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『冥界行き』作:飴玉 【5分シナリオ】
登場人物
天崎修司(33)
葛原莉緒(28)
波里八宵(14)
◯山あいのバス停(夕)
田舎の山の中。
道端にぽつんと、古びたバス停がある。
日は暮れ、あたりは薄暗い。
鳥が寂しそうに啼く。
その待合所に一人の女、葛原莉緒(28)が座っている。
膝の上に20センチ四方の木箱。
疲れた顔で、目に生気はない。
× × ×
がさがさ、と藪を歩く音が聞こえてきた。
音は次第にバス停に近づき、前の茂みから天崎修司(33)が現れる。
手ぶらのスーツ姿。
修司と莉緒、目があい少し戸惑う。
修司、バス停に近づき時刻表を見る。
腕時計を見て、
修司「まだ、ぜんぜん来ないみたいですね」
と、莉緒に話しかける。
莉緒「ええ……」
修司、莉緒からいくらか離れて座る。
あたりは次第に闇に包まれてゆく。
× × ×
パッと待合室の電灯がついた。
変わらない姿で座っているふたり。
しばらくして莉緒が、
莉緒「わからないんです……」
と、誰に話すでもなく話し始める。
修司「はい?」
莉緒、箱を見ながら、
莉緒「とても大事なものなんですが――」
修司「ええ」
莉緒「何が入っているのか――」
修司「ああ……人から譲り受けたとか、ですか?」
莉緒「どうやって開ければいいのか――」
修司「……」
莉緒「開けていいのか、も」
修司「……そうなんですね」
莉緒「ええ、私にはわからないんです」
と、修司の上着の袖口に目を留め、
莉緒「血が……」
と指差す。
修司、袖を見るとシャツに血がついている。
上着を引っ張って隠しながら、
修司「さっき……怪我しちゃいまして」
莉緒「そうですか……(と、何かを見て驚き)アッ!」
と、息を飲む。
修司、莉緒の視線の先を見ると、
道の向こうに女の子が立っている。
白い浴衣、雪のように白い肌、唇だけやけに赤く見える。
ガタッ、と莉緒が倒れ、駆け寄る修司。
莉緒を抱き起こすと、女の子の姿は消えていた。
× × ×
少し落ち着いた様子の莉緒。
修司、心配そうに話しかける。
修司「何だったんですかね、さっきの」
莉緒「……」
修司「知ってる人ですか?」
莉緒「いえ……」
修司「このあたりは、あれですかね、出る場所だったりするんですかね?」
莉緒「さあ……」
修司「なんだか気味の悪い子でしたね。生きてる感じがしなかった」
八宵「――違います」
修司「うわッ!」
突然の声に驚いて振り向くと、先ほどの少女、波里八宵(14)が立っている。
八宵「死んでいるのは、貴方です。天崎修司」
と、修司を指差す。
修司、狼狽して、
修司「な……なんだ、お前……」
八宵「私はリーパーです」
莉緒、怯えて隅の方に逃げている。
修司「リーパー?」
八宵「霊媒のようなものです。貴方、天崎修司と――」
と、莉緒の方を向き、
八宵「貴方、葛原莉緒を――正しい場所へ導くのが私の仕事」
修司「な、何だそれ……正しい場所? 死んでる? こうやって立って、歩いてるのに? 心臓だって動いてる――(袖口の血に気づき)ほら、血だって出る」
八宵「そう、この世界では生きているように思えるでしょう。だけどここは私たち人間が生きる場所ではない。並列世界の一つ、8次元の時空なのです」
修司「(鼻で笑い)8次元? 頭おかしいのか?」
八宵「貴方がたはすでに死に、さまよえる魂となった。だけどわたしたちの世界とずっとつながっている。そしてそのつながりが、わたしたちの世界に悪い影響を与えるのです」
修司「(笑って)家どこなの? もう遅いし帰らないと」
八宵「天崎修司――覚悟を決めなさい。私は貴方の名を知り、貴方のすべての人生を知っている」
と、袖口の血を指差し、
八宵「その血は貴方の血ではない。貴方の同僚であり恋人、岡本祐香の血。貴方は彼女を殺し、そして自ら命を絶ったのです」
修司、おどろいて、自分の手を見る。
八宵「貴方がたがこのバス停に来てすでに7800年が経ちました。もう終わりにしましょう」
修司「7800年……?」
八宵「7800年、以上です」
修司「……」
莉緒「……」
八宵「天崎修司、あなたはもう死んでいます」
八宵、莉緒に向き直り、指を差す。
八宵「葛原莉緒、あなたももう死んでいます。そして――あなたはその箱の中身を知っている」
莉緒「やめて……」
八宵「なぜならその箱はあなたが作り、あなたが閉じたのだから。箱の中身は――」
莉緒「やめて! お願い! やめて!」
八宵「……わかりました。私が伝えたいことが伝われば、それで良いと思います」
うなだれる莉緒。
八宵「あなた方は一人ひとりの孤独ではない。すべての存在と同義、それぞれが完全につながった宇宙です。そして秩序と混沌をあるべき姿で流動させることが私の役目」
修司「わかった――」
と、立ち上がり、
修司「わからないけどわかった。俺は行くよ」
八宵「ありがとうございます」
と、莉緒を見る。
莉緒「……わかりました」
八宵「ありがとうございます。土と水。火と風……行くのではなく、戻るという方が正確でしょうか。私はいつもそう思うのですが――」
修司「どっちだっていいよ」
莉緒、暗い道の先を見る。
ぼうっと明かりが見えた。
音もなくバスが近づき停車する。
ドアが開く。
修司と莉緒、バスに乗り込む。
静かにドアが閉まる。
発車する。
パネルに表示された『冥界行き』。
暗い道をバスが遠ざかっていく。
見送る八宵の口元がにやり、と笑ったような……。
闇にテールランプが尾を引く。
その赤がゆらりと揺れて、
ふっと消えた。
(おしまい)
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作者より→
お察しの通り、先週映画館でインターステラー観てきまして、ええ。
(8次元とか7800年とか数字さえ盛っとけば許されると思ってるわたくし)
10年前の映画ですが、ぶっ刺さりましたよ。
未見の人はこの機会にぜひ時空を超えてIMAXで。