#9 デザイン思考2.0がデザインマネジメントになるとき− KJ法、感性工学、ナレッジマネジメントの接合
色々と調べ回っているうちに、KJ法の川喜田二郎教授、感性工学の長町三生教授、ナレッジマネジメントの野中郁二郎教授らには、全て接点が見えてくる。どの方も、敗戦から立ち上がるという同じ時代を作る中で、自身の知識と身体知と生い立ちを背景に、それぞれの視点から自分の見た(生きた)世界の現象を記述していった。その結果がKJ法、感性工学、ナレッジマネジメントになった、という見方が私にはしっくり来ている。
川喜田教授、長町教授、野中教授が、それぞれに親交があったかは定かではない。(まだ調査していない。長町教授と野中教授は、同時期に本田宗一郎氏の自宅の宴に招かれていたようである。)ただし、同じ時代を生きる学徒として、意識しないところでも互いの思想や業績の影響はあったのではないだろうか。あの時代は、日本中の学者の情報が、分野を問わず交流があった。生きていくために、社会をひとつでも前に進めるために、総力戦の時代だったから。
だからこそ、KJ法、感性工学、ナレッジマネジメントは、本質的にはどのパーツも欠けてはいけない。どれかが欠けていたら、これらの全ては無かった、あるいは今の形では無かったんじゃないかと思う次第である。お互いがあったからこそ、川喜田教授、長町教授、野中教授が自分のパーツを完成させる事ができ、相互補完的・相乗効果的に日本のものづくりの実践知と理論知に貢献していった。すなわち、日本のデザイン学の基盤であり最盛期が、ここに成立していったのである。(3教授の足跡をさらに追いかけていくと、榮久庵憲司氏などインダストリアル側の巨匠たちを媒介とした関わりも見えてくる。)
いま行っている実践と調査で、デザイン思考2.0を機能させる組織論への道筋が見えてくる。KJ法と感性工学をベースとするデザイン思考2.0が形となり、ナレッジマネジメントへとの接合がなされたとき、デザイン思考2.0がデザインマネジメントとなる。
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