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「馬鹿と亡霊」 山形県知事選挙・乗っ取られた民主主義

選挙プランナー、それが僕の仕事だ。候補者のイメージを巧みに作り上げ、こちらの意図通りに投影する。時には、腐ったミカンをまるで新鮮であるかのように見せかけることもあるし、政治的イデオロギーをこじらせたクソババアも、僕の手にかかれば気品溢れる女王陛下に変わる。逆に、新鮮な果実にも毒林檎のラベルを貼ることができる。どんなに優秀な好青年も、僕がカメラを回せば傲慢な権力者のように見せることができるのだ。

今回の仕事話が持ち込まれたのは、昨年の暮れのことだった。福島県白河市在住の84歳が、無投票選挙阻止を掲げて山形県知事選挙に立候補するから、ブランディングの面で支援してほしいとのこと。話を持ち込んだのは僕の悪友、ショウ・タカハシ。彼は福島県内各地の選挙に14回出馬し、全て落選している。ある意味では福島県の有名人で、選挙出馬の第一人者だ。実は彼なりの意図があってやっていることで、そんな彼が面白いので友達付き合いさせてもらっている訳だが、それはまた別の機会に書きたいと思う。

「かなやま…トン?」

「屯田兵の屯って書いて、じゅんって読むんですよ。84歳のじいさんなんですが、以前に福島県知事選挙で対戦した相手でして、まぁ、昨日の敵は今日の友ってことで、選対本部長を引き受けることにしたんですよーハハハッ」

めざせポケモンマスターかよ…

「はぁ、んで、その福島県知事選挙の結果はどうだったんですか?」

「どっちも落選したに決まってるじゃないですかー。あのじいさん、かなり変わった奴で…」

「ショウさん、ゲテモノをジャングルから引きずり出してくるの、ホント好きですよねぇ」

というわけで、ブランディングコンサルを引き受けることにした。


ルールというのは大抵、皆の知らぬ間に作られ、無関心な領域で運用されているものだ。選挙に出るには供託金を預けなければならない。これは皆もご存知のことと思う。都道府県知事選の場合は300万円。告示日前までにお近くの法務局に預けるのだ。意外と知られていないのが、得票率が1割を超えると供託金は還付されるということ。仮に100人の有権者がいて、50人の人間が投票に行った(これを投票率50%という)としよう。無効票はなかった。Aという候補者が圧倒的支持を集めて45票、Bという候補者が5票だったとする。当選するのはAさんだが、Bさんの供託金も返ってくる。また、得票率1割を超えると、ポスター・ビラの制作費や選挙カーのレンタル費用、運転手の日当なども公費で賄われる。これを選挙公営制度という。貧富の差で選挙が不公平なものにならないようにするための仕組みだ。

今回のミッションは、じいさんの300万円を取り返して媒体制作の公営費を貰うことかー。年末年始の休みは潰れるけど、その後に入る報酬を持って温泉にでも行けばいいか…なんなら選挙期間中もこっそり温泉に行ってしまおう。山形蔵王、かみのやま、銀山…そうだ、土門拳記念館にも行こう…などと妄想を膨らませながら“金山屯”でググると、じいさんはニュース映像の中でとんでもないことを言っていた。

「危ないから、山形県内の高速道路のトンネルを50キロ規制にします」

「中学生は皆、闇バイトをしてますから…」

「LGBTQパートナーシップ制度は廃止します」

「水害?知りません、そんなことがあったんですか?知らないので何も考えてません」

記者のインタビューに淡々と答えるじいさんと、その横で苦笑いを浮かべるショウ・タカハシ。当然、荒れに荒れまくるヤフコメ。

僕は愕然とした。なんで自分から難易度をエクストリームに変更してんだよ、このクソジジイぃぃぃぃ。山形蔵王の樹氷も、上山のシュークリームも、銀山温泉の雪景色も一気に吹き飛び、土門拳はファインダーを覗きこんだままどこかに行ってしまった。MacBookのメモパッドに「無投票選挙の阻止・吉村美栄子県政16年の信を問う」とだけ打ち込んで、そっと画面を閉じた。これは難しい戦いになるだろう。

