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人生で初めて買ったCDが「今泉君を讃える歌」の私が選ぶ古畑任三郎ベスト5

 2021年春、田村正和さんが亡くなった。タイトルの通り長年のファンである私が、思い出を長々と書き連ねても仕方ないので、今ここに古畑任三郎全41回(去年の新聞連載小説を含めれば全42回)の中から独断と偏見と私情を込めて、渾身のベスト5を選出する。

第5位:さよなら、DJ(ゲスト:桃井かおり)

 人生で大事なことは古畑任三郎のオープニングから学んだ。桃井かおり回は、古畑のこんなセリフから始まる。

「走ったすぐあとは息が乱れるものです。30過ぎると尚更です。えー、そういう時は大きく深呼吸をして、ゆっくりとお茶を飲むと落ち着きます。しかし、一番いいのは、30を過ぎたら走らないことです」

 ここまで言っておきながら、古畑は、今泉を過去3回は実験と称して全力疾走させている鬼。この事件はその実験たちの記念すべき1回目。
 今泉はさておき、アリバイ作りのために全力疾走する桃井かおりが見れる貴重さ。意外にも学生時代陸上部だったということで、おっとりしたイメージを覆す俊敏っぷりがポイント高し。そして、桃井さんのアドリブと言われている、一度凶器で殴って倒れた被害者に「痛い?」と聞いてからもう一度殴るという狂気の凶行シーンは、数ある犯人たちの中でも白眉。
 さらには、女性に優しい紳士の古畑が、押しの強い桃井かおりにタジタジになるという展開も珍しい(この回以外で女性に押されてタジタジになるのは松嶋菜々子(妹)くらいか)。
 そして何より、この回は三谷ドラマティックユニバース(MDU)の原点ともいうべき作品。初期の三谷作品は、別の作品のキャラクターや企業の名前などが登場することが多く、ファンをニヤリとさせるポイントが多々ある。桃井かおり回では、毎度おなじみ赤い洗面器の男の話が初登場し、この回自体が映画「ラヂオの時間」と共有された世界線であり、事件のポイントとなる「サン・トワ・マミー」は三姉妹ドラマ「やっぱり猫が好き」のエンディングテーマだ。そして、この回の終盤に流れる曲は、古畑任三郎ファイナルの松嶋菜々子回でも流れる、古畑任三郎お気に入りの一曲。三谷マニア垂涎のリンクの数々が凝縮された逸品。

第4位:笑わない女(ゲスト:沢口靖子)、偽善の報酬(ゲスト:加藤治子)、ニューヨークでの出来事(ゲスト:鈴木保奈美)

 一つのランクに一つのエピソードしか選んじゃいけないって誰が決めたんですか。
 動機がわからない、凶器がわからない、もう罪を裁けない。古畑第2シーズンのないない女性犯事件3部作。ミステリの構成要素一つ一つにフォーカスを当ててストーリーが作られているという視点の面白さで合わせ技一本の4位にランクイン。
 この3人、ほぼ犯人役をやってるのを見たことがないけれど、古畑と十分対等に渡り合える貫録を兼ね備えた女優という、キャスティングの勝利。初代東宝シンデレラに選ばれて以降、いつだって笑顔でリッツパーティに誘ってきた沢口靖子が演じる一切笑わない犯人の斬新さ。様々なホームドラマで「日本のお母さん」を演じ続けてきた加藤治子が熱演する脚本家のモデルは、加藤が公私ともに親交の深かった向田邦子だ。東京ラブストーリーから5年経ちトレンディドラマのヒロインキャラから一皮剥けた鈴木保奈美は、アメリカで完全犯罪を成し遂げた可愛げを残しつつ孤独で凛とした女性を演じている。
 古畑任三郎というドラマは、巧妙なトリックをしかけた犯人達との軽快なやり取りも見物だが、第1シーズン第1話の中森明菜回から通底する、女性犯人との紳士で大人なやり取りも魅力だ。古畑の元ネタである刑事コロンボも女性への優しさは見られるものの無骨でトレンディさはない。異色の刑事でありながら色気のある振る舞いというのはやはり田村正和だからこそ成せるキャラクターだ。

