太陽は、月夜に目を醒ます【1:1:0】

幽閉されたお姫様と、彼女を護る従者のお話

男1:女1/30分
ファンタジー、恋愛、メリバ
※男性はモノローグ多め

◇シュヴァリエ(男)
28歳。一人称の読み方は「わたくし」(あくまでも従者として自分を律するため)
王城に仕えていた、ソレイユ専属の従者。元々ソレイユとは2歳離れていた。
従者ではありながら「シュヴァリエ=騎士」という名前であることを本人は気にしていたが、結果的に彼女の「騎士」として最期まで共に在ることになる。
古城へは自ら志願して行った。
感情を殺そうとして殺せないタイプ。ソレイユのことを心から大切に想っている。
※Mはモノローグ

◇ソレイユ(女)
16歳。
とある王国の姫。上には兄がいた。
16歳の誕生日パーティーの日、客として紛れ込んでいた吸血鬼に目をつけられ吸血されてしまった。醜聞となることを恐れた国王に古城へ幽閉された。
本来はやや高飛車な性格ではあったが、シュヴァリエと二人だけで生活するうちに、誰かを大事に想う気持ちを知っていく。
感情を前面に出すタイプ。シュヴァリエの名前を呼んだとき、柔らかく微笑み返してくれるのが好き。

世界観解説:吸血鬼
人間の世界を乗っ取ろうと企む、闇に潜む者たち。吸血行為によって眷属を増やす。夜にのみ行動し、太陽の光もしくは銀に触れると塵となって消滅してしまう。
古城から発見された日記によると、ソレイユの場合は「夜を迎えても目覚めない日があり、吸血衝動はない。しかし、吸血鬼としての本能がいつ目覚めるかわからないため、メンドリの血を供」していたようだ。

「あなたとならば、どこまでも。」



シュヴァリエM:そのうつくしいひとは決まって、月のある夜にだけ目を覚ます。

ソレイユ:『太陽は、月夜に目を醒ます』

シュヴァリエM:
(童話を読むように)
我が主、ソレイユ姫。
10年前、姫が16になったその日の誕生パーティー。
彼女は城を訪れた吸血鬼に唆され、血を吸われ、眷属となった。
しかし、彼女に流れる王家の血が、吸血鬼を拒んだか。彼女は不完全な吸血鬼として目覚めた。
彼女はそれがゆえに、血を吸われた吸血鬼に見捨てられ。王族からも除籍され。

森の奥の誰も寄りつかない古城にて、主は眠る。眠り続ける。
そして、月のある夜にだけ、その深い海のようなアクアマリンの瞳を開く。

(古城、ソレイユの寝室)

シュヴァリエ:お目覚めですか、姫様。

ソレイユ:おはよう、シュヴァリエ…。

シュヴァリエ:おはようございます。もう夜ですが、ね。

ソレイユ:ふふ、そうね。

シュヴァリエ:昨日は雨が降りましたので、お目覚めは2日ぶりです。

ソレイユ:あら、そうだったの?でも、2日ならまだいい方ね。

シュヴァリエ:ええ、以前の長雨(ながあめ)の際は、7日ほど眠られたままでしたから…。

ソレイユ:そんなこともあったわね。普通の人間なら衰弱してしまうというのに。ええ、けれど私は、それでも弱らないし死なない…いいえ、死ねないのよ。ふふ。

シュヴァリエ:…失礼いたしました。

ソレイユ:いいのよシュヴァリエ、仕方のないことだわ。10年前のあの日から、私は罪を背負い続けているのだから。この成長を止めた身体を直視するたびに…空恐ろしい気持ちになるわ。

シュヴァリエ:同じく10年前から言い続けておりますが…姫様には罪は(ありません)。

ソレイユ:(遮って)いいの。

シュヴァリエ:…出過ぎたことを。

ソレイユ:…。

シュヴァリエ:こちら、メンドリの血をご用意しております。湯浴みのお支度を整えて参りますので、姫様はどうか、ごゆっくりとお召し上がりください。私はこれにて一度失礼します。

ソレイユ:ねえシュヴァリエ?