翌朝、ショウさんから電話が入った。

「実はですねぇ、選対本部長を突如として解任されまして」

これはまた急転直下だ。

「なんか金山氏が奥さんに“他人様まで選挙に巻き込むなら離婚します。やるなら一人でやりなさい”って怒られたらしくて…」

…妻君は常識人なのか。選挙には、家族の理解も必要だ。

「ショウさん解任ってことは、この仕事はなかったってことでいいですね?…まぁ、いいんじゃないですか。年末年始の休みは戻ってきたし。世論の反応を見る限り、支援したら山形県出禁になるような燃え方してますよ。龍上海の辛みそラーメンが食べに行けなくなるのはツラい」

「ハハッ、まぁ、貴重なデータを収集するという意味でも、生温かい目で観察していきますか」

こうして、年末年始はのんびりと過ごしたのだった。


2025年1月9日、山形県知事選挙告示日。災害級の寒波到来で気象庁は「不要不急の外出は控えよ」と警報を発令していた。不要不急の外出は、僕の唯一の趣味なのだ。僕とショウさんは、雪の吹き荒む中を山形県庁へ向かっていた。金山屯の第一声を取材するために。

「不要不急の外出は避けてくださいだって、これって僕たちのことじゃないですか?」

「いやー、不要ではないですねー、なんたって前代未聞の選挙ですから…これほどまでに県民感情を逆撫でした選挙は他に無かったでしょ」

トンネルを越えて山形県に入る。大雪で50キロ規制になっていた。

山形県政史上最悪の選挙が幕を開けた。歩行補助カートにマイクスピーカーを積んで街頭演説をする金山屯84歳。訴える政策は前述の通り。

「馬鹿野郎、何考えてんだ!福島に帰れ!」などと金山を罵倒する通りすがりの高齢男性。吹き荒む雪。繰り広げられる不要不急の茶番劇。

僕を含め、その場に居合わせた記者やカメラマン全員が思っていたはずだ。

「俺、何を見せられてるんだろう…」

帰り道、上山のコストコでピザとホットドッグとクリームチキンスープを食べた。日本人が戦争に負けた理由と、米国人が肥満になる原因がわかったような気がする。ショウ・タカハシは、ロティサリーチキン2羽とオイコス1ケースを買っていた。タンパク質の摂りすぎじゃないか。

「ショウさん!トイレが連邦刑務所みたいだったよ、油断してると後ろからやられそうな感じ」

「なんすか、それ………うおお、想像以上に連邦刑務所でしたね」

そんなことで燥げる友人を持つのはいいものだ。


数日後、またショウさんから電話が入った。

「LINEに添付したYouTube動画、見てもらえました?令和の虎なんですけど…」

YouTube?令和の虎?

「そこに出てる上田って奴が、金山屯のところに金はいらないから選挙運動を支援させてくれって来たらしくてですね…」

「へぇー、あのじいさんも良かったじゃないですか、仲間ができて」

「いやぁ、それがですね」

ショウさんは続ける。なんでも、この上田晃(28歳)なる自称経営者の男はどうも様子がおかしいらしい。令和の虎を見ても、彼のSNSを見ても、いわゆる“地雷臭”しかしない人物なんだとか。そんな得体の知れない男が、選挙を無料で手伝ってやるから当選したら俺を副知事にしろと言って金山屯に近づいた。

「じゃあ、まずはその“令和の虎”とやらを見てみますね…」

昔、マネーの虎っていう番組を地上波でやっていたが、それの続編か何かなのだろうか。地上波でやるには下品すぎて、あまり好きじゃないなと思った記憶がある。

https://youtu.be/L5KlY6d3_G0?si=VUVDMco4J5fb1Y3G

おいおいおい、“令和の虎”面白いじゃない。YouTubeでやる分には良いと思うよ。これはクズを観て楽しむためのコンテンツなんだね。内容の説明は割愛するが(各自で観てくれ)、上田晃もまた虎さんの食い物にされた愛すべきクズであった。

直感的に、これは間違いなく公選法違反を繰り返すタイプだと分かった。個別訪問、相手陣営への選挙妨害、物を知らないだけに色々と平気でやってくれるだろう。これは今後の展開が楽しみだ。我々は、上田晃についての人物調査を開始した。


