マハーバーラタ/7-11.深夜の決戦
7-11.深夜の決戦
ドゥルヨーダナはテントの中でこの日の出来事を思い出していた。
「ジャヤドラタを守り切ればアルジュナを死に追いやることができたのに。
できなかった。なぜなんだ?
ドローナもクリパもアシュヴァッターマーもラーデーヤでさえもアルジュナを止められなかった。アルジュナはたった一人で我が軍を突破した。
ビーシュマやヴィドゥラの言う通り、アルジュナに勝てる者はいないというのか?
そんなことがあってたまるか。
どうしたらいいんだ?
ラーデーヤ。彼ならなんとかしてくれるか?
いや、彼も今日アルジュナを止められずに落ち込んでいた。
誰か。誰か私に力をくれ」
ドゥルヨーダナは涙を流しながらドローナのテントに向かった。
「ドローナ先生。
たった一人の敵、アルジュナによって我が軍に破滅がもたらされました。
アルジュナとサーテャキ。あの二人のせいで今日だけで7アクシャウヒニもやられたのです。
私の為に集まってくれたたくさんの者達が命を失った。
ジャヤドラタ、ブーリシュラヴァス、スダクシナ、シュルターユス、アチュターユス、シュルターユダ、ヴィンダ、アヌヴィンダ、アランブシャも。
私が彼らを死なせたのです。
私の生きる目的は、一つしか残されていません。
死んでいった友の復讐です。それ以外にはもう何も望みません。
パーンダヴァ達を殺すことで彼らの死に報いたいのです。
今から戦いに行きます。
それが果たせずに死んだとしても、天界で彼らとまた会えます。
それでいいのです」
ドローナは涙を流して落ち込むドゥルヨーダナの姿に心打たれた。
「分かった。私も戦う。
アルジュナが無敵だということがたとえ真実であっても、私はそれに背いて戦う。
過去の出来事を振り返っても何も変わらない。
ドゥルヨーダナ。あなたの為に今から戦う。
今、ここに誓う。
あなたの敵を全て殺すまで私はこの鎧を脱ぐことはない。
この体に呼吸が続く限り戦う。
我が息子アシュヴァッターマーも一緒に戦ってくれるだろう。
今晩は誰も眠らずに戦う。眠ることは許さない。
夜が明けるまででも戦おう」
ドローナは準備を整えて戦場へ向かった。
ドゥルヨーダナは戦場へ向かう道中でラーデーヤに話しかけた。
「ラーデーヤ。昼間の出来事を覚えているだろう。
全員でジャヤドラタを守っていたのに。
三重のヴューハで守っていたのに。
アルジュナとサーテャキによって軍の半分以上が今日破壊されてしまった。
こんなことがあっていいものか。
私はドローナを疑っている。
所詮アルジュナは彼のお気に入りの弟子なんだから。
そうでなければあの三重のヴューハにやすやすと入りこめるなんて考えられないではないか。
ここに残る方が安全だとジャヤドラタに言ったが、間違いだった。
どこまでも彼を逃げさせるべきだった。
ドローナを信じたせいでジャヤドラタを死なせてしまったんだ。
今日もたくさんの弟が死んだ。
見てくれ。戦場に転がっている死体を。
そして刺さっている矢を。アルジュナの名が刻まれた矢ばかりだ。
ドローナには怒りすら覚える」
「ドゥルヨーダナ。それは違う。
先生のことをそんな風に言っては駄目だ。
彼は全力であなたの為に戦っている。あの年齢でよく戦っていると思うよ。
怒りではなく、感謝すべきだ。
クリシュナに導かれるアルジュナを倒すのは神でさえ難しいだろう。
一つ言えることは、どんな武勇よりも運命の方が力強いということだ。
