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自分の役割~バガヴァッドギーター解説~

バガヴァッドギーター3章35節
श्रेयान्स्वधर्मो विगुणः परधर्मात्स्वनुष्ठितात् ।
स्वधर्मे निधनं श्रेयः परधर्मो भयावहः ॥३५॥
śreyānsvadharmo viguṇaḥ - paradharmātsvanuṣṭhitāt
svadharme nidhanaṃ śreyaḥ - paradharmo bhayāvahaḥ (3-35)
パラダルマ(他の人のすべきこと)を上手に行うより、不完全であってもスヴァダルマ(自分のすべきこと)をする方がよい。スヴァダルマの中での死の方がよい。パラダルマは恐れをもたらすものだ」


サンスクリット語でスヴァダルマは「自分自身のダルマ」、
自分の役割のこと。まあ、硬い言葉でいえば「義務」ですね。

みんな個性がある。同じじゃない。

男性と女性。

親と子。

兄と弟。

先輩と後輩。

管理職と一般職。

勉強が得意な人とスポーツが得意な人。

外交的な人と内向的な人。

激しい音楽が好きな人と静かな音楽が好きな人。

生まれた場所も、生まれた場所も、親も、性格も、みんな違う。


社内の中で生きていくにあたり、
みんな役割という仮面を付け替えながら
相手によって自分の役割を変える。

会社ではマネージャーの役割を果たすために、
たくさんの人たちに指示やアドバイスをしていた人が、
家に帰ると、奥さんには頭が上がらない。
親に会えば、いくつになっても子ども扱いされる。

同じ一人の人なのに、
場面場面で役割という仮面を付け替えて、
まるで別人のように振舞う。
でも同じ人。

何を言いたいかというと、
それぞれ役割があるってこと。
それをサンスクリット語でスヴァダルマと言う。

サッカーのゴールキーパーは
チームの一番後ろでゴールポストの間に立っているのが役割。スヴァダルマ。

フォワードは
チームの最前線で走り回る人。
キーパーから見ればそれはパラダルマ(他人のダルマ)。自分の役割ではない。
ある時、フォワードのように走り回りたくて、ゴールを決めたくて、
つまり、パラダルマを羨ましがって、ゴールを空けて前線に行ってしまったらどうなるか?

相手からすればラッキー。
ガラ空きゴールに向かってローーーングシュート。

前線に走って行ってしまったゴールキーパーはどんな気持ちか?
ゴールを空けた不安。そして後悔。

例えシュートが得意でも、
ゴールキーパーを任されているなら、前線に行ってはいけない。
例えキャッチングが下手でも、
ゴールキーパーを任されているのだから、ゴールポストの間から離れてはいけない。
ゴールキーパーとフォワードは、役割分担しているから、チームになる。
チームは調和が保たれ、強くなる。

自分の役割に留まること。
それがチームの為。
社会の為。
それが全体調和。

みんなが同じ性格になる必要はない。
みんなが同じ職業になる必要はない。

みんなそれぞれの持ち場で役割を果たす。
それで全体がうまく回っている。

考えが他の人と違っていてもいい。
「違う」けど「間違い」じゃない。
一人一人の経験、知識、、、いろんな理由があって、
他の人と違う考えになる。
「私はこう思う」はいいけど、
「あなたもこの考えになりなさい」はパラダルマの侵害。
論破はいらない。
納得してないのに、うまく話せないだけで、自分の意見を変える必要はない。自分の中にダブルスタンダードを作る必要はない。
自己否定して生きるのは苦しい。
自分を肯定してあげるのは自分。自己受容してあげるのは自分。
少数意見のままだっていいじゃないか。
自分がみんなと違ったっていい。
多数決でいつも負けていたって構わない。
それならそれでうまく生きていく方法を探すだけ。

うまく行かなくたって、失敗したっていい。
その失敗が教訓となり、知識となり、
長い目で見れば、良い方へ向かっている。

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ひろさん@シャンティライフ
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