ポスター掲示場。読者諸氏も見たことがあるだろう。選挙が始まる1週間くらい前になると生えてきて、選挙が終わるといつの間にか無くなっている、無機質な数字が並ぶあの看板だ。当然だが、各候補者のポスターも好きな場所に貼っていい訳ではない。どの番号の枠に掲示するか、告示日の朝にくじ引きで決める。各陣営のくじ引き担当者は責任重大だ。下段は見えにくい、印象に残りにくいとかあるからね。また、選挙区全てのポスター掲示場を制圧することが出来るか否かで陣営の規模が分かるものだ。我々は、マッピングアプリなどのツールを独自開発し、効果的かつ合理的に掲示作業を進めることで、夜明けまでに全掲示場を制圧するようにしている。全ては“他陣営のビビる顔が見たい”という目的のため、ポスター貼り専門の特殊部隊は日夜厳しい訓練を積み重ねているのである。
「当選するかどうかなんて関係ない。我々は貼るか、貼られるかなんです(隊長談)」

さて、今回の山形県知事選挙において、吉村知事が1番、金山屯は2番のくじを引いた。しかし、蓋を開けてみると予想もしない珍事が発生していた。金山屯のポスターが5番に貼ってある。上田晃とその交際相手のA子が一晩で60箇所くらいの掲示場を回って貼ったらしい。ただでさえ県民感情を逆撫でするようなポスターが、訳のわからないところに貼ってある。真面目な山形県民たちは憤りを覚えたに違いない。

なぜ5番に貼ったのか、ルールを知らなかったのか。ショウ・タカハシは上田晃に問い合わせた。すると斜め右上を行く回答が返ってきた。

「金山屯と吉村美栄子は対等だから。県選管と県警には敢えて5番に貼ると宣言してある」

…?

要約すると、こういうことらしい。

屯と美栄子は同じ県知事候補者であって対等であるはずなのに、屯のポスターを下に貼るのは許せない。法令違反になるのは認識しているが、他に候補者もなく、枠が余ってるのだから何の問題もないはずだ。県選管と県警はごちゃごちゃ言っていたが、一方的に宣言したので公選法違反にはならない。


圧倒的屁理屈。世間一般的なホモ・サピエンスである僕には理解の及ばない発想だった。これが新人類の思考なのか。僕もこの業界はそれなりに長いが、公選法違反の犯行予告というのは聞いたことがない。

新人類・上田晃の暴走は止まるところを知らなかった。翌日には山辺町役場で大暴れし、町長名の退去命令が即時発布され、警察官が駆け付ける騒ぎとなった。話によると、そのまま病院に連れて行かれたらしい。

その後、ショウさんと上田晃は、Zoomで1時間テレビ通話をした。

「ショウさん、よくもまぁそんな奴と1時間も会話できますね。あまりヘルシーではないですよ」

「寛大な心で聞いてあげるスタンスだと意外といけますよ。なんか本人曰く躁病なんだってね。脳が焼き切れてるんじゃないですか。冷えピタ貼ってましたからね」

「はぁ、冷えピタですか…」

素人考えだが、鬱アニメとか観たらバランスが取れて少しはマシになるんじゃないか。School Daysとか。

「本当かどうか分かりませんが、A子の他にも女がいて、福島県伊達市に住んでるらしいんですよね。福島で会わないかとか言われて、丁重にお断りしましたけどね…」

前言撤回、School Daysはダメだ。

この冷えピタ野郎の暴挙を、金山屯本人は把握しているのだろうか。今や上田晃は、金山陣営の幹事長を名乗っている。

「金山屯にも電話したんですけどね、何も知らないみたいです」

選挙を乗っ取って、奴はいったい何をする気なのだろうか。想像の範疇を超えた出来事に、こちらが冷えピタを貼りたいくらいだった。



1月13日、令和7年の成人の日を迎える。山形市内でも成人式が挙行された。突如そこに現れた金山屯と上田晃は、会場前で新成人たちに向かって小一時間怒鳴り続けた。これが候補者の傲慢、悪い大人の見本でなければ何と言えよう。SNSに散見された「一生に一度のお祝いだったのに、会場前で金山屯に怒鳴られて嫌な思いをした。本当に腹立たしい」という投稿に、大人として申し訳なさを感じた。社会をつくるための選挙そのものが、社会に生きる真面目な人々を不幸にして良いのだろうか。