皆全力で戦っている。最善を尽くすしかできないんだ。結果は運命の手の内にあるんだ。運命に歯向かおうとすることは無駄なことだ。
さあ、我が友よ。失望を捨てて戦おう。
私達は戦う。勝つか負けるかを決めるのは私達ではない」
暗闇の中での戦いが始まった。
ドローナは何者かに鼓舞されたかのように戦った。
他の者達もパーンダヴァ軍を激しく攻撃した。
ドゥルヨーダナの弓から流れ出る矢は全く途切れることがなかった。
両軍から闇雲に矢が放たれていた。
槍や剣がぶつかる時に生じる火花だけがわずかな明かりであった。
ドローナとビーマはそれぞれ敵軍の殺戮者となっていた。
昼間の戦いで息子ブーリシュラヴァスを失ったソーマダッタがサーテャキに挑んだが、力が及ばすに気を失い、戦場から連れ出された。
ガトートカチャはラークシャサ達を引き連れてアシュヴァッターマーに挑んだ。夜を迎えたラークシャサは力が増大していた。
ガトートカチャ自身もマーヤーの術を使ってアシュヴァッターマーを攻撃した。
対するアシュヴァッターマーはマーヤーの術によって惑わされることのない数少ない戦士の一人であった。
ガトートカチャがマーヤーの術をかけて巨大化したが、アシュヴァッターマーはそれを追い払うアストラを放った。
仕方なくガトートカチャは珍しく弓の腕前を披露した。
アシュヴァッターマーは近くにやってきたドゥルヨーダナに話した。
「我が友よ。心配いらない。
私にマーヤーの術は効かない。あのマジシャンとも戦える。任せてくれ」
アシュヴァッターマーはかつてアスラの軍を焼き尽くしたシャンカラのようであった。
ガトートカチャ以外には誰一人として彼に立ち向かえるものはいなかったが、遂には気を失い、戦場から連れ出された。
アシュヴァッターマーはラークシャサ達の殺戮を始めた。
ビーマはソーマダッタの父バールヒーカと戦っていた。
彼はシャンタヌの弟であり、この戦いに参加していた最年長の老戦士であった。まったく年齢を感じさせない戦いぶりであったが、ビーマの鎚矛の前には敵わなかった。
バールヒーカがビーマによって殺されたことによってカウラヴァ軍には動揺が広がった。
ビーマはこの時さらにドゥルヨーダナの弟を10人殺した。
ユディシュティラは自ら敵軍に向かって攻撃した。
彼はこれまでの姿から想像できないほど冷酷に敵軍を破壊した。
ドローナが自軍を守るためにやってきたが防戦一方となった。
ドローナがアストラを放てば、全てユディシュティラのアストラによって相殺された。
ヴァルナ、ヤマ、アグニ、ドヴァスター、サヴィター、全て相殺された。
インドラのアストラでさえ効かなかった。
ブラフマアストラでさえ、同じアストラで相殺された。
そこへアルジュナとビーマが合流し、ドローナの軍に矢の雨を降らせた。
その様子を見たドゥルヨーダナはラーデーヤに話した。
「ラーデーヤ、あなたが唯一の希望だ。
目の前で起きている死の川の氾濫を止められるのはあなただけだ」
「分かった。私が行こう。
私がアルジュナを殺してみせよう。
インドラから授かったこのシャクティによってアルジュナを倒す。
アルジュナは父によって殺されるのだ。見ていなさい」
その会話を聞いていたクリパが話しかけた。
その口にはラーデーヤをけなす微笑みが浮かんでいた。
「うむ、素晴らしい! なんと素晴らしい言葉だ!
ただし、その通りになるならな。
数ヶ月前、あなたがヴィラータの郊外でどんな風に負けたか、もうお忘れか?
そのあなたが? アルジュナを倒す?
