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『ぶーん(隅田さんのざつ日誌#4)』 作:味野たたき【5分シナリオ】

「ぶーん(隅田さんのざつ日誌#3)」
作:味野たたき(あじのたたき)

◾️登場人物
隅田 直樹(34) 会社員
小長谷太朗(39) 隅田の同僚
中本 理沙(22) 隅田の同僚

〇小長谷のマンション・部屋(深夜)
小長谷がイビキをかきながら寝ている。
突然、ハチのような羽音が聞こえる。
小長谷、パっと目を開ける。

小長谷「なに? なになに?」
暗闇の中、羽音が部屋中に響き渡る。

小長谷「え、ハチ?」
小長谷、布団をかぶり、ベッドの下に移動する。

小長谷「どうしよう、どうしよ、どうしよ!」
虫が壁に当たり、バチンと壁に当たる音。

小長谷「……どうしよ、落ち着け、考えろ。あ、スマホ!」
小長谷、ベッドの下から手を伸ばす。

羽音が近づく。
小長谷「ひん!」
と、手を引っ込める。

小長谷「なんだよ、どっから入ってきたんだよ! 最悪の状況なんですけど」
羽音が鳴りやむ。
小長谷、もう一度ベッドの下からスマホに手を伸ばす。

小長谷「(スマホを手に取り、すっとひっこめる)よっしゃ」
すぐさま、スマホで電話をかける。相手は隅田。

隅田の声「……2時ですよ」
小長谷「2時だよ」
隅田の声「……さっきまでスペインにいました。夢で」
小長谷「(息切れしながら)……パエリアおかわりしたか?」
隅田の声「聞いてくださいよ。なぜか讃岐うどんが出てきたんです。しかもしらすのかき揚げトッピングで。しかも店名なんだと思います?」
小長谷「知らねえよ」
隅田の声「『バレンシア料理 はこだて』」
小長谷「店主に行っとけ、日本なめんなと」
隅田の声「もう寝ますね」
小長谷「ちょまって、ちょまって、ちょまって」
隅田の声「なんすか」

再び羽音がする。

小長谷「(羽音を聞いて)こりゃまずいな」
小長谷、ベッドの下から出てきて布団をかぶったまま部屋をモゴモゴと移動し、別の部屋に来る。
小長谷「(扉を閉め)部屋にスズメバチがいる」
隅田の声「またまた」
小長谷「どうしたらいい? 羽の音がやばい」
隅田の声「スズメバチの夢ですか?」
小長谷「夢じゃねえ、リアルだよ」
隅田の声「じゃ、証拠に写真撮ってくださいよ」
小長谷「取ってもいいけど刺されて死んだら、お前に全部俺のタスクが行くからな」
隅田の声「それは無理です」

電話の先から缶ビールを開ける音がする。
小長谷「え、隅田お前缶ビール飲んでる?」
隅田の声「飲んでないっすよ……」
喉を通るビールの音。

小長谷「許さない。おれは許さないぞ」
隅田の声「寝た方がいいっすよ。明日も営業ですよ?」
小長谷「お前もだろ……てかどうしたらいい? この状況」

扉越しに羽の音が聞こえる。
小長谷「羽の音、聞こえるか?」
隅田の声「……聞こえないっす」
小長谷「やばいよこれ、何で俺の部屋でスズメバチがスズメバチしてんだよ」
ブーンという恐ろしい羽根の音。
隅田の声「明日の朝はハチミツトースト食えますね」
小長谷「……隅田さん、もう、嫌いだよ」

電話を切る小長谷。
小長谷、恐る恐る理沙に電話する。

小長谷「……」
画面が通話中に切り替わる。

理沙の声「……はい」
小長谷「……あ、中本さんお疲れ様です」
理沙の声「まずは『夜分遅くに失礼します』だろ。クッション言葉なめんな。日本なめんなよ?」
と、電話が切れる。

小長谷「……」
ぐったりとドアにもたれかかる。
まだ羽の音が聞こえる。
小長谷「俺の部屋で好きなだけ遊べ。暴れろ」

×   ×   ×

朝日が漏れている。
小長谷、ゆっくりとドアを開けるとカナブンが仰向けで死んでいる。
小長谷「朝早くに恐れ入ります……ぶーん」
と、カナブンを両手で優しく包み込む。
【おわり】


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