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俯瞰

全く、私って人間はどうしようもない。
「腰抜け婆さんは本当に邪魔」
こんなセリフを言われ、Twitterアカウントを削除した。


初めは、有料になるが、今までのツイートとイイネを全て削除して。やり直そうかとも思っていたのだ。
だが、本当にそれでいいのか?自分の限られた時間をこれに費やすのか?
と自問自答した結果がこれだ。

コロナワクチンの件に関しては、ワクチン接種推進派、否定派。どちらもやりすぎな面が見えてきたのだ。

イヤ、青山まさゆき弁護士のように本気で真剣に闘える人間でないと関わってはいけなかった気がする。

多分、ここまでの事が出来たのは、青山弁護士以外にはムリだったのではないだろうか。と思っている。
ただただ尊敬する。


この弁護士の投稿だが。
私が隠している部分は写真だ。匿名アカウント本人のツイートでは顔をぼかしている依頼人の顔をそのまま投稿したのだ。

それが数か月後にはこれだ。
弁護士なしで闘えるのか?
言われていることは正論なのだが、あまりにも今までの経緯からすると無責任じゃないのか?

面白おかしくワクチン接種推進派医師を煽るメンバー、ついつい感情的にNGワードを口にする反ワクチン接種派もいる。
確かに、前から何人かの人は、訴訟に持ち込まれたらまずい?みたいなのはあった。
彼らは己の信じる道を行かれたのだろう。
そんな人は、どちらのグループにも沢山いた。

ただ自分のその時の想いを呟きたい。そんなのが元々のTwitterのはずだった。コミュニティ化して、同じ考えの人たちとグループになる。かつてのmixiみたいに。そんなのは日本だからなのだろうか?

一部考えが違うとしても、ここは同じ考えだという人は沢山いる。
例えば、作家の百田尚樹氏。零戦に対する考えは私は真逆だ。
だが、百田尚樹氏も反マスクであったが、公共の場で「つけてください」と言われる場ではマスクを付けた。どこかの医師や弁護士や空港で問題を起こした人のように「マスクなんか意味あるかー!」などと言い合う時間はもったいない。スーパーで買い物する時間、図書館で本の返却や借りる時に黙って付けて、さっと済ませて帰ればよし。私はそんな感じできたのだ。
ま。単に言い争う時間がもったいないというだけなんだろう。

松村むつみ先生は個人的には好きではないが、特定の医師に文句を言うのではなく、国に言ってね。は正論だと思う。
そういうのが、あの集団の中にいると見えないのだ。
一歩離れて、どこにも加わらず、何も投稿せず、ただ見ているだけ。
そうでないと、自分を見失ってしまう。

実際、24日の日曜日の早朝、布団の中でスマホを開けると、筋肉弁護士のやったことなのに、私を責める人とやり合い。完全にメンタルをやられ、保護猫施設のトイレ掃除に行く時間も遅れてしまった。渋谷の方に東急花御朱印巡りに行くつもりでいたのに、近所のスーパーにも行かずに、パソコンを開き、昔の色んな人の投稿を探しだし、自分は悪くない!の主張をする。

あーあーーーー。アホらしい。何やってるんだろう。
そして、腰抜け婆さんは、とか言ってくる人もいたし。

申しわけないのだが、もう私の中ではコロナ過は終わりにしたいのだ。
周りは、もう有料になるからワクチン接種しないよ、と言っている人ばかりだし。主に年金暮らしの高齢者だが。その方たちだって現実にはもうマスクなんかしていない。
ホテルでも検温だのマスク着用のお願いなんかないし。
ただ、ワクチン被害にあわれた方には本当に寄りそう事が出来ず、済まないという思いがある。
国民を振り回した一部の人たちに対して声を上げる事も腰抜け婆さんは出来そうにない。

そんなことよりも、自分の当日の予定を崩されてまで関わる事なのか?
優先順位として、自分の仕事、猫施設の掃除、寺院神社廻り、読書、ホトカミ他に投稿。
時間は限られているのだ。過去投稿を削除したところで、流れてくるツイートは目についてしまう。
うん。もう、あのアカウントに未練はないよね。
自分としては、noteも含め、他のSNSは、マイペースで、誰もイイネをしないの備忘録代わりなのでストレスにもならずに続いている。mixiはダメだったな。

突然の夕立の後にはこんな虹が出来るのだ。


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