3日後、事件が起きた。ついに奴らは我々にも牙を剥き始めたのだ。上田晃の目的は、言わずもがな自身を宣伝するところにある。自分の名前と顔を載せた、新しいポスターを印刷して掲示することを思いついたのだろう。選挙ポスターは規定の枚数以内であり、選挙管理委員会の審査を通過すれば何パターンでも作って掲示することが出来る。上田晃はA子を叩き起こし、夜な夜な新ポスターを制作させたのだろう。出来上がったデザインを見て興奮した上田晃は、その画像をこれ見よがしにSNSへ投稿した。解像度低めの金山屯の写真、立候補者本人より綺麗な上田晃の写真と経歴、そして何故かショウ・タカハシの写真が並んでいる。

…Huh?

僕は普段の仕事とは別に、ショウ・タカハシが結成した「シン・福島県知事をつくる会」という政治団体の選挙企画室長という役職をやらせていただいている。ブランディング(彼の場合は如何に選挙を楽しいものにするか)戦略全般の立案と管理を行う立場であるが、そんな僕からしたら決して許されるものではなかった。法令違反を繰り返した馬鹿な犯罪者、そんな奴と並んだポスターが世に出されたら、こちらには害悪しかなく何の利点もない。選対本部長職も告示日前に解任されているはずだ。

僕は即刻、ショウさんに電話した。

「もしもーし。お疲れ様でございますー。ショウ・タカハシでございますゥ」

「ショウさん、あの馬鹿に肖像使用の許諾を与えたんですか?」

「そんなわけないじゃないですかー、あの投稿を見てびっくりしましたよ。制作物を事前に見せてもらった上で、使用許諾の是非を審査したいとは言いましたよ…そしたら勝手にリリースしちゃったみたいで」

「であれば、例の投稿の削除と、肖像の使用中止を求めて、奴にコンタクトとりますね」

「お願いします。で、面白いことに…」

ショウさん曰く、自分の肖像写真を勝手に使わないで欲しい旨を連絡したら、上田晃は「デザイン変更校正費として3万円よこせ」と言ってきたのだとか。

猿に覚醒剤を打って作らせたようなクオリティの物を勝手に出しておいて、何がデザインだよ。世の中のデザイナーを馬鹿にしてるだろ。これはお仕置きが必要だ。

僕は上田晃本人に電話した。しかし、早口で捲し立てられたあと一方的に電話を切られた。忙しいからメールやSNSで寄越せとのことらしい。

以下は、やり取りの全文である。

僕《1月16日付でそちらが発送された、デザイン変更校正費名目の請求書の件についてですが、当方では肖像等の利用も含めて一切承諾しておりません。デザインとも言い難いようなクオリティの物を勝手に出して、その上、金銭まで請求するとは一体とういう了見なのでしょうか。これはヤクザの押し売りや詐欺と同じ下劣極まりない手口としか言いようがありません。貴方はこのような反社会的なやり方が罷り通るとお考えなのでしょうか。
繰り返し通告しますが、当方は肖像等の利用も含めて一切承諾しておりません。貴方は御自身の幼稚で身勝手な解釈で、当方の権利を著しく侵害しているのが現状です。
ご存知の通り、髙橋 翔は告示日以前に選対本部長を解任されております。
貴方はすでに法令違反を繰り返しており、これは民主主義への冒涜であると私共は認識しております。正直申し上げて、貴方の作った程度の低いポスターに名前と顔が載ってしまうのは、当方としても大変迷惑です。
1月16日13時36分に貴方がXに投稿された当該ポスト、ならびにSNS等媒体に掲載した同様の投稿等があれば直ちに、今から1時間以内に削除してください。
また、ポスターへ髙橋 翔/ショウ・タカハシの名前と肖像を使うことも一切お断りいたします。
本日午前10時30分までに投稿の削除が確認できない場合、若しくは、例のポスターを使用した場合は、法的措置を含め断固とした対抗手段を取ります。合法的に、貴方には想像もつかないであろう方法で徹底的にやらせていただきます。この後どう動くかは貴方の勝手ですが、私の通告に従うことをお勧めします。》


