦士」との会話から、曲のテーマとなる「素(す)」という言葉を導きだしていたのである。
この「素」というキーワード、直近で見たおぼえがあるぞと同書を読みかえしてみたら、H Jungle with tの話のなかにありました。
少しだけ自慢できることと言えば、テレビでは見られない、浜ちゃんの「素」というか「素顔」の部分を、歌を通して引き出すことができたのかな。(中略)…歌というまったく違う世界に挑戦することで、逆にパターン化されていない「素」の部分が出せたんじゃないか。
歌手の「素」を引き出す。
音楽プロデューサーとしての小室さんのスタンスはここにある、というのが本書をつらぬく縦軸になっていると感じました。
あの90年代のTKブームを体感した、田舎で暮らす当時10代のぼくの耳にも、チャートを席巻する小室哲哉楽曲への悪評はきこえていました。
「結局どれも似たような曲じゃないか」
「曲だけ先に作ってテキトーに歌手にあてがっているんだろ」
「誰が歌っても同じだよ」
…的なことを、せまいコミュニティのなかでもきいた記憶があります。
受ける印象や感想は自由ですが、しかし、「プロデューサー小室哲哉が歌手に一方的に曲を押しつけていた」という見方を、小室さん(と本書)は否定します。
戦略的にレイヴを導入したtrfにおいても、メンバー―わけてもダンサー陣―が本来得意とするブラック・ミュージックをやりたいという意志を、決してないがしろにしていたわけではなかった。
だけど、まず売れなきゃいけない。売れてからみんなが一番得意な音楽をやれるようにするから、こらえてほしいと言ったんです。その約束をかたちにして、すべて詰め込んだのが『Overnight Sensation』でした。
当時プライベートのパートナーでもあった華原朋美さんにおいては、こんなエピソードも(もったいない…)。
歌詞には、彼女の意見がかなり反映されています。歌詞の初稿を見せた時、どこが気になったかいまだにわからないんですけど、ホテルの暖炉に丸めて捨てられちゃって(笑)。
そして、このスタンスをはっきりと明言したのが、安室奈美恵さんの話のところでした。
世間の皆さんは「小室が考えたキャラクターを安室が演じている」と思っていたかもしれないんですけど、実際はその逆なんです。(中略)彼女のアイデンティティがまずあって、僕がフレキシブルにそこに合わせていくという形でした。
また、本書のすこしあとに刊行された『小室哲哉 読音1』(株式会社ステレオサウンド、2024年)のインタビューでも、これに似た発言がおさめられており、補強材料となっています。
プロデューサーという仕事は、外から見ると自分のエゴをアーティストに押し付ける人、みたいなイメージを持たれかねない。でも実のところ、『SWEET 19 BLUES』をレコーディングしているときの僕は、安室さん自身が誇りを持てる作品に仕上げることと、与えられたミッションをクリアすること。この2つしか考えていなかった。
僕のプロデュース方法は、基本的にアーティスト自身の個性を引き出すスタイルで、すべてを自分のカラーに染めたいという気持ちはありません。アーティストが自分らしく歌ってくれて、なおかつファンやレコード会社が望むものを形にすることが自分の仕事だと思っているので。
アーティスト本人の意志、レコード会社からの要請、現在の音楽の潮流、一個のミュージシャンとして取り組んでみたいサウンド…音楽プロデューサーが考えなければならない項目は山のようにあり、その解決策は千差万別あって、唯一絶対の方法なんて存在しないのでしょう。
そのなかで、まず「アーティスト自身の個性(素)を引き出す」ことを優先するのが小室哲哉プロデュースである、と定義したのが、本書の大きな意義だと思います。
第2弾があるならば
小室さんご本人のインタビューは、本書もふくめすでに多数世に出ているわけですが、もしかなうならば、あの90年代という同時代を生きて、かつTKブームの内側ではなく外側にいた音楽関係者たちの話を聞いてみたいです。
そう思うきっかけになったのは、本書でも言及されていたH Jungle with t「WOW WAR TONIGHT」が吉田拓郎をはじめ多くの先輩ミュージシャンに高く評価されたという話でした。
吉田拓郎「小室君がいろいろ、ヒット曲とか作るじゃないですか? 僕、さっぱりわかりませんよ。本当にね。でも、このあいだの、ダウンタウンの浜田君の曲、あれは率直に言って、『すげぇいい歌だな』って、すごいシビレてるんですけどね」
甲斐よしひろ「僕がここ2年間でのベスト3を選ぶとしたら、あなたの作った曲が2曲ぐらい入りますよ。特に浜ちゃんに作ってる曲。あれは作ってるヤツの声が聞こえるんだよね」
松山千春「けど、浜田に作ったあの歌はいい歌だよな。本当にな。俺、小室のプロデュースした曲もいっぱい聴いたけど、俺が決めるんだったら、あの歌が一番って感じがするな」
「WOW WAR TONIGHT」”は” いい歌、ということは、それ以外の楽曲についてどう思っていたかについては…ということなわけで。
日本のお茶の間(という言葉ももう死語に近いのでしょうか)に流れる歌謡曲を変革しようとし、実際に変えていった小室哲哉。
その姿を、その楽曲を、おなじ音楽業界に生きるミュージシャンは、作詞家・作曲家は、レコード会社は、テレビ界の人間は、どのように見ていたのか。
たとえばミュージシャン。
プロデューサー小室哲哉は、しのぎを削りあうヒットチャート常連の歌手・バンドの作品をかなり聴き込んでいたようで、本書でもよく名前を挙げています。
ということはその逆も、つまり小室哲哉の楽曲もほかのミュージシャンに研究されていたのではないか。
昨年11月放送のテレビ朝日系『EIGHT-JAM』GLAY特集では、「HOWEVER」は安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」をヒントにして作ったと、TAKUROが語っていました。
「90年代で一番聴いた曲は、安室ちゃんの『CAN YOU CELEBRATE?』です。感動した…」
「建築のような構築美。フェードインしてきて、強力なサビがあって、その後に浮遊感のある、別の世界に連れて行かれるような…だけどきっちりと男女の出会いを書いている。こんなに美しい曲、この世にあるんだ…くらいの」
「ある時『CAN YOU CELEBRATE?』の構成を書いて、これに合わせた曲を作ってみたいと自分に縛りを作り、ニューヨークに行ってガーッと書いたのを覚えてる」
こういう話がほかにもあるのなら聞いてみたいし、あるいは「小室がなんだ!」と仮想敵にされていたのかもしれない。
TK楽曲が好きだった人、嫌いだった人、我関せずだった人、いろんな人の思いを聞いてみたいな、と思うのです。
(言ってみるだけならタダなので…)
推しは推せるうちに
一昨年はとくに、よく聴いていた(いる、今も)ミュージシャンが次々と亡くなり、その追悼企画として過去インタビューまとめなどの書物が刊行されています。
もちろんそれらを買って読んではいるのですが、やはりファンからの賛辞は、その人にとどくうちにとどけたいもの。
本書への感想を書いたこうしたリアクションが、もしまわりまわってご本人にとどくならうれしいことだし、そうでなくても、応援する声がここにもあるよと記しておくことはムダにはならないと信じています。