屁家物語タイトル__5_

【短編】新しい元号は「冷マ」であります。

会見は11時半ごろ開始とされている。
事前情報によれば菅官房長官が発表に臨むらしい。

「平成」が発表された昭和64年1月7日に、私は生まれていなかった。
これが人生初の「元号発表」になる。

以後、何度もニュースで取り上げられる例のシーンが、今日、間違いなく、この瞬間に執り行なわれるのだ。

テレビではどのチャンネルもその瞬間を中継している。
選びようがないので、私はアナウンサーが綺麗なチャンネルに合わせた。

11:25
「まもなく、官房長官の会見が執り行なわれます」

11:29
「天皇陛下の元に、新元号が通達されたとの情報が入ってまいりました」

11:30
「まもなく、会見が始まります」

11:35
「この会見時に使用される後ろのカーテンは全部で3種類あり…」

いつだ、いつ始まるんだ。
かれこれ15分は正座している。

すると、会見場の扉が開き官房長官が入ってきた。

みうらじゅんだった。


え?どういうこと?

とりあえずチャンネルを変えてみる。
しかし、違うチャンネルに変えてもみうらじゅんが映っている。

画面右端には「みうらじゅん官房長官」の文字。
私は何かの壮大なドッキリかと思い、Twitterを検索する。

「みうらじゅん 元号」
「みうらじゅん 会見」
「みうらじゅん 官房長官」

何一つヒットしない。
むしろ検索結果が1つも無いことが不思議だ。

かつてとんねるずがノリさんが死んだと思わせる放送をして大炎上したそうだが、そんなことが思い返される。あれは平成だったのだろうか。


とにかく、誰であれ元号が発表されるのだから見なければならない。
私は固唾を呑んで画面を凝視する。

「えーっと、新しい元号なんですが、えー『レイマ』にしました」

私もみうらじゅんファンの端くれだ。
「レイマ」が「冷マ」を意味することなど脊髄反射で理解できた。

みうらじゅんが掲げる額縁にはハッキリと「冷マ」の文字が書かれていた。

おびただしいほどのフラッシュがたかれる。
誰一人笑っていない。みうらじゅんもすました顔をしている。

待て待て、これはフラッシュモブか?
いや、一般人だし、誕生日でもなんでも無いし、そんなはずない。

あ、エイプリルフールか?
そうだ。

待てよ、でもそれならTwitterが騒がないのはなぜだ。
一般人は俺と同じ立場なはずだ。

Twitterを検索する。

「【速報】新元号は『冷マ』です!」
「冷マだって!」
「冷マとのこと!」

おいおい、みんな大きなこと間違ってないか?
みうらじゅんだぜ?

テレビではみうらじゅんが説明を始める。
いつも通りの伏し目がちなグラサン姿。

「選んだ理由としては、やっぱり"どうでもいい名前"にしたかったんです。よく名前をつけるときに僕らDT、あ、童貞の略なんですが、なんかかっこいい由来とか考えて名前付けちゃうんですよね。僕なんかは高校生の時毎日1曲フォークソング作ってた頃がありまして、全部にタイトル付けるんですよ。それで1曲2曲なら付けられるんですが、300とか超えてくるともううんざりするんですね、自分で。それでしかも自分なりにめっちゃ深く考えた曲をオカンが台所で歌ってたりすると、すっごい寒くなるんです。ノイローゼなんですよね、結局は。それで、今回の元号もかっこよくしちゃうと僕がまたノイローゼになっちゃうんで、いっそのこと意味を無くしてしまおうと考えました。仏教でも『色即是空』って有名な言葉があって、要は"あるようで、ない"ってことなんですよね。平成も意味あったと思うんですが、それ別に普段考えないじゃないですか。なんで『冷マ』にしました。あの、冷蔵庫に貼る水道トラブルの電話番号書いたマグネットあるじゃないですか。あれの略です。」

これはタモリ倶楽部なのだろうか。
完璧なまでのみうらワールドが繰り広げられている。

「あと、せっかくなんで作ってきました。」

おもむろに紙袋から大きな板状のものを取り出す。
そこにも『冷マ』と書かれてあった。

「冷マを作ってきました。それでやっぱり冷マなんで電話番号も書かなきゃと思ったんですが、全国ネットで自分の番号書くわけにもいかないんで一応桁数足りないようにしてます。はい、本当に意味がない代物です。なんか名札みたいなもんですよね、こいつ自身が『冷マ』なわけですから。よく彼女とか子供の名前を刺青する人はいますが、自分の名前ってなかなかないですよね。多分意味ないって分かってるからだと思います。」

すると唐突に記者からの質問になった。

「産経新聞の冨田と申します。意味がないとのことなのですが、出典はありますでしょうか。」

「ないです、はい。あの僕が考えた言葉なんですが、いい感じにヒットするやつ、ムカエマとかいやげものは本とかになるんですが、僕が編集者さんに『冷マってどうすか?』って言うと一度も目が合わないんですよね。本になれば出典どこそこって書けると思うんです。論文とかでも、記事でも。でも、本がないのであるとすれば、僕ですよね。でも活字で『出典:みうらじゅん』って締まらないじゃないですか。ひらがななんで。だからないってことにしてください。」

「次の質問ある方挙手をお願いします」

「…」

テレビでこんなに無音を聞いたのは初めてかもしれない。
2、30秒は誰も話さなかった。スタジオの専門家も含めて。

「それでは会見を終了します。この後12:00から安倍総理の会見となります」

みうらじゅんは周りの関係者にペコペコ会釈しながら会見場を出た。
よく見ると紙袋に「Since2019」と書かれている。

なんだか途轍もない時代になる気がした。

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岡シャニカマ
サポートされたお金は恵まれない無職の肥やしとなり、胃に吸収され、腸に吸収され、贅肉となり、いつか天命を受けたかのようにダイエットされて無くなります。