シュヴァリエ:如何されましたか、姫様。

ソレイユ:いいえ、…なんでもないわ。

シュヴァリエ:(部屋を辞す)

(間)

ソレイユ:
もう、あれから10年が経とうとしているのね。10年という月日はあまりにも無慈悲ね。残酷よね。
…ねえ、シュヴァリエ。貴方はどれだけ、貴方「には」どれだけ…。

貴方は知っているかしら。
人間のように食事を食べたとしても、いつからか…もうどんなものも味がしないの。それどころか、貴方が気を遣っていつも持ってきてくれる血のほうが美味しい。ずっと美味しい、何倍も美味しい。

でも…足りないのよ。これでは「足りない」。

ああ、そうね。わたしは、きっともう…ニンゲンじゃなくなってしまうのだわ。

(数日後)

シュヴァリエ:そろそろ姫様の目覚める頃か…。

シュヴァリエM:
仕込みの手を止め、クロスで手を拭う。
石造りの廊下は、足音を高く反響させる。
コツ、コツ。
コツ。

シュヴァリエ:
姫様、失礼いたします。
(何かに気づく)…っ!?
姫様!?姫様!
どこに行かれたのですか!?

(間)

シュヴァリエ:(荒く息をしながら)姫様!どちらにおられるのですか、姫様!!

シュヴァリエM:
姫様の部屋はもぬけの殻だった。しんとした月明かりが主のいない部屋を虚しく照らしているだけだった。
この古城は、もはや忘れ去られた場所。
だが何者かに暴かれ、侵入されたか。
であるならば、いつの間に。私も気づかない間に…?

シュヴァリエ:
…物音…?
この先は礼拝堂か…。
姫様、こちらにおられるのですか?

シュヴァリエM:
薄暗い、月の光の射し込む祭壇の前で。
彼女は喉を反らし、手にした短剣を振りかざす。
それは、それは、鮮やかに光る銀色の軌跡、

ソレイユ:(覚悟をするように息を詰め)

シュヴァリエ:ソレイユッ!!!

ソレイユ:…あ、…シュヴァリエ…?

シュヴァリエ:
姫様!何をしておいでですか!?
失礼します!(ソレイユが手にした短剣を叩き落とす)

ソレイユ:
ああ…
…シュヴァリエ、ごめんなさい。

シュヴァリエ:姫様、手が…。

ソレイユ:…そうね。銀に触れただけでこんなに爛れてしまうのね…。

シュヴァリエ:
(ハンカチを胸元から取り出し、ソレイユの手を柔らかく包む)
私のハンカチで申し訳ないですが、ひとまず応急処置をさせていただきました。
それにしても一体なぜですか。銀製のものは全て私が捨てたのに。

ソレイユ:
北の塔の屋根裏で見つけたの。
(力なく茶化すように)…あなたってば詰めが甘いのね。

シュヴァリエ:(ため息)私にも非はありますし、お小言は後です。ひとまず寝室に戻り傷の手当てをしましょう。

ソレイユ:…いやよ。

シュヴァリエ:姫様?

ソレイユ:嫌、嫌よ!!こんな身体で生きるなんて、もう…嫌なのよ!!わたしの愚かしさの象徴のようで!

シュヴァリエ:…っ!

ソレイユ:
シュヴァリエ、ねえ、知っていて?シュヴァリエ。
10年の間ずっとずっと我慢してきたのに、今、わたしは「人間の血が飲みたくて仕方がない」の。

シュヴァリエ:姫様…。

ソレイユ:
「それ」が一番甘美だって、本能が騒いでいるわ。
だから貴方の白いしろい喉を…今にも、食い破ってしまいそうなの。
こんなわたしはもう、人間ではないわよね?

シュヴァリエ:…っ。

ソレイユ:ほら…なんて愚かな「吸血鬼」なんでしょう。

シュヴァリエ:(何も言わずに呼吸音のみ)

ソレイユ:ねぇ、なんとか言ってくれるかしら…シュヴァリエ。

シュヴァリエ:
(堰を切ったように)
いいえ、いいえ。
姫様、貴女は愚かなどではありません。貴女は賢く美しい人だ。そして、誰よりも気高い。
だから貴女はあの日からずっと、後悔し続けている。

ソレイユ:
…後悔、ね。
違うわ。
後悔よりも、きっともっと重い、罪の意識。
わたしのこの失態により、この国は吸血鬼のものになってしまったのでしょう?

