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Vol.6 コミュニティプラットフォームは社会のコモンズへ

こんにちは。当社が提供するコミュニティプラットフォームShare Village(以下、コミュニティプラットフォーム)は、2024年末にクローズすることになりました。

そこで、コミュニティプラットフォームのこれまでの歩みと、コミュニティプラットフォームを閉じることによって今後当社がどのような展開をしていくのかの軌跡を、『コミュニティプラットフォームの閉じ方』として連載してまいります。

前回の記事はこちらから↓

今回はシリーズの最終回ということで、どのようなプロセスでプラットフォームを閉じるという経営判断をしたのか、シェアビレッジ株式会社代表の丑田と半田からインタビュー形式で伺いました。


関係人口や二拠点居住にテックで切り込む

akapos:コミュニティづくりのノウハウを全国に共有するやり方は色々あったと思いますが、どうしてアプリという手段を選んだのかお聞きしたいです。

丑田:2015年から村民制度のシェアビレッジ町村(茅葺古民家)を開始して、そこから参加型や共創型のコミュニティを地域に根差しつつ住民票に縛られずに拡張していく形が、町に良い揺らぎを与えているなという肌感覚がずっとあります。ここ数年で、「関係人口」や「二地域居住」などの言葉として概念化されて、他の地域にも広がってきています。この流れがもっと世の中に広がっていったら良いし、それを僕らが全国に直営してやっていくよりも、それぞれの地域に根差した人たちが自分たちの内発性や主体性を持って作っていった方が、面白いものができるし、持続するんじゃないかと思っていました。

秋田県五城目町の茅葺き古民家を舞台に、
年貢を納めて皆で村を作ろうというプロジェクトが行われていました。

村民制度を拡大して1つの大きなコミュニティ基盤で各地に広げていくよりも、小さなコミュニティが無数にあった方が彩り溢れて楽しくなるんじゃないかとも考えていました。「古民家と関係人口」というテーマだけでなく、様々な領域に適用されていった方が広がりが出るし、自分達の想像を超えたものが各地から生まれてくるんじゃないかという期待もありました。

1人のリーダーが引っ張っていかなくてもコミュニティが持続したり、いくらのお金を出したからいくらのリターンをくださいっていう関係じゃない、共助や贈与が巡るコミュニティを道具があることで作りやすくなるんじゃないかと思っていた時に、Share Villageの前身であるKOUというアプリがクローズし、その資産を受け継ぎました。ちょうどコロナ禍で都会から田舎への移動が止まり、各地への展開の在り方を問い直していた時期に巡り合わせがあり、アプリというアプローチに定めました。

akapos:実践を基にこんなふうなツールがあったらいいなという構想があった時に、別のサービスがクローズしてタイミングよく引き継いでいったんですね。今説明されていたように思い描いていた理想はどこまで実現することができましたか?実現にあたって難しかったことは?

丑田:キュレーター編でもあったと思いますが、コミュニティコインを独自に発行して使うという機能は絶対に面白いと思って開発しましたが、ユーザーにはその概念が理解しづらく動かしづらいところもあったと思います。あったら良いなと思って開発したが利用されない機能も結構あって。コミュニティのお財布を見える化するとか、コミュニティ同士を姉妹村として繋ぐ機能はなかなか使われなかったですね。あとは、コミュニティのメンバーを集めるのは結構パワーがいる作業だったり、誰もがコミュニティ作りを民主化していくというビジョンの中で、参加型や共創型のコミュニティを作っていくとか、暮らしを共有化していく流れにつながっていくまでのハードルが結構あるなど走りながら感じていましたね。

五城目町にはポコポコキッチンっていう葉っぱのお金を流通させている食堂があります。そこもShareVillageのコミュニティコインと設計思想は近いんですけど、デジタルでこそハードルが下がるものと、逆にデジタルだと地域の子どもやじっちゃんばっちゃんは使えなかったりするから、触れられる紙の方が道具として楽しめる場合もたくさんあるという気づきもありました。

ポコポコキッチンでのみ使用できる「ポコポコ」という通貨

デジタルの方が向いてるもの、アナログの方が良いものなど結果的に多様性があって素晴らしいことなんだけど、アプリという限られた機能の中でそれを実現しようとするとなかなかハマりにくい所が多くて、今の時代の流れの中でバチッとハマるポイントを見つけきれなかったと思います。

コモンズという言葉を広めるために

akapos:コミュニティオーナー編で、しまやんが丑田さんのコモンズの話がかっこよく聞こえてアプリを利用することに決めたと言っていましたが、コモンズの話に共感してくれる人を増やすために意識していたことなどはありましたか?

