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祈るための轟音へ/Homecomings『see you,frail angel.sea adore you.』
色んな場所で天使たちが顔を覗かせるようになった昨今。以下に貼付した文筆家・つやちゃんの記事にも詳しいように、「エンジェル・コア」という天使をモチーフにしたファッションやビジュアルがコロナ禍から析出し、徐々に”儚げでドリーミーな傾向“を持つ文化圏と合わさって「ポスト・エンジェルコア」として進化し定着しつつある。
日本においては”天使界隈“など、やや虚無的な儚さとともに受容されているモチーフとも言える。ゆらゆらと浮遊し、天にも届いてしまえるような、いわば死とも近接した存在が”天使“であるのは間違いない。またこの“ゆらゆらと浮遊”という点から”海“のモチーフとも共振しながら存在している(以下記事の”くらげメイク“などに顕著)。
天使と海。この2つのモチーフを擁しながら、天上のイメージや儚げなドリーミーさとは距離を置き、今ここにある心を見つめ続けるアルバムが先日世に放たれた。Homecomingsのメジャー3rdアルバム『see you,frail angel.sea adore you.』である。本作が志向するもの、そして大きく変化を成したサウンドについて紐解いていきたい。
轟音に託すもの
Homecomingsといえば元来の音楽性はインディーロックやギターポップに根差した軽やかなもので、メロディも温かく寄り添ってくれるような質感が多い。しかし本作では、分厚いギターの音が押し寄せてくるような轟音が印象に残る。深い残響と空間的なエフェクトが施されたシューゲイザーサウンドと形容して相違ない激しい轟音だ。
オープニングナンバー「angel near you」の最後のサビで不意に音が歪み、これまで積み上げてきたトーンから明確に切り替わることが分かる。その後もアルバム中盤に「luminous」「ghostopia」「recall (I’m with you)」といった轟音がインパクトを残す楽曲が並んでおり、過去作にはないサウンドデザインが強調されているように思う。
“轟音”は時に胎内回帰的とも形容される。精神分析家の北山修は和太鼓の演奏を指して、”リズミカルな濃淡のある低音の反復が「胎内音」を再現しており、万人の胎内回帰願望を実現している”と述べていた(※1)が、淡々とリズムが鳴らされ、ギターが同じフレーズを繰り返し奏でる轟音も「胎内音」を擬似的に再現していると考えられる。
ひとりでいることが耐えきれなくなりそうな瞬間だったり、毎日誰かと一緒にいるはずなのに寂しさがとれないことに気がついてどっと疲れてしまう瞬間だったり、優しくありたいけれどどうしてもそれがむずかしい瞬間だったり、シンプルにいろんなことがこんがらがってどうしようもなくなってしまう瞬間だったり。そんなとき、自分のなかにそんな自分にそっくりな、傷つきやすくて優柔不断な天使をみることで安心できるかもしれない。
胎内回帰は現実世界において決して果たされない不可能の象徴だ。ゆえに轟音を聴くことは”聖なるもの”に触れたという神秘的な感覚を喚起させる。Homecomingsはその神秘に満ちた音世界の中で何に出会ったのか。ここで"内なる天使"というアルバム全体を覆うテーマが浮かび上がる。轟音の神聖性と天使のモチーフが結びつくのだ。
福冨優樹(Gt):バンドとしての方向性はオルタナで、そこにエレクトロニカやクリック・ハウス、韓国のパランノールとかの宅録っぽいシューゲイザーを混ぜた感じです。
またこの轟音がデスクトップミュージック的なクローズドな意匠で展開されるのも特徴と言える。外界に向けて大勢のもとに降り注ぐというよりも、外界から何かが侵入するのを遮断して心に向き合うための轟音なのだ。天啓を模したり、聖なる世界観を演出したりするのではなく自らの内省のメタファーとして機能する音像と言える。
目に映る今日はひび割れて
手に持つニュースサイト
編み込む情で個々に居続けているんだ
なぜ天使が必要で、なぜ轟音が必要だったのか。それは電子音やノイズが飛び交う激しく異質な4曲目「blue poetly」に仄めかされているように思う。轟音や揺蕩いとも違う、くぐもった音と鋭い歪みで表現されるのはこの世界が抱える痛みだ。そしてアルバム全体が標榜しているのはそんな痛みに手向けられた祈りなのではないだろうか。
祈り続ける
“祈り“のメッセージは日本語歌詞になって以降のHomecomingsには珍しくない。常に生活に寄り添い、弱者の側に立とうとする姿は前作『New Neighbors』でも顕著だった。そんなホムカミが轟音の神聖さで”祈り“を更に色濃くしたのはバンドの変化、そして畳野彩加(Vo/Gt)と福冨の故郷で年始に起きた能登の震災が背景にあるだろう。
1曲目で舞い降りた天使はまずHomecomingsの変化を見守る。別れと旅立ちを描く「slowboat」は2月に脱退したドラマー石田成美、そして3人になったホムカミ自身に向けられた祈りだ。続く「Moon Shaped」は石田が最後に参加した曲で、「slowboat」とは“月の満ち欠け”のモチーフを共有する。巡り続ける変化を肯定する2曲である。
神様も星占いも
あの海岸線が揺らぐこととりこぼすから
僕は祈る
春は来る
過ぎ去れない
あんな長い闇がずっと続く でもね
未来まで、いて
ただ夜になる前に
海のしずくになる前に
「blue poetly」で場面が歪み、シーンが切り替わる。轟音が続く中盤で、天使は海を見つめながら土地が負った痛みを掬い上げていく。その切迫感と慈しみの共存は、圧倒しつつ保護的でもある轟音だからこそ醸し出せたものと言える。轟音は、柔らかさだけでは守れないものがあると知った先に選ばれた覚悟のサウンドメイクなのだろう。
「(all the bright place)」の長い電子音がどこからか応答を求める信号のように瞬き、辿り着くのは「Torch Song」。京都アニメーションの放火事件に際して作られた楽曲であり、哀悼のイメージが連なっていく。そして京アニ作品と強く結びついた「Tenderly, two line」が静かに希望を見せる。天使がそっと未来へと心を進めてくれるのだ。
わたしがあなたになる瞬間を
離さないでいて その優しさを
ここで抱き寄せても 嫌じゃないかなって
ちゃんと聞いておきたいんだよ
物語は「Air」「Kaigansen」で閉じていく。これはナタリーのインタビューで新世紀エヴァンゲリオンの旧劇場版「Air/まごころを君に」へのオマージュと明かされている。あの作品が志向したのは神秘に守られた世界ではなく、他者との衝突のある世界だったのだが、ここでその引用を行うことは神秘への逃避を帰着点としない意思表示に思う。
このまま天に消えてしまえれば、、という思いや、このまま夢の世界に身を置ければ、、という願いが現代人の不安と直結し、“天使”や“海”のモチーフが感傷的に用いられているのだとするならば、本作はその想いの先でこの苦しい現実にもう1度降り立つための温かくも力強い祈りをくれる。何度も内なる天使と出会い、何度も懐かしい海を見つめては海に慕い返される(sea adore you.)。崇め乞うものでなく、そこにある愛しさとして天使と海を捉え直す、そんなアルバムだろう。
(※1)「文化・芸術の精神分析」(遠見書房)