シュヴァリエ:
(衝撃を受けたように身を大きく震わせる)
(自らを落ち着けるように息を吸う)
姫様、…姫様、あぁ、なぜですか。私は…私は、貴女にその事実を…!

ソレイユ:
…分かることだわ。
五年前だったわね。貴方がとても取り乱していた日があった。貴方はいつも通り過ごしていたつもりかもしれないけれど、その日、貴方は王宮からの密書を持った使者に対応していた。
そうでしょう?シュヴァリエ。

シュヴァリエ:っ…。

ソレイユ:
シュヴァリエ、貴方は詰めが甘いと言っているでしょう?
本来、棄てられ秘された王家の恥であるわたしのところにわざわざ使者が来るなど。大きな…おおきな何かが起こらない限りは有り得ない。
わたしは、かの使者の訪問を知っていたの。
それでもずっとこのことを隠し続けていた貴方の優しさに気づいていたわ。
だからわたしは何も聞かなかった。貴方のその優しさに甘えてしまっていたのかもしれない。たとえそれが…現実から目を背ける愚かな選択だとしても。
…シュヴァリエ。シュヴァリエ。
貴方はとても優しくて、気高い、わたしの素敵な騎士様。

シュヴァリエ:姫様…。

ソレイユ:わたしは知る義務がある。…ねえ、わたしの城がどうなったのかしら。

シュヴァリエ:……。

ソレイユ:シュヴァリエ。教えて。

シュヴァリエ:…っ、吸血鬼の台頭に伴い…王たちは国を脱出しました…。今ははるか西の国におられる、と…。

ソレイユ:…無事、なの。

シュヴァリエ:わかりません。あの使者が訪れて以降、連絡は一切…。

ソレイユ:…そう。

シュヴァリエ:幸いにして、吸血鬼はこの国を根底から変えようとはしませんでした。ただ、人々は次々に国を脱出するか、眷属にされたと聞いております。

ソレイユ:では、貴方はどこから食料や雑貨を調達しているの。

シュヴァリエ:城下に残った人間から融通してもらっております。

ソレイユ:…そう、だったの。

シュヴァリエ:…はい。

ソレイユ:…ああ、わたしはそれでもやはり、何も知らなかったのね、シュヴァリエ。

シュヴァリエ:
姫様には、このようなことを知らず、ただ心穏やかに過ごしていただきたかったのです。
…全て、私の判断です。

ソレイユ:…シュヴァリエ。

シュヴァリエ:はっ。…罰は、如何様(いかよう)にも。

ソレイユ:いいえ、罰などないわ。

シュヴァリエ:…ですが、

ソレイユ:ねえ、シュヴァリエ。

シュヴァリエ:…はい、姫様。

ソレイユ:わたし、お日様の光が好きよ。この世界を明るく照らして…全ての闇を晴らしてくれるもの。

シュヴァリエ:ええ、そうですね。

ソレイユ:わたしの名前と一緒だから、より一層そう思うのかもしれないわ。

シュヴァリエ:…僭越(せんえつ)ながら申し上げるならば…姫様は私の太陽です。

ソレイユ:ふふ、言うじゃないシュヴァリエ。

シュヴァリエ:本当のことです。姫様のために、この10年を生きてきますれば。

ソレイユ:
…そう、ね。ありがとう。
可笑しな話よね。
だってこんなにも今夜の月は綺麗なのに、だってわたしはもう太陽の下に出られないのに、それでも、太陽に焦がれるんですもの。

シュヴァリエ、ねえ…お願いがあるの。たった一つだけの、わたしの、願い。

シュヴァリエ:…はい。

ソレイユ:
わたしは、人間でいたいの。ずっと。
…だから、シュヴァリエ、

シュヴァリエM:その笑みは、スノードロップよりも儚く。

シュヴァリエM:
その日は、昼から雨が降りしきっていた。
時計の秒針が音を立てる。
それをかき消すように、激しく叩きつける雨音が聴こえる。
夕食の仕込みの手を止め、私はしばらく、その雨の音に耳を傾けていた。

(ソレイユの寝室)