丑田:言葉は試行錯誤しながら作り変えていて、コモンズっていう横文字だけが歩くと意識高い取り組みになってしまうので、例えば「みんなでつくる暮らしを支えるコミュニティプラットフォーム」とか「暮らしを共有化する」って言ってみて、マイルドな感じになるよう意識しました。アプリのデザインは、町で暮らす1人1人がこれだったら楽しそうだなとか、ワクワクできそうだなと思うようなカラーや丸みをつけるように工夫しました。

あと、五城目町というリアルな場所から始めたことでもあるので、実際に五城目町にきてもらうことは結構大事だなと思っていて。コモンズとかコミュニティコインっていう概念だけでは、自分の手触り感とか身体感覚から切り離されたような感じになってしまうから、実際に来てもらって、古民家だけでなく、遊び場、温泉、小学校も実はみんなで作るってできるんだなっていうのを五感や身体で感じて、コモンズってこういうことかみたいなのが伝わっていくといいなというのはかなり大事にしていました。

akapos:それがラーニングジャーニーとかにもつながっていくんですね。

丑田:まさにそうですね。あと、プラットフォーマーがユーザーと一緒にプラットフォームを作っていったり、学び合っていく状態をどう作るかっていうのもあって。資本家がプラットフォームをガッと作ってユーザーはそれを利用するだけっていう消費者と生産者にとどまらない関係を作るのが、この参加型コミュニティの1番のベースにあるものです。ユーザーも一緒に育てていこうよとか、各地のコミュニティで生まれてきた知見をシェアし合う文化が生まれていくことがすごく大事なことだと思っているので、「ラーニングビレッジ」っていう学び合いのコミュニティを作りました。そこで生まれたものをnoteや動画・書籍としてまとめ、形式知にしていくことは引き続き取り組んでいきます。

コミュニティプラットフォームは社会のコモンズへ

akapos:どうしてプラットフォームを閉じるという経営判断をされたのですか?

丑田:1つは当初目指していたコミュニティ数やその規模感が想定のカーブを描けなかった所ですね。株式会社として、撤退基準は内部では話していました。とはいえ培ってきたつながりの資本や経験値はまた別のアウトプットになるということも思っていて。システムの主要機能はAPI化していて、自治体によるシステム活用(公民連携モデル)や、企業とのデータ連携による活用もはじまっています。

システム自体が社会のコモンズとなり、これまでのtoC向け事業モデルにとどまらず、また次の社会にインパクトを及ぼしていくために活かされていく流れをつくっていけたら嬉しいですね。

シビアな経営判断がベースにありつつ、目に見えない資本を次に活かして、目指していたビジョンからブレずに違う形でアクションを考えていった結果、そういう判断になりました。

akapos:どのくらいのタイミングでそうした話が出てきてたんでしたっけ?

丑田:2023年の年末かな。クローズするか、誰かに渡していくのかなどを出資者の方と改めて話しました。いきなりクローズするという意思決定はせず、別のキャッシュポイントも作ってなんとか生き延びながら、中長期で社会のインフラにしていく方がいいんじゃないかっていうのを、2024年頭では試行錯誤していましたね。コミュニティオーナー1人1人とのコミュニケーションも丁寧に進めていこうと考えていました。

半田:もっとドライに意思決定して、素早く閉じる選択肢もあっただろうけど、我々は参加してくれているコミュニティとの関係性を大事にやってきたから、伝え方やクローズの流れを組んでいく中で、時間がかかるのは仕方がないっていうのもある程度理解はしていましたね。

akapos:岩手町*とのプロジェクトの話も聞いてみたいです。

丑田:シェアビレッジが培ってきたつながりの資本やシステムのリソースが、これからのライフスタイルや自治体の動きに繋がっていくようなことをしていけたら良いなと思い、その一つが岩手町をはじめとした公民連携のプロジェクトです。

*岩手町では、SDGs未来都市に選定された活動の一環で、食や農を起点とした関係人口づくりや、地域内からさまざまなプロジェクトが生まれていく環境づくりを支援しています。その一つとしてShare Villageアプリを利用したり、各種イベントや五城目へのフィールドワークなども実施しています。

akapos:シェアビレッジのアプリが復活ないし形を変えていく可能性はあるんですか?

丑田:そうなるようにはしたいと思っているんだよね。二拠点居住のプラットフォームやデジタルなコミュニケーションを促進するためのツールとして活きてくることはあり得るし、そういったプラットフォームを育てていくことが得意な人たちと組んだり託したりっていうのも含めて、社会にインパクトを出していくために、自分達もできることがあったらいいなと。

おわりに

akapos:丑田さん的にこれまでのShare Villageの歩みにラベリングするとしたらどんなラベルを貼りますか?

丑田:おしゃれな質問だね笑

半田:「ロマン」という言葉を選びたいですね。新しいビジネスを生み出し進める上で、必ず経済合理性と、楽しいことをやりたいっていう、そろばんとロマンのバランスみたいなのが出てきますよね。規模は小さくても温度感が高いコミュニティが育まれる方を我々は選んできた。ビジネスとしてスケールしていくことはもちろん大事で、プラットフォームビジネスでももちろんそこに挑戦してきたけど。

丑田:「アナログからテックへ」みたいな感じの言葉かもしれないね。今まではだいぶアナログにやってきてたんですよ。古民家の屋根を葺き替えようぜとか、遊び場を作っていこうぜとか、暮らしをもっと楽しく楽にしていくようなことを、自分達のプレイフルな気持ちと共にやっていく中で色々見えてきたものがありました。それが色んな場所に広げていけたら日本中が楽しくなっていきそうだなという中で、コミュニティテック領域に踏み込んでいったのがプラットフォームなので、ベースにはアナログがあるんだけど、1度テックに思いっきりリソースもお金も投下してやってみようぜっていう感じでしたね。ある意味コミュニティテック系企業になっていった時期かなと思います。


以上でコミュニティプラットフォームの振り返りシリーズは終了となります。
最後までご覧いただきありがとうございました。
これからもシェアビレッジはnoteを通して発信を続けていきます。今後ともどうぞよろしくお願いします。



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