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【ショート小説】灯台もと暗しは……

 「可愛くないんだよ」

 私が発した言葉に「えっ」と言ったひかりはしばらく俯き、手に持っていた缶ビールをバンッと机の上に置いた。
 「最後の一言がそれ? 」
 「うん」
 「呆れるよ。梓、それでよく我慢できたよね」
 さっきまで私の話を笑い飛ばして聞いていたひかりが、真顔になった瞬間だった。 
 そして「別れて正解だよ」とビールを飲みほした。     こんなに怒ったひかりを見るのは初めてだった。 

 昨日の夜、久方ぶりに今は「元」になった彼氏から連絡があった。はやる気持ちを抑えて家を飛び出し、目的地のマンションの下で彼の姿を捉えた。
 「会いたかったよ」
 この言葉だけを期待した。けれども、そんな淡い想いは見事に打ち砕かれ、今、私の頭にリフレインしているのは「別れたい」「可愛くないんだよ」という無機質な言葉たちだけだった。

 あのさ、と何か言いかけたひかりが、今度は手に持っている缶ビールをそっと机に置いた。
 「梓は『可愛くない』んじゃなくて、『可愛げがない』だけだと思うよ」
 疑問しか浮かばない親友の科白に「どうゆうこと? 」と問いかけた瞬間、目の前の景色が暗くなった。

 「あっ、切れかかってるね」
 そう言って、ひかりが天井を見ている。私も同じように顔を上げた。リビングの電球がもうそろそろ寿命なのだろう。
 「彼が取り替えてくれるって言ったから待ってたんだよ。本当は自分できるのにさ」
 そう、電球を取り替えるくらい、一人でできる。ただ、あいつが替えてあげるって言ったから、私はちゃんと甘えようと健気に待っていた。
 ふと視線を感じてひかりを見れば、静かに笑い返してくれた。

 「梓、頑張ったんだね。可愛げがないって言ってごめん。一人で何でもやり退けてしまうとこ、潔くて梓の格好いいところなんだよ」
 「うん、ありがとう。さすが私の親友。こんなにいい女がいるのに灯台もと暗しなやつだよ、あいつは」
 あはは、と笑って見せたが、自分で放った言葉なのにどこか他人の言葉のようで、気持ちが悪くなった。その違和感を払拭したくて、新しい缶ビールに手を伸ばそうとすると「梓、ちゃんと聞いて」とひかりが私の手を制した。

 「そいつからしたらさ、梓は可愛げがなかったかも知れないけど、男全員が梓のそういう所、好きじゃない、なんて思うのは早計だと思う」
 真剣に言ってくれるひかりに対して「だといいんだけどね」としか返せない自分を、心の中で一笑した。

 「あっ」
 二人して声を発した時には、電球の点滅がひどくなっていた。この電球ももう限界だろう。 電球を取り替えるには、椅子をここまで持って来なければならない。家にある椅子は少し重たく、正直その椅子を動かしたい気分ではなかった。たった二、三メートル運ぶだけだ。でもその二、三メートルが億劫だった。

 こういう時、電球をさっと取り替えてくれる彼氏がいたらな、という妄想に耽るよりも、全てLEDライトに入れ替えたらどうだろう、という現実的な考えに傾倒してしまう。別にいいじゃん、それの何が問題なの?と思われるかも知れないが、これはそんな単純な話ではなくて。

  三十路を越えた身からすれば、この決断に至る思考によって婚期を逃すかも知れない、と思ってしまう。つまり、人に頼れる自分を育てるか、人に頼らない自分を育てるか、このどちらを選ぶかによって、今後の私の人生は大きく変わる、ような気がしていた。

 カチッ。今度は部屋が完全に暗くなった。
 ひかりが部屋の電気を消したのだ。
 暗闇に慣れてきた視界でひかりを追えば、椅子を使わずに電球を取り替えていた。ひかりは私よりも、こんなに背が高かったんだ。
 「はい、できました。梓、電気つけて」
 あっけにとられて、返事もままならず、急いで部屋の電気をつけた。さっきよりも、部屋が明るくなったことに安堵する。 

 「電球一つ変えるくらい、俺にだってできるから。しかも梓に言われる前にね」 
 そうか。人に頼るべきと思っていたことは、もしかしたら頼ることすらしなくても良いのかも知れない。私とひかりの間なら。
 なんだ、灯台もと暗しは私のほうだったのか。
                                  了
                  しゃろん;

あとがき;
ラストは、皆さまの思い描いていたものに
なりましたでしょうか?

梓はひかりの存在に今頃気づいたんですかね。

そしてひかりは、男性でございました。

それが生まれもっての性別なのか
心の性別なのかは、
もはや重要ではないようです、

梓にとってみれば^ ^

最後まで読んでいただきまして、
ありがとうございました。

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