ソレイユ:う、ん…。

シュヴァリエ:姫様、おはようございます。

ソレイユ:おはよう、シュヴァリエ。

シュヴァリエ:本日は少し前まで雨が降っていたのですが、今はこの通りです。

ソレイユ:ふふ、今日も月が綺麗ね。

シュヴァリエ:ええ、一際美しく。

ソレイユ:(すがるように)シュヴァリエ、

シュヴァリエ:はい、姫様。ここにおります。

ソレイユ:…ありがとう、シュヴァリエ。

シュヴァリエ:
姫様、16と11回目のお誕生日、おめでとうございます。
本日のお夕食は姫様の好きなものをたくさんご用意してございます。

ソレイユ:まあ、本当?貴方の作る料理はいつも美味しいけれど、こういった日の料理はより一層美味しく感じるわ。

シュヴァリエ:ありがとうございます。腕によりをかけて作っていますから。

ソレイユ:プディングはあるかしら!

シュヴァリエ:もちろん。

ソレイユ:シュヴァリエの作るプディングは絶品だわ。ここに来なければ知らなかったことね。

シュヴァリエ:姫様、

ソレイユ:わたし、城にいた時は気づけなかったシュヴァリエの素敵なところを、今はたくさん知っているのよ。

シュヴァリエ:…ありがとうございます、姫様。

シュヴァリエM:姫様は今日も美しく笑う。スノードロップのように、美しく。

ソレイユM:…なんて滑稽な道化なのかしら、わたしは。でもシュヴァリエ、貴方は知らなくていいの。

(回想)

シュヴァリエM:
昔の話を少ししよう。

その御方を初めて目にしたとき、まさに「太陽」だと思った。
周囲を明るく照らす、穏やかなひだまり。
その太陽が翳(かげ)るその瞬間を。私(わたし)は忘れないだろう。

ソレイユ:
…あ、わたし、
…いや、そんな、どうして、いやっ…!
違う、違うの!
やめてお父様、そんな目でわたしを見ないでください!!

シュヴァリエM:それは、彼女「だけ」の過ちだったのだろうか。

ソレイユ:ねえ、わたし、幽閉されるんですって、シュヴァリエ。

シュヴァリエ:…ならば、私もお供します。

ソレイユ:どうして…?

シュヴァリエ:それは…それは、姫様のことが大切だからです。

ソレイユ:シュヴァリエ…。

シュヴァリエ:私は、最期まで姫様と共にあることを誓います。

ソレイユ:ああ…それなら。

シュヴァリエM:そうして見た姫様の表情は、

ソレイユ:きっとわたしは、この運命を受け入れられるわ。

シュヴァリエM:思わずまどろみたくなるほどの、柔らかなひだまりを思わせた。

シュヴァリエ:だから私は、姫様のためならば。

(深夜)

(ドアをノックする音)
ソレイユ:あ、シュヴァリエ…。

シュヴァリエ:すみません、迎えに来てくださったのですか?

ソレイユ:…その、こちらから伺うのは迷惑だったかしら。

シュヴァリエ:
いいえ、そんなことはありませんよ姫様。
…行きましょうか。
さあ、お手を。

ソレイユ:ええ。

シュヴァリエM:
姫様の手は、体温がない。あの日から、ずっと。氷のように冷たい。
まるで氷細工のような繊細(せんさい)な手を取った。

ソレイユ:東の尖塔(せんとう)に行くのよね?

シュヴァリエ:ええ、それが一番よいかと思いまして。

ソレイユ:いつもはこの時間は寝入ろうとしている頃だから、うっすら明るくなった城内は新鮮だわ。

シュヴァリエ:日が差してくると、ステンドグラスからこぼれた光が美しいんですよ。

ソレイユ:まあ、それは素敵ね。

シュヴァリエ:姫様?

ソレイユ:あ、ああごめんなさい、手を強く握りすぎてしまったかしら。

シュヴァリエ:いいえ、よいのです。私はおそばにおりますよ。

ソレイユ:…ええ。ありがとう、シュヴァリエ。

シュヴァリエ:(呼吸音)

ソレイユ:(やや震えた呼吸音)

シュヴァリエ:姫様。

ソレイユ:…この扉かしら?