上田《肖像権の利用ですが、ポスター利用の旨をお伝えして、写真の提供をお願いして高橋翔さんから送られておりますのでその時点で認められておりますね。請求書の支払いを昨日の期日までいただいてないのですみませんがこのまま使わせていただきます。この選挙盛り上げるための話題提供誠にありがとうございました。引き続きどうぞよろしくお願いします。》

それは上田君の勝手な解釈である。君にはそういう悪い癖があるようですから治した方がいいと思いますよ。

僕《当方は承諾しておりません。制作物を確認させていただいた上で、使用の可否を判断すると申し上げております。そして、こちらで審査させていただいた結果、上田様での使用を一切お断りさせていただくこととなりました。再度ご通告申し上げます。尚、投稿の削除が確認できませんでしたので、法的措置を含めた対抗手段を取らせていただきます。こちらの通告は伝わりましたね。これ以上のやり取りは不要です。あと58分ですよ。》

上田《こちらの認めていないような、なお短時間の制約に関しては恐喝未遂に該当しますので1/26日被害届も出させていただきますね。》

どうやら僕は恐喝未遂犯になるらしい。

僕《どうぞ。被害届でも何でも出していただいて結構です。》

さて、合法的かつ上田晃には想像もつかない方法で徹底的にやると予告したわけだが。
 
例えば、民事訴訟。これはダメだ。奴には金がないことは、関係者からのタレコミで判明済みである。A子のクレジットカードを勝手に使っているらしい。金の無い奴に損害賠償を求めて訴訟を起こしたところで、無い袖は振れないのである。そして何より手段として全く面白くない。

警察に被害届を出すか?…いや、僕が何かしなくても、奴はいずれ刑事罰を受けて公民権を失うことになるだろう。ただし、こういう手合いの馬鹿は、前科前歴でさえも自らの実績であるかのように語るのが常。「今時、政治犯として◯年投獄され…」などと言う書き出しが目に浮かぶ。これも面白味に欠けるよね。反省できない子は少数だが一定数はいるものだ。

じゃあ、どうする。 
徹底的に追い詰め、最大限の愛と慈悲をもって同情してあげよう。

この手の馬鹿は、プライドだけは一丁前に高いので、僕みたいな人間に同情されることを酷く嫌うものだ。実は地味にダメージが大きいんじゃないかな。愛ある拳は防ぐ術なし。

というわけで、以下は僕が立案した大規模攻撃プラン、題して“錦の御旗作戦”である。

フェーズ1. 選挙戦を乗っ取られた被害者・金山屯に接触。選対本部運営の全権委任状を書いてもらう。
“山形の選挙に秩序と正義を取り戻す”をテーマに、僕が敗戦処理係として登板。僕のキャリアにとっては汚点でしかないが、この場合は仕方ないよね。

フェーズ2. 候補者名で山形県内メディアにプレスリリース。
「本選挙における悪質な選挙妨害と法令違反についての緊急記者会見」経験則から言えば、このタイトルに食いつかないメディアはない。

フェーズ3. 当陣営の幹事長を詐称し法令違反を繰り返している上田晃(28)なるものに、当陣営として幹事長その他職権を委任した事実はなく一切関わりがない旨を表明。
前記上田の行為は当陣営に対する明らかな選挙妨害であり、民主主義を冒涜するものである。当陣営は、このような行為について最も強い言葉で非難する…なんてね。

フェーズ4. 例のポスターを全て剥がす。
ポスター貼りのボランティアは集まらないだろうが、ポスター剥がしのボランティアは簡単に集まったのだった。候補者自身がポスターを剥がすことの合法性について、県選管には確認済みである。

フェーズ5. 無投票選挙の阻止というワンイシューを掲げて、選挙運動の立て直しを図る。
金山屯本人を連れて、山形県内各地を謝罪行脚すべきだろう。僕なら吉村知事を敵とするような論調では絶対にやらない。敵は吉村さんの強さにビビって党利党略で対抗馬を下げた連中だろう。吉村県政16年の評価が出来るのは選挙しかないことを繰り返し訴えさせる。「福島県の原発事故被災者を一番に引き受けてくれたのは山形県であり吉村知事なのである」と言ったような論調で演説する。ついでに、今までの選挙運動の体たらくや、水害被災についての失言も、全て上田晃に責任を被ってもらう。

