
『アンダーチーズ』作:小耳鋏うさみ【5分シナリオ】
『アンダーチーズ』
作:小耳鋏うさみ
■登場人物
マナミ(26)
ケンジ(26)
○カフェ・店内
店の裏手。カーテンの隙間からのぞく、ツリーなどのクリスマスの飾り付け。
門松や年内営業のお知らせの張り紙、お正月モードの店内。
窓際の席、男女2人が座っている。
仲睦まじい雰囲気のマナミ(26)、ケンジ(26)。
マナミ、チーズトーストをおいしそうに食べている。残り二切れ。
ケンジ「昨日クリスマスマーケット楽しかったね」
マナミ「そのあとのディナーもおいしかったね、予約ありがとね」
ケンジ「いいよ、いいよ」
マナミ、チーズトーストの最後の一切れをかじる。と、悲しそうな顔になり、かじったトーストを皿に戻す。
マナミ「ねえーこれ見て」
チーズトーストの皿を持ち上げ、ケンジに見せる。
ケンジ「けっ」
マナミ「これ、毛だよね?」
チーズトーストのチーズの部分に人の毛が出ている。
ケンジ、チーズトーストをまじまじと見て、
ケンジ「毛だね。お店の人呼ぶ?」
と、店員を呼ぼうと手を挙げる。
マナミ「ちょっと待って!」
ケンジ「なんだよ」
マナミ「もうほとんど食べちゃったよ? なんか狙って言ったみたいじゃない? なんなら自分で髪の毛のせたって疑われるかも…」
ケンジ「いーや、よく見てよ、この毛」
マナミ「え? 若干縮れてる?」
ケンジ「ちがうって。えっほんとに縮れてやんの」
マナミ「これどっちの毛? アンダーな方の可能性もあるの?」
ケンジ「おい、そういうこと外で言うなよ」
マナミ「もうやだ〜」
ケンジ「毛のコンディションはおいといてさ、この毛の……」
マナミ「待って、今なんて言った?」
ケンジ「毛のコンディションは一旦おいてさ」
マナミ「(食い気味に)私のストレートアイロンの日々の努力もどうでもいいって思ってたんだ」
ケンジ「違うよ! マナミのさらさらストレート好きだよ」
マナミ「ひどい! 私が癖っ毛を気にしてるの知ってるくせに」
ケンジ「あーごめんって、もちろん毛のコンディションは大事だよ? でも今は自演クレーマーに思われないかどうかの視点でさ」
マナミ「そういうことなら、どうぞ」
ケンジ「チーズトーストの毛のポジション、よく見てみ? 」
マナミ、まじまじとチーズトーストからはみ出る毛をみる。
マナミ「……チーズに挟まってる」
ケンジ「そう、縮れ毛アンダーチーズ、チーズオン縮れ毛……ということは?」
マナミ「チーズをのせる前に縮れ毛が混入したってこと?」
ケンジ「そうよ、だからわざと忍ばせたって思われない。よし、店員呼ぼうか」
マナミ「ちょっと待って!」
ケンジ「今度はなに?」
マナミ「まるっと作り直します〜って流れになったらどうする? もう食べられないよ」
ケンジ「あと一切れだけもらうとかさ」
マナミ「でも……」
マナミ、チーズトーストを見てため息。
ケンジ、神妙な面持ちになる。
ケンジ「実はさ……」
マナミ「えっなになに? 」
ケンジ「……昨日クリスマスマーケットでスープ飲んