人生をゲームにする方法(9):自分のフィールドを見つける
規則性がわかれば没頭できる
人生はゲームではないが、その中に無数のゲームを抱えている。
ということで、人生をゲームのように生きたかったら、どれだけ自分のはまれる「ゲーム」を見つけられるかにかかっている、という身も蓋もない話になる。
ここでいうゲームは、狭義のゲームでもいいが、一般的にゲームとみなされていないようなものでもいい。ルールがはっきりしていて(あるいは不明確なルールを探求するためのツールとしてのルールがはっきりしていて)、適度に奥行きがあり、それでいて脳が拒否反応を示さない程度に複雑すぎない領域。
それは仕事かもしれないし家庭のことかもしれないし趣味のことかもしれない。だがある種の規則性を見出したとき、そこにゲームは生まれる。ワーカホリックは、それがゲームだと認識しているからネジが外れたように頑張れるし、受験をゲームだと認識できる学生は強い。規則性がわかれば、あとはリソースを注ぎ込めば基本的には結果が出るからだ。
逆にいうと、はまれるものを見出していないのなら、それは人生がゲームになっていない。複雑性に押しつぶされてカオスの中に取り残されているか、あまりにも単純な繰り返しに感受性が摩耗してしまっている。
難しすぎず、簡単すぎないものを見つける
おもしろいゲームというのは、難しすぎず簡単すぎず、絶妙なバランスをついている。ちょうどいいゲームバランスになると、人はフロー状態に入る。
だから、自分がそう感じられるようなフィールドを見つけるべきだ。そしてそこに自分のアイデンティティを乗っけたりすれば最高である。自分というキャラクターに属性がつくから扱いやすくなるし、属性にまつわる武器も生まれる。
もちろん、最初から自分にぴったりくるフィールドが見つかるかはわからない。というか最初のほうから見つけられた人は相当運がいい。たとえ「ここが自分のフィールドだ」と思えるものに出会ったとしても、時が過ぎれば変わることだってある。
それでもめげずに、自分にとってぬるすぎず熱すぎない場所を探索し、そこに一度どっぷり使ってみれば、そこはもう桃源郷ならぬゲームの入り口である。