シュヴァリエ:はい、この扉を開けて階段を登ると、塔の上にある鐘楼(しょうろう)に出ます。

ソレイユ:…そう。

シュヴァリエ:姫様。

ソレイユ:…。

シュヴァリエ:…。

ソレイユ:(大きく息を吸い)…行くわ。

シュヴァリエ:仰(おお)せのままに。

シュヴァリエM:
姫様の白い手が扉を押し開く。
螺旋(らせん)階段を登る。
二人の足音が重なる。
コツ、コツ。
それがたまらなく、心地よい。
コツ、コツ。
コツ。

(鐘楼)

ソレイユ:
…わあ、なんて深い森なのかしら!
この城の外は、こうなっていたのね。

シュヴァリエ:はい。

ソレイユ:わたしのいた城はここからどれくらい離れているのかしら?

シュヴァリエ:遥か遠くですよ、姫様。

ソレイユ:そうなのね…。

シュヴァリエ:…太陽が登ってくる、あの東の方角に。

ソレイユ:まあ、そう。

シュヴァリエM:
姫様は遠くに目を凝らす。私には何も…明かりのひとつも見えないが、姫様には何かが見えるのかもしれない。
私はしばし、姫様の細い背中を支えていた。

(たっぷり間を取って)

ソレイユ:…ああ、見て、シュヴァリエ。月が沈んでいくわ。

シュヴァリエ:ええ。

ソレイユ:…わたしたちの時間は終わりね。

シュヴァリエ:…はい。

ソレイユ:シュヴァリエ。

シュヴァリエ:はい、なんでしょうか姫様。

ソレイユ:
本日をもって、お前を私の従者から解任します。
…あの沈む月に誓って、これから登り来る朝日に誓って…貴方を愛しているわ。

シュヴァリエ:っ!

ソレイユ:従者ではなく「騎士」として、伴侶として…ずっとわたしの隣にいてくれるかしら、シュヴァリエ。

シュヴァリエ:…姫様、恐れながら申し上げます。

ソレイユ:ええ。

シュヴァリエ:
私もこの10年、ずっと貴女をお慕いしておりました。
月の光に照らされた貴女は、透明で繊細で壊れそうで…貴女をずっと側でお守りできたこの10年は、私にとって幸せそのものです。
ですから…これからも貴女のお側におります。

ソレイユ:ありがとう…ありがとう、シュヴァリエ。

シュヴァリエM:
分かっていた。だから、この日のために、全て準備してきた。
姫の絹糸のような金の髪が頬にかかる。首筋に、鋭い痛みが走る。姫の柔らかな唇が、肌に触れる。

シュヴァリエ:あ、ぁ゛…ッ!!

ソレイユ:ん…。

シュヴァリエ:ひめ、さ、ま…。

ソレイユ:
ごめんなさい…シュヴァリエ。
…あぁ、でも、そう…なのね。人の血というのは、こんなにも甘美なものだったの。

シュヴァリエ:謝らないでくださいませ。姫様の糧になれたのならば、願ってもないことです。

ソレイユ:
ふふ、そう。
でもこれで貴方も、吸血鬼になってしまったわね。

シュヴァリエ:
はい。夜の闇がどこまでも冴えて、遠くまでよく見通せます。
月の光が沈んでいく今、どことなく力が入らなくなる、その感覚も…。

ソレイユ:…そうね。

シュヴァリエ:姫様、ひとつよろしいでしょうか?

ソレイユ:何かしら。

シュヴァリエ:私の料理をいつも「美味しい」と召し上がっていただきありがとうございました。

ソレイユ:…あ、

シュヴァリエ:もうこれからは「我慢」なさらないでくださいね。

ソレイユ:…ええ。そうね。ふふ、お見通しだったのね。

シュヴァリエ:それでも、姫様のために料理を作る日々は幸せでしたよ。

ソレイユ:(弱々しくぽつりと)…シュヴァリエ…?

シュヴァリエ:何でしょうか、姫様。

ソレイユ:
ねぇ、本当に、いいのかしら…。
…わたしが、あなたを、

シュヴァリエ:
そのような質問、今更かと思われます。私はとっくに、覚悟を決めております。
姫様、失礼いたします。

ソレイユ:? なにかしら。

シュヴァリエ:改めて、16と11回目の誕生日、おめでとうございます。

ソレイユ:…まぁ!…ふふ、ありがとうシュヴァリエ。

シュヴァリエ:私からこちらを、姫様に。

ソレイユ:ゆび、わ…?これって、シュヴァリエ…これは!