あなたはドゥルヨーダナの前ではいつも勇敢な言葉を話すね。
だが全然実力が伴っていない。
クシャットリヤは行いを得意とし、ブラーフマナは話を得意とする。
アルジュナは弓を得意とし、ラーデーヤは空中に城を建てるのが得意だ。
いつも大きく吠えるだけだ」
ラーデーヤが答えた。
「吠える? ああ、もちろん私は吠える。戦いを前にすれば吠えるさ。
侮辱は止めろ。私は口先だけではない。
見ていろ。私は世界を勝ち取り、唯一の友、我が王ドゥルヨーダナの足元に置く」
「もう一度言ってあげよう。あなたは空中に城を建てているだけだ。
クリシュナが付いているアルジュナは無敵だ。
ユディシュティラはまさにダルマの化身だ。
すでに勝利は彼らのものであることは決している。
あなたは虚勢を張っているだけだ」
「ユディシュティラがダルマの化身で、アルジュナが最強の英雄であるとあなたが言うなら、その通りだろう。それは認める。
だが、私はアルジュナを打ち負かすことができる。
私にはインドラから授かったシャクティがある。
決して外れることのない一撃必中の武器だ。
アルジュナを倒せば他は大したことはない。
あなたはいつもパーンダヴァ達を褒め、私達をけなす。
いい加減にしなさい。
これ以上敵のことを褒めるなら、
この剣があなたの舌を切り落とすだろう!」
そう言ってラーデーヤは剣の鞘から抜き、クリパに向けた。
それを見たアシュヴァッターマーがラーデーヤの眼前に剣を突き付けた。
「同じ方法であなたは死ぬことになる」
ドゥルヨーダナがアシュヴァッターマーを後ろから羽交い絞めにして止めた。
ラーデーヤが言った。
「王よ。大丈夫です。彼を解放してください。
彼はいつもこうなんだ。まずは彼と戦うことにしよう」
クリパが言った。
「ドゥルヨーダナよ。この男ラーデーヤはあなたの親友なので言葉を許してきた。どうぞアルジュナと戦わせてやりましょう。その横柄さを罰してもらいましょう」
ドゥルヨーダナはこの場を静めなければならなかった。
「アシュヴァッターマー、やめてくれ。
今は個人的な争いをしている場合ではない。
この戦争に勝つためにはここにいる全員の助けが必要だ。
ラーデーヤに対する怒りをどうか静めてくれ」
アシュヴァッターマーは剣を納めた。
ラーデーヤは怒りの表情を浮かべたまま、
弓を手に取って敵軍へ向かって行った。
ラーデーヤがパーンダヴァ軍に向かうとアルジュナが現れた。
宿敵を目の前にして彼の目は燃えた。
二人の戦いが始まった。
星の明かり、そして彼らの武器がぶつかり合う時に生じる火花だけが辺りを照らしていた。
ドゥルヨーダナがラーデーヤに加勢する為に近付いていった。
クリパが王の動きを見てアシュヴァッターマーに言った。
「まずい。王を守るんだ。パーンダヴァ達の前に彼を出してはならない」
アシュヴァッターマーはドゥルヨーダナを止めに走った。
「ドゥルヨーダナ、なぜあなたが戦わなければならないんだ。
私に任せてくれ。私がアルジュナと戦うから下がってくれ!」
「あなたもあなたの父ドローナも信用できない。
本気で戦う気はあるのか?
パーンダヴァ達の方が好きだから本気で戦う気はないんじゃないのか?
ユディシュティラを喜ばせたいのか?
それともドラウパディーを喜ばせたいのか?
そうでないと言うなら、今すぐ戦いに行くんだ」
アシュヴァッターマーはその言葉に顔をゆがめた。
「あなたの言うことは正しい。私も父もパーンダヴァ達を気に入っている。
だが、同じくらいあなたを気に入っているんだ。
戦場に来る時、私達は愛情を置いてくるんだ。
私達は皆パーンダヴァ軍と戦う。
味方を疑うのは正しいことではない。
私達は最後の一呼吸まで戦う。見ていなさい」
アシュヴァッターマーはパーンダヴァ軍に向かって行った。
彼の怒りはすさまじいものであった。
その怒りの矛先となったのはドゥリシュタデュムナであった。
パーンダヴァ軍の総司令官であり、父ドローナを殺す為に生まれてきた彼を倒したいと考えていた。
二人の戦いはアシュヴァッターマーが優勢となり、ドゥリシュタデュムナは弓と戦闘馬車を破壊された。
カウラヴァ軍には大歓声が起こり、それに反応したパーンダヴァ軍が集まり、次第に全軍同士での混戦となっていった。
ソーマダッタとサーテャキの再戦が行われた。
戦いは長く続いたが、最後にはサーテャキがソーマダッタを矢で殺した。
ユディシュティラがサーテャキに加勢するとドローナが現れた。
ユディシュティラは果敢にドローナに挑み、気を失わせた。
しかしドローナはすぐに起き上がって風のアストラ、ヴァーヤッヴャアストラを放った。ユディシュティラも同じアストラを放って相殺した。
クリシュナがユディシュティラに向かって叫んだ。
「ドローナはあなたを捕えようとしている! 近づいてはダメだ!
ドローナを殺す為に生まれたドゥリシュタデュムナがいる。彼に任せるんだ。それよりもビーマがドゥルヨーダナと戦っている。彼に加勢するべきだ。王に対しては王が戦うのがふさわしい」
ユディシュティラは彼のアドバイスに従ってビーマにいる場所へ向かった。
暗闇はさらに深まっていった。
敵味方が判断できず、手当たり次第に攻撃する者もいた。
ドローナがドゥルヨーダナに話しかけた。
「この混乱状態のまま戦い続けるのは良くない。
兵士達には松明で戦場を照らしてもらおう」
「分かった。そうしよう」
たくさんの松明で戦場は明るく照らされた。
パーンダヴァ軍もそれに同調した。
それからは双方の英雄たちのみによる戦いが行われることになった。
ドゥルヨーダナが命じた。
「我が先生ドローナを倒せるのはドゥリシュタデュムナのみだ。
この二人が戦うことがないように先生を守るんだ」
戦いが再開された。
サーテャキはブーリ王を殺した。
ガトートカチャはアシュヴァッターマーに打ち負かされた。
ビーマはドゥルヨーダナを圧倒していた。
ヴィラータはシャルヤに打ち負かされた。
アルジュナはアラ王を倒した。
ナクラはシャクニを打ち負かした。
シカンディーはクリパによって敗北した。
サハデーヴァがラーデーヤに対して激しく戦っていたが、
次第に形勢は不利になっていった。
ラーデーヤは彼の馬を殺し、弓も破壊した。
サハデーヴァは剣を手に取って戦おうとしたが、あざけりの笑みを浮かべたラーデーヤによって落とされた。
鎚矛を手に取ったがそれも落とされた。
遂には完全に武器を失い、戦闘馬車から飛び降りて車輪を持ち上げて投げつけた。しかし、それも矢によって落とされた。
戦う手段を失った彼にラーデーヤが微笑みながら近付いた。
「おお、かわいい子よ。無駄な努力は止めるんだ。
相手が悪かったな。自分より強い者と戦うのは止めておけ」
そしてビーマに対してと同じように弓の先端で彼を小突いた。
「あなたの兄アルジュナの加勢に行ってもよいし、お家に帰ってもいいぞ。
じゃあな」
ラーデーヤはまたしても実の弟を殺すことはせず、侮辱するだけで解放した。
ドゥリシュタデュムナはドローナに攻撃を仕掛けていた。
ドローナを守るために数人の戦士が現れ、
ドゥリシュタデュムナに加勢する戦士も駆け付け、次第に混戦状態となっていった。
その中でラーデーヤが戦場で最も輝きを放っていた。
彼の戦いぶりを見たアルジュナがクリシュナに言った。
「クリシュナ。今日のラーデーヤは調子がいいようだ。我が軍は完全に彼を恐れてしまっている。私が行くしかない。私しか彼を殺せる者はいない」
クリシュナの脳裏からラーデーヤが持つシャクティのことが離れなかった。
「アルジュナ。ラーデーヤと戦える者は我が軍には二人しかいない。
一人はもちろんアルジュナ、あなただ。もう一人はガトートカチャだ。彼の能力ならラーデーヤを打ち負かすことができる。彼に任せよう。
あなたはユディシュティラをドローナの手から守るべきだ」
「確かにそうだな」
アルジュナはラーデーヤと戦いたい気持ちを抑え、クリシュナの提案に同意した。
「ガトートカチャ! 来てくれ」
アルジュナの呼びかけに対して彼はすぐにやってきた。
クリシュナは彼に微笑みかけた。
「ガトートカチャ。あなたが頼りだ。
戦況を見てくれ。アルジュナはドローナとアシュヴァッターマーを止めに行かなければならないが、ラーデーヤによって我が軍は踏みにじられている。
あの男に対抗できるのはあなただ。
あなたのマーヤーの術があればラーデーヤを殺せるだろう」
「分かった! 私が行く!」
ガトートカチャはラーデーヤの元へ向かった。
彼を見たカウラヴァ軍には恐れが広がった。
いいなと思ったら応援しよう!