第3位:しゃべりすぎた男(ゲスト:明石家さんま)

 みんな大好き三谷幸喜の裁判劇。いや逆だ。三谷幸喜が大好きな法廷を舞台にした古畑エピソード。
 古畑には毎シーズンに必ずお笑いの人が犯人の回が存在する。第1シーズンで言えば笑福亭鶴瓶と小堺一機、第2シーズンは今回の明石家さんま、第3シーズンは一見いないように思えるが共犯者として喜劇俳優の岡八郎が登場する。意外なキャスティングの中でも、この明石家さんま回はストーリーの出来がいい。
 とにかく、明石家さんまという「しゃべりすぎる男」が、弁護士という犯人役で、かつ口を滑らせた結果ボロが出るという結末はまさに打ってつけ。そして、そんな「しゃべりすぎる男」以上に、法廷で証言者として喋りまくって犯人を追い詰める古畑の饒舌で見事な解決編。怒涛の会話劇は三谷作品の真骨頂と言える。
 さらには罠に嵌められ無実の罪を着せられた相棒今泉の危機を、面倒くさがりながらも「友人」として古畑が救う、熱い友情回でもある。やっぱり古畑と今泉コンビは永遠。「古い畑」と「今の泉」という対をなす名前の凸凹の刑事バディはぴったり。途中、西村まさ彦と三谷幸喜の不仲説も囁かれて、芳賀くん(白井晃)とか西園寺君(石井正則)とか花田(八嶋智人)とかが推理のサポートメンバーになるけど、結局は古畑と今泉だ。
 あと、先ほど触れた第1シーズン第1話の犯人、小石川ちなみ(中森明菜)のその後の話がちょっと出てくるのも、古畑ファンとしてはポイントが高い。

第2位:古畑任三郎vsSMAP(ゲスト:SMAP)

 まぁ外せません、この回は。SMAPがSMAPとして犯人役をやるという斬新さ、これに尽きる。スタッフロールの最後に「この作品に登場するSMAPは架空のSMAPです」という注意書きが流れるドラマ、後にも先にも存在しないだろう。後に本人役犯人回は、イチロー回にも継承される流れ。
 とにかく、5人いないと成立しない犯罪、5人いないと成立しないアリバイ、そして、5人だからこそ成立してしまうトリックの綻び。SMAPを存分に生かし、SMAPというグループでなければ絶対にハマらない物語の完成度が最高。特にこの回は三谷さんのSMAPへの当て書きが炸裂している。マネージャー役の戸田恵子なんかは完全にI女史
 第3シーズン最終話の前後編(ゲスト:江口洋介)も5人組の犯罪集団が古畑と対峙する話が出てくるが、これ個人的にSMAP回の没ネタを再構成したのではないかと邪推している。犯罪組織の名前もSAZという似た名前であったし。
 あと、この回の好きな豆知識としては、本作収録現場からMステに中継でSMAPが出演し、ライブ観客として集めたエキストラの皆さんもそのまま観客としてMステに出演していたという逸話。その違和感に鋭く気づいたタモリさんが「そっちのお客さん、やけに聞き分けがいいね」とコメントし、諸々の事情で古畑の撮影中だと打ち明けられなかったSMAPが微妙な返事ではぐらかすということになった。
 この回、特に注目すべきは、5人が仕掛ける犯行シーンであると思っている。5人がそれぞれの任務を実行してチームで犯罪を完遂する様子は、ミッション・インポッシブル(というより、その元であるアメリカのテレビドラマ「スパイ大作戦」)感があって楽しい。この楽しさは、後に三谷幸喜が手掛けるアガサ・クリスティ原作リメイクシリーズの「オリエント急行殺人事件」第二夜にも通じるものだ。ネタバレになるが、オリエント急行殺人事件は、「列車に乗っていた人物全員が犯人」という結末で有名なミステリー作品。件の三谷幸喜によるリメイクドラマは第一夜は本来のストーリーをほぼそのまま忠実に再現。そして第二夜は、「犯人たちはどうやってこの犯罪を行ったか?」という犯罪者側から描く、三谷幸喜オリジナルのサイドストーリー・ドタバタコメディになっている。このアイデアの源流は、間違いなくSMAP回の犯行シーンであると思う。