シュヴァリエ:姫様、ずっと私はお側におります。ずっと。離れません。
ソレイユ:もしかして…。

シュヴァリエM:
姫のしなやかな指が、私の左手のグローブを外す。
揃いの指輪が私の薬指できらめく。

ソレイユ:そんな、うふふ…あぁ、嬉しいわ。シュヴァリエ。

シュヴァリエ:姫様によく似合うと思い…ムーンストーンをあしらった指輪をこの日のために用意しました。もっと上等なものをお渡しできればよかったのですが…。

ソレイユ:
いいえ、いいえ、貴方がこれをわたしにくれたことだけでもう幸せよ。
…ふふ、いい1日になったわ。ありがとう。

シュヴァリエ:
私にとっても最上の1日です。
あぁ姫様、ご覧ください。東の空が淡い紫に染まり始めました。

ソレイユ:…いつぶりにこの空を見るのかしら。なんて素敵なの。

シュヴァリエ:夜明けはいつだって美しいです。そして姫様、貴女も。

(間)

ソレイユ:
太陽がどんどん登ってくるわ。あの銀色の夜が、こんなに明るい金色の朝で塗り替えられていくのね。
…ねえシュヴァリエ?

シュヴァリエ:どうされましたか、姫様。

ソレイユ:愛しています、シュヴァリエ。

シュヴァリエ:…私も、お慕、い……いや、愛しています、ソレイユ。

ソレイユ:
あぁ!ふふ!
なんて幸せなの?どうしてこんなに幸せなの?
…それなのに、どうしてこんなに涙が出るの?

シュヴァリエ:ソレイユ、私がその涙を拭いましょう。私が貴女と手を繋いでいましょう。

ソレイユ:…シュヴァリエ。幸せ「だった」かしら、わたし達は。

シュヴァリエ:幸せですよ、私達は。

ソレイユ:ふふ、そうね。そうだわ。幸せだわ。

シュヴァリエ:はい。きっと今この瞬間、世界で誰よりも幸せです。

シュヴァリエM:そうして、花びらのような唇に、ひとつ口づけを落とす。

ソレイユ:シュヴァリエ…、

シュヴァリエ:…つい、貴女にもっと触れたくて。

シュヴァリエM:口から出た声が存外掠(かす)れていて、思わず苦笑する。

ソレイユ:あらあら!

シュヴァリエ:ソレイユは嫌ですか。

ソレイユ:…意地悪なのね、わたしの愛しい人は。

シュヴァリエ:(心から楽しそうに)はははっ!


ソレイユ:ねえ、わたし、海を見たいわ。広いひろい、誰のものでもない広い海。

シュヴァリエ:はい。

ソレイユ:アリシア海のネイビー。エルネド海のターコイズブルー。

シュヴァリエ:たいそう美しいと聴きます。

ソレイユ:それから、ラサ大陸へ渡るたくさんの春告げ蝶の群れ。

シュヴァリエ:神秘的な光景だと。

ソレイユ:リリオル山の山頂から見る、輝くばかりの(ブツリとミュートにする)

シュヴァリエ:
…輝くばかりの、今日のような、美しい朝日。
…ああ、姫様。…ソレイユ…。

シュヴァリエM:
黄金にゆらめく朝日を受け、地面に落下したソレイユの指輪が輝きを放つ。
ぐらり。
…見慣れた朝日が、遠くなってゆく。

シュヴァリエ:
(泣きそうに、愛おしそうに)
ああ、ははは…、
…ソレイユ、私も…心の底より、幸せで、す…

(エピローグ)
(演じても演じなくても構わない)

ソレイユ:ねえシュヴァリエ、このお日様の下、どこへ行こうかしら。わくわくしてしまうわね!

シュヴァリエ:
どこまででもお供しましょう、ソレイユ。
此処(ここ)より先は、何者にもとらわれない、自由の空ですから。

ソレイユ:
ふふ、その通りね。自由で、太陽の輝く青い空。
わたし、幸せよ。シュヴァリエ。

シュヴァリエ:
ええ、私もです。
さあ、行きましょう!ソレイユはもうどこへだって行けますから。
…お手を。

ソレイユ:
ありがとうシュヴァリエ。行きましょう。貴方と共に、どこまでも。
わたしの騎士様。大切な人。

シュヴァリエ:
もちろんです。永久(とわ)に共に。
私の太陽。

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