屁家物語タイトル__4_

【短編】地デジカは完了しましたか。

「パパ、地デジカは幸せやったんかなあ?」

一昨日の夜。
地デジ化なんて知らない娘、リカにそう言われた。

日曜日の夜だった。
世界のお祭りを紹介する番組に飽きた妻が、なぜか押入れの整理を急にし始める。
こういうのは思い立った時が吉日なの、と背を向けて妻は言った。

季節外れのうちわなんかがたくさん積み上がっていき、透明で大きなビニールの中に押し込まれていく。
その中に「地デジカ」はいた。
何のキャンペーンでもらったうちわなのか思い出せない。
黄色い背景に片足を上げて声高らかに「地デジ化最後のお願い」と叫んでいる絵だ。

「パパ、これなに?」

リカが「地デジカ」のうちわを取ってそう尋ねる。
そういえば地デジになる前は生まれてなかったんだな、リカは。

「それは『地デジカ』っていうキャラクターやで」
「なにそれ?」
「昔はアナログって方式でテレビを放送してたんやけど、リカが生まれるうんと前に『地上デジタル』って方式に変わったんや。その時にみんなテレビを買い換えなあかんかったから、それを呼びかけるキャラクターとしてこの『地デジカ』ってのが生まれたんやで」
「へぇ〜」

私の人生の中で「地デジカ」について語る日が来るとは夢にも思わなかった。おそらく2011.7から一度も目にしていないし、思い出したこともなかったと思う。

「ねえパパ、お金ない人はどうなんの?」
「ん?テレビの買い換え?」
「うん」
「そうだやなあ、地デジに変わるまで何年かあったんやけど、その間に間に合わなかった人はテレビ見れへんのちゃうかなあ」
「その人かわいそうやなあ」
「そうやな」

リカの一言でそれまで一度も心配したことのなかった人、実際にいるかどうかは分からないその人を哀れんでしまった。

「そんなこと押し付けるために生まれたんコイツ?」

急に「コイツ」呼ばわりになった。
リカにとって「地デジカ」の地位がグッと下がったようだ。
うちわの肢を竹トンボみたいにくるくる回すので、少し地デジカが立体化して見える。

「そやなあ」
「ほんで地デジになってから一回も出てこんの?」
「そやなあ、そうやと思うで」
「なあなあ」
「ん?」

リカはうちわをピタッと止め、地デジカを見ている。

「パパ、地デジカは幸せやったんかなあ?」
「え?」

なんだか上手く答えられる気がしなかった。
妻がチラッと振り返って、少し考えて作業に戻る。彼女も同じ気持ちだろう。

「コイツ、ここ置いたってもええやろ?」

そう言ってリカはタンスの上にある私のフィギアやら、妻の裁縫箱が置かれたスペースに地デジカのうちわを置いた。

「うん、ええよ」
「なんかコイツかわいそうやからな、ウチだけで覚えといたるねん」
「そうか、それだけで地デジカは幸せかも知らんな」
「そやろ」

そういうとリカは嬉しそうに笑って見せた。
乳歯が1本抜けている。

翌日になっても地デジカが気になった。
彼は幸せだったんだろうか。
国民に負担を強いるプロジェクトを推進し、その矢面に立たされ、完了してからは二度と役割を当てられることがない。
「地上デジタル」の次があったとしても、地デジカに出番はないだろう。

完全に役割を失った存在。
キャラクターにとっての「死」ではないだろうか。
彼は幸せな人生だったんだろうか。

毎朝朝食の席から妻の肩越しに見える彼は、何となく悲しげに見えた。

通勤途中にいてもたってもいられず、地デジカを検索した。
すると知らなかった様々な情報が出てきた。

「シカの仲間で、シカから進化した動物。」
「角はアンテナになり、角を屋根に設置する行為を「マーキング」と呼んでいる。」
「特技はカメラ目線」

ふざけたヤツだ。
段々と胸のモヤモヤが晴れていき、どうでもよくなった。
それまでうちわの彼は俯いて見えたが、今は『カメラ目線』を自信満々にアピールしているように見える。

幸せそうだが、嬉しくはない。
リカには言わなかったし、今後言うこともないだろう。

サポートされたお金は恵まれない無職の肥やしとなり、胃に吸収され、腸に吸収され、贅肉となり、いつか天命を受けたかのようにダイエットされて無くなります。