第1位:今、甦る死(ゲスト:石坂浩二、藤原竜也)

 古畑任三郎を全く見たことがないミステリーファンの人に、1本だけ勧めるとすれば間違いなくこの回である。全作品通してミステリーとして屈指の完成度。そして、古畑任三郎という倒叙ミステリであるにも関わらず、大どんでん返しの結末。
 古畑任三郎のエピソードは3種に大別できる。一つは、これまでいくつか紹介した女性の犯人に対する洒脱なやり取りを中心に据えた「紳士な古畑」、もう一つは、驚くようなゲストが犯人だったり、そもそも刑事ドラマとは思えないような展開になるいわば「お祭り古畑」、そして、最後の一つは本格的なミステリーで視聴者をうならせる「王道な古畑」。古畑任三郎のFINAL三部作は、この3種全てを取り揃えている。すなわち、「紳士な古畑」が松嶋菜々子回、「お祭り古畑」がイチロー回、そして「王道な古畑」が今作だ。
 そもそも、ミステリーというジャンルは「なぜ、犯人はわざわざ面倒なトリックを仕掛けて殺人を犯すのか?」という根本的なフィクションとしての欠点がある。この欠点を逆手に取ったのが今作のコンセプトだ。古畑任三郎というミステリーエンタメドラマの一ジャンルを築いたシリーズで、あえてそのコンセプトに挑戦しうまく応えている。
 そして、今作は全体を通じて、石坂浩二の代表作である金田一耕助シリーズのオマージュがあちこちに散りばめられている。鄙びた村が舞台、村に伝わるわらべ歌になぞらえた連続殺人、怪しい老婆。さらに特筆すべきは、この金田一オマージュを狙ってのことだと思うが、古畑任三郎シリーズ初の解決編で回想シーンが登場する。
 古畑任三郎が斬新なミステリードラマであるポイントの一つに、解決編で回想シーンが挿入されないことがある。これまでのどんなミステリードラマでも、最終盤の犯人との対峙する際は回想シーン(多くは犯行シーン)が含まれていることが多かった。古畑任三郎が新しいのは、倒叙ミステリであるがゆえに犯人による犯行シーンが冒頭に登場すること、そして、「回想シーンを挟むと時間の流れが止まってしまうから」という理由で、種明かしの解決編で絶対に回想シーンを挟んでいないことだ。本来なら解決編で、「古畑はここで気づいた」とか、「犯人のこの行動が綻び」みたいなポイントは回想シーンで説明した方が楽なはずだが、そこをあえて会話劇にして丁々発止な犯人と古畑とのやり取りで詳らかにすることで、古畑任三郎全体のコンセプトが一段と魅力的になっているように思う。
 そんな、これまで守り続けてきた古畑任三郎の鉄則を、あえてFINAL三部作で破る大胆さ。そして、そんなことをしても全く遜色ない出来になっているストーリーの完成度の高さ。1994年の放送開始から12年かけて、たどり着いたミステリーエンタメドラマとしての金字塔といえよう。

 以上、ベスト5という形で、思う存分古畑の魅力を語らせてもらった。もちろん選外となった作品にもそれぞれの良さがあるし、古畑の語れるポイントはまだまだある。いずれ別の機会に、お披露目することとしよう。
 改めて、こんな素敵で魅力的なキャラクターを作り上げてくれてありがとう、田村正和さん。どうぞ安らかに。

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