20190430_5G_カバー

5Gの成功の可否を握る「ハードウェアのサービス化」

5G (第5世代携帯通信) によりスマホが快適になるだけでなく自動運転やドローン制御などの技術も支えると言われ、期待が広がっています。一方、その 5G の具体的なユースケースは正しく伝わっておらず、アピールとして「2時間の映画が10秒でダウンロードできます」と言われても、いまいち必要性を感じられないという声も聞かれます。またセキュリティへの懸念も漠然と語られています。インターネットの社会実装に5Gはなぜ求められているのか、社会実装をする上でいま見えている課題は何があるのか、を取り上げます。

5G登場の背景は「電波の利用効率を上げる」ため

よく5Gの利点として「通信速度が LTE の 20 倍で VR や 4K/8K などの高画質データもすぐにダウンロードできる」という宣伝を耳にします。確かに通信速度というスペックを直感的に説明するには「大容量のデータが瞬時に手に入る」という言い回しになってしまいがちです。しかし実用的には数 Mbps の回線速度があれば YouTube や Netflix は快適に見られます。Web サイトの閲覧や音楽ストリーミングも現状の速度で困らないはずです。

しかし、LTE や 5G などの無線通信は同一の空間で通信をしているユーザー全員で電波を分け合っています。ある周波数帯で一度に通信できるのは1人です。2人以上が同じ空間で通信したい場合は周波数や時間を細かく分割して交代で通信しています。
5G では通信速度が上がったため、自分の通信を速やかに終わらせて他のひとに通信を譲ることができるようになります。

また、電波を届ける基地局を細かく配置することでも電波の利用効率を上げることができます。
例えばコンサートホールでは入場者全員が1つの空間を共有しているため、全員で同じ音楽を聴くことになります。ところが (あり得ない話ですが) コンサートホールの全員がイヤホンをつければ各自好きな音楽を聴くことができます。コンサートホール全体に響き渡る大型スピーカーから、耳元で鳴らすイヤホンに変えることで「空間内でやりとりできる情報量が増えた」と言えます。
ここでいう「スピーカー」「イヤホン」は無線通信の話では基地局 (屋内外に設置されているアンテナ) に置き換えられます。エリア全体を1つの基地局でカバーするのをやめ、小さな基地局をたくさん置くこと、すなわち基地局の密度を上げると電波の利用効率は上がります。

原理的にはそうなのですが、基地局の密度を上げることで管理が煩雑になったり (混信を防ぐための制御などが必要) 移動中のスマートフォンが基地局を高頻度で切り換えることにより接続が切れやすくなったりするなどしますので、簡単な話ではありません。5G では基地局を高密度に配置することによって生じる課題への対処が含まれています。

電波の利用効率が上がることで実現する 5G の社会実装

このように、5G では通信速度の向上や基地局の高密度化を通じて電波の利用効率を上げることを目指しています。これが社会実装の上でどういう意味をもってくるのかを見てみます。

先ほど「通信速度が上がることは、通信時間が短くなることに繋がる」と言いました。これはセンサーやスマートロック、スマートタグなどの IoT 機器にはとても重要なことです。こういった機器はスマホのように毎日充電をするわけにもいきません。電池の交換や充電の手間を極力なくすために、消費電力を下げることがとても大事です。
5G では通信速度が向上しているため、通信はごく短時間のうちに終え、残りは省エネモードにすることができます。この他にも 5G では IoT 機器をターゲットとした、消費電力を減らすための技術仕様が多く盛り込まれています。それらすべての省電力機能をあわせることにより、電池1本で10年間の駆動が可能な通信モジュールが実現する見通しです。

【写真】シェアリング自転車 ofo の新しいモデルではスマートロックに  NB-IoT という4G ベースの新しい通信規格が採用されています。5G ではこの規格をさらに発展させ、よりバッテリーが長持ちする見込みです。(当の ofo はサービスが難航しているようですが)

例えば畑の土壌を多数のセンサーでモニタリングしたい場合、センサーが無給電で10年動くのであれば、もはや配線や給電のことを考える必要なくなります。IoT センサーを上空から文字通り「ばらまく」だけでデータの収集ができます。

基地局の高密度化が目指すところは、ずばり輻輳対策、わかりやすい言葉に言い換えれば「通信の混雑を根絶する」ということです。自動運転や遠隔医療など通信の一瞬の遅れが引き金となり死傷者をもたらすリスクがあるユースケースにおいて、常に安定した通信環境を提供することは極めて重要です。クリティカルな領域においてインターネットの社会実装を進めるには、基地局の密度をひたすら上げつづけ、渋滞とは無縁の通信網をつくる必要があります。

5G への移行に水を差す、通信料金の「官製値下げ」

このように、来たるべきスマート社会を実現するためには電波の利用効率向上が欠かせないわけですが、日本では気がかりな展開があります。官僚主導でここ数年進められている、通信料金の値下げ政策です。

官製値下げの議論では「携帯電話を長く使うひとが、携帯電話を短期間で機種変更するひとのコストを負担している」という論調が目立ち、結果として機種購入に伴う値引き (月々サポート) や端末購入の補助 (端末購入サポート) が撤廃されることとなりました。これにより「古い携帯電話を使い続けた方が得」という状況が生まれ、機種変更のサイクルが大きく鈍ることが予想されます。

新しい機種は電波の利用効率が上がっています。4G から 5G などの世代交代を要因とした大きな変更はもちろんのこと、同じ LTE であっても CA (複数の電波を束ねて通信する技術) 、MU-MIMO (複数のアンテナを使って通信する技術)、C/U分離 (制御用信号とデータ通信を別の基地局で行い効率を上げる技術) など、毎年多数の技術が追加されていき、通信効率の向上が図られています。

またモバイルの通信技術だけでなく、動画や静止画の圧縮技術も年々向上しています。例えば H.265 という動画の圧縮技術はこれまでの H.264 に比べて画質はそのままで 20 〜 40% も小さいサイズに圧縮することができます。ファイルサイズが小さくなった分、通信時間が短くなります。こうした技術でも電波の利用効率は上がるのですが、H.265 も新しいスマートフォンでしか使えません。(圧縮に複雑な処理が必要で、古いスマートフォンでは処理が追いつきません)

古い機種を使い続ける人を優遇することは、結果として効率の悪い電波の使い方をしている人を優遇するということになってしまうのです。

ハードウェアのライフサイクル未整備から生まれる 5G のセキュリティ懸念

5G の議論ではセキュリティへの懸念が多く聞かれます。これまでもネットワークカメラに不正侵入されるケース、管理の行き届いていないネットワーク機器に不正プログラムが設置されるケースなど、インターネットに繋がるデバイスのセキュリティ侵害事案は後を絶ちません。

セキュリティ侵害の多くは機器の欠陥やユーザの設定不備によって引き起こされます。機器の欠陥は多くの場合、製造元によりソフトウェアアップデート (ファームウェアアップデート) が提供され、そのアップデートを適用すれば震害を防ぐことができます。ユーザの設定不備についても、製造元からの設定方法の告知や注意喚起を受けたユーザが対応することになります。

ところが製造者は、販売したハードウェアをいつまでサポートするのか、そのポリシーを販売時点で明確にしている製品はほとんどありません。例えば au は "HOME SPOT CUBE" という Wi-Fi ルーターを契約者向けに無償でレンタルしていました。新規の貸出は 2015年5月31日 まで行っていました。貸出終了翌年の 2016年2月4日、この Wi-Fi ルーターに脆弱性 (セキュリティ上の欠陥) が判明しました。しかし脆弱性対応のアップデートは提供されず、 au は「メーカーサポートは終了しました。ソフトウェアのアップデートや交換もありません。有償ですが他の機種への買い換えを推奨します」という告知を出しています。この告知はホームページに掲載されただけであり、積極的な周知はありませんでした。具体的にいつメーカーサポートが終了したのかも不明です

【画像】 HOME SPOT CUBE の旧モデルは、外部機関から脆弱性がある旨の報告を受け「脆弱性があるが、既にサポートが終了しているので対応しない」と告知しました。

この事例からは以下のことが学べます。

* 利用している機種がいつまでサポート対象なのか、購入時点ではっきりしない。
* 製造元や販売元が、いつまでサポートすべきなのか社会的なコンセンサスが存在しない (新規の貸出終了時点から1年も経たなくてサポートを打ち切ってよかったのか?)
* サポートが打ち切られたことをユーザが知る手段に乏しい。

スマートフォンにおいてもサポートの期限は不明確です。
「同じ機種を2年以上使い続けても割引が続く」と銘打って発売された docomo with 対象機種の MO-01K は 2017年11月30日の発売です。しかし、そのセキュリティアップデート (Google が提供する Android OS のセキュリティパッチ) は本稿執筆時(2019年4月末)現在、2019年1月分で止まってしまいました。発売から1年あまりでセキュリティアップデートが打ち切られましたが、同じ機種を使い続けている人を対象とした割引だけが続いています。

【画像】「機種変更をしない限りずっと1,500円引き」と銘打っている割引サービスに向けて発売された機種ですが、本体のサポートは発売から1年ほどで停止してしまいました。
出典: NTTドコモの Web サイト (青枠は筆者による注釈)

機器への通信機能の組込コストが5Gにより低廉化するなかで、さらに多くの機器がインターネットに繋がることが予想されます。小規模な企業やスタートアップによる IoT 機器の開発、製造もますます増えるでしょう。ハードウェアはインターネットサービスと異なり、所有者が使い続ける限りそこで動き続けます。事業の寿命や会社の寿命より長く動かせるハードウェアも多いでしょう。サポートの打ち切りはいつか、それをどうユーザに告知するのか。また事業撤退や会社の倒産などによりサポートが継続できない事態に対してどう収拾をつけるのか。IoT 機器のライフサイクルの議論はまだ進んでいません。

ハードウェアをサービス目線で再定義する

これまでのモノ作りの考え方では、ハードウェアは販売を前提に企画されたものであり、いちどユーザの手に渡ってからは追加の収益を生むことはなく、ユーザの責任で保守を行うものという考えが一般的でした。(保守サービスが販売されていることもありますが、ユーザの意思で購入を決意する必要があります) 一方、モバイル回線に代表される通信サービスはサービスとして継続的に顧客から料金を徴収する代わりに、保守は事業者の責任で行われます。

これから先、5Gのユースケースに上げられる自動運転や遠隔治療などのサービスは「ハードウェアをサービスに組み込んで提供する」形態になることが予想されます。例えばドローンを用いた宅配サービスでは、ドローンはユーザーに販売されるものではなく宅配サービスを行う会社が一括して保有し、必要に応じて出動させることになるでしょう。ここでいう配達用ドローンは市販品ではなく、サービス事業者が用途に合わせて企画・設計したものが採用されることになります。販売を目的に設計されるハードウェアから、インターネットサービスの一機能として使われるハードウェアに位置づけが変わり、それに伴いハードウェアの管理責任がユーザーからサービス事業者に移っていきます。

ハードウェアの管理責任がユーザーからサービス事業者に移ることで変化することは大きく2つあります。
ひとつは、ハードウェアに必要な機能が「ユーザーが欲しがるもの」から「サービスにとって必要なもの」に変化することです。ユーザーが欲しがるハードウェアは、必ずしもサービスに適切なものとは限りません。量販店で売られるハードウェアは、来訪者に「欲しい」と思わせるため、スタイリッシュな素材を選んだり、見かけのスペックを上げたりします。しかしこういった理由でユーザーに支持されるハードウェアがサービスにとって適切であるとは限りません。サービスの提供者がハードウェアを企画・設計することで、不要な機能を削減し、必要な機能に注力するということができるようになります。

もうひとつのメリットは、ハードウェアの管理における負担をユーザーからサービス事業者に移すことで、難解かつリスクの大きな保守の責任をサービス事業者が巻き取れるということです。前節までの例に挙げたとおり、5Gではテクノロジーの進化をハードウェアレベルで逐一キャッチアップすることが重要です。しかし専門知識のないユーザーにとって適切な時期にセキュリティアップデートを適用し、買い換えのための予算を計画的に積み立て、適切な時期に機器を更新するという作業は極めて難解で、ユーザー任せにすることは大きなリスクを孕んでいます。サービスに組み込まれたハードウェアの場合、ハードウェアの保守や交換はサービスの責任となるため、責任が明確化し、今後の改善に向けた取り組みが容易になります。



【写真】ソースネクストのAI通訳機「POCKETALK」は通信モジュールが内蔵されていて、世界中でクラウド翻訳サービスを使うことができます。ユーザーはデータ通信の契約も通信料金の負担も意識することはなく、製造元のソースネクストがすべて面倒をみてくれます。

幸いなことに、サービス事業者が必要とするハードウェアを小ロットで企画・調達する仕組みはこの数年で非常にハードルが下がりました。またハードウェアを一括で管理するために必要なソフトウェアやクラウドサービスも充実してきています。5Gにより通信単価や消費電力が下がることは、この流れをさらに後押しすることとなるでしょう。

スマートフォンも決済や行政サービス、MaaS(移動サービス)など、現実社会との接点がこれからの重要な機能になります。
自ら進んで新機種を買い続ける層はさておき、多くの消極的スマートフォンユーザー(日本では6割のスマホが月1GB未満の通信量です) に向けてはいたずらに値下げするのではなく、価格を引き上げる代わりに保守や機種変更を積極的にサポートすることでテクノロジーの新陳代謝を国全体で引き上げ、デジタルサービスへ積極的に誘導することが重要だと考えます。例えばスマートフォンを販売するモデルだけでなく、レンタルで提供し、適切なタイミングで新機種に交換するモデルも考えられるでしょう。あるいは音声エージェントサービスをクラウド側に配置し、電話 (音声通話) などの「枯れた」インタフェースだけをユーザ側に残すことでユーザ側の保守のスコープを縮めることも可能です。

5Gの社会実装を進めるに当たり、サービス指向でハードウェアのビジネスを考え直すことがとても大事です。

----

次回はシャオミ (小米) の話を書きます

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?