カウンタークーデター。乗っ取られた選挙を乗っ取りかえす。これは僕たちにしか出来ないやり方だろう。


結論から言えば、“錦の御旗作戦”はフェーズ1の段階で頓挫したのだった。

1月18日、白河市内のファミレス・ガストで金山屯と面会した。全権委任状を巻くためである。思えば、実際に話すのはこれが初めてであった。

「あの村田あきら君ってのはすごいねぇ。ボランティアで手伝ってくれるなんてねぇ。テレビ局に一人で突っ込んでいってねぇ」

…村田?上田晃のことか?名前すら覚えてないのか。

「金山さん、オオカミ少年ってイソップ童話は知ってますよね。メディアはペテン師の相手をするほど暇じゃありませんよ。あなた、自分の選挙が乗っ取られてるって理解してます?」

「乗っ取られてないよ」

耄碌してるなぁ、おい。

「もうすでに彼の暴走で数々の選挙違反や法令違反が繰り返されていますよね、これは金山さんの評判を貶めるものですし、金山さん自身の責任問題にもなりますよね?」

「何で私の責任になるの?」

金山屯の目つきが変わったのを感じた。

「ボランティアで手伝うっていうから、はいそうですかって言っただけで私は何も委任してないんだよ。ポスターも彼が勝手に持って行ったわけだし。彼の何も知らないわけだからね、私は」

「金山さん、それは立候補者として余りにも無責任なんじゃないですか」

「何が無責任なんだ」

金山屯は激昂した。周囲の視線が気になる。ここは論争の場ではない。ガストだ。

「話を変えましょうか金山さん。このままでは、山形県民の皆さんから誤解されたまま終わってしまいますよ。無投票選挙の阻止が目的なんですよね。その意図が全く伝わってませんよ。僕だったら…」

「伝わらなくていい。馬鹿には分からん」

そう。彼は主張を伝えたい訳ではなかった。


金山屯の目的はただ一つ。自らの主張を拡めることでもなければ、無投票選挙を阻止することでもない。高速道路のトンネルや、LGBTパートナーシップ制度や、現職知事の無投票当選など、最初からどうでもよかったのだ。


社会の混乱。体制に抗うことだけが彼の目的。

そして、合法的かつ民主的な手段で、このテロルを成功させた。

それに気づいた時、僕は戦慄した。
こう考えると全ての話の辻褄が合致する。彼はテロリストなのだ。

今から60年以上も昔の話である。安保闘争の時代。若者たちは暴力的な手段で体制に立ち向かった(米ソ対立による大国間の思惑と暗躍。反体制デモを警察力では抑えきれず、右翼や暴力団まで動員した体制側…何があったかは各自で調べてほしい。この余白はそれを書くには狭すぎる)のだが、青山学院大に在籍していた金山屯も闘士の一人であった。おそらく彼の生涯は、反体制知識人のそれであっただろう。暴力的な手法で体制に抗えばどうなるのか、彼は学んだに違いない。そして闘争の亡霊は、静かに機会を待った。

なぜ今、なぜ山形県知事選挙だったのか。

16年間続いた権力と、福島県や宮城県ではあり得ない、政党が全く顔を出さない選挙。彼にとっては都合が良かった。だからターゲットにされた、それだけのことなのだ。

吉村知事やその周辺は大いに当惑しただろう。

山形県民の大半が憤りを覚えただろう。

水害被災者の感情を逆撫でし、一生に一度の祝いの場である成人式に水を差し、鉄砲玉を“自発的に”暴れさせる。

反感が広がれば広がるほど、彼のテロルには花が添えられていく。

それも、どうでもいいのかもしれない。立候補が受理された時点で、金山屯の思惑は全て果たされたのだから。金山屯に対する勝ち筋は最早どこにも存在しない。

ショウ・タカハシを解任したのは、鉄砲玉になり得ないからだ。そこで選ばれたのが、あの馬鹿な狂人だった。上田晃も利用されていたに過ぎない。仮に上田晃がポスターのかわりに爆弾を持たされて何処かに突っ込んだとしても、金山屯は「彼が勝手に持っていっただけで、私は彼について何も知らない」と供述するだろう。テロリストの常套句じゃないか。


そこで一つ、カマをかけてみることにした。

「上田が自分の女に作らせたポスターだけどねぇ…」

「あぁ、A子ちゃんかい」

あれれーおかしいぞ。さっきまで本人の名前すら忘れたふりをしていたのに、その女の名前は覚えてるのって、変じゃない?

突っ込もうと思ったが、やめた。ここは取調室じゃない。ガストだ。

「そう。A子に作らせたあのポスターだけは何とかしてくださいよ。ショウ・タカハシの肖像と名前を勝手に使われるのは迷惑だ」

「あぁ、あれねぇ。タカハシ君の写真は消したらしいよ」

3万円の件はどこへ行ったのか。

金山は続ける。

「まぁ彼(上田晃)も28歳でまだ若いんだから。法令違反とか細かいこと言っちゃいかんよ。そのルールだって大人が勝手に決めたことなんだから。その大人たちが社会をダメにしたんだ…」

僕の仕事は、候補者の主張を有権者にとって耳触りの良いものに調整することだが、この候補者には主張すらなかった。写真を消したというのなら最早攻撃するだけの理由もないわけで、どうやら僕の出番は最初からなかったようだ。

結論:今回の山形県知事選挙における一連の騒動は、金山屯による極めて民主的なテロルであり、独りよがりなマスターベーションであるというのが真相であった。後期高齢者のオナニーを見ていたら、みぞおちのあたりがムカムカしてきたので、僕はそのままガストを後にしたのだった。

中核派とか革マル派のような時代の残滓的な組織にも最近は若い奴が何人かいたりするが、その構図が分かったような気がする。

「馬鹿と亡霊」

なんか、米津玄師のうたのタイトルみたいだね。


エピローグ

僕は今、上田晃にお手紙を書いている。このままでは、彼があまりにも気の毒だからだ。今回のノートは、僕が彼に宛てたお手紙を持って締めたいと思う。

上田君へ。

この数日間、我々は君の行動を観察してきました。君には大切なものが欠けています。それは君が本当に頼るべきバックグラウンドとなる部分、自身で下積みしてきた経験と倫理観です。君は挨拶や名刺交換しただけの人物をさも自らの手札のように豪語して、自分を必要以上に大きく見せようとする癖がありますね。こういうのを人の褌で相撲を取ると言います。社会はそんな奴の言うことを一々信用しません。社会は君が思っている以上に残酷なところです。話を聞いてもらえたと思っていても、実は聞き流されているだけだったり、裏では馬鹿にされていたり。建前だけで取り繕って生きるのが世の大半の人間なんです。君は人の建前と本音を見極めるのが苦手なんだと思います。それは先に書いたとおり、自分を必要以上に大きく見せることに必死すぎて、周りの観察が疎かになっているからです。自分を何か偉い者のように勘違いするのは傲岸不遜で滑稽に見えるものです。周りの経営者やリーダーたちから相手にされないのも、それが原因なのではないでしょうか。

君は政治家を志しているようですが、僕は政治家のイメージを作りあげるプロなんです。そんな僕が一つだけアドバイスするとしたら…

政治家とは聞く力が9割です。まずは謙虚な姿勢で人の話に耳を傾けなさい。有権者に対して、尊敬の心を持ちなさい。君が迷惑をかけた山辺町役場の職員一人一人も家に帰れば有権者なのです。君は躁病であることを自分の武器か何かだと思っているようですが、だとしたらそれはあまりに危険な諸刃の剣です。今の状況は君にとっての利になっていません。まずは専門医による正しい治療を受けて、十分な休養を取ることです。

ありのままの自分を受容しなさい。ありのままの君を愛してくれる周りの人たちを大切にしなさい。一つ一つ確実に地盤を固め、基礎を作ってからのチャレンジでも遅くはないはずです。君は稀有な志とバイタリティを持ち合わせてるのだから、本当にもったいないと思います。気の毒すぎて、言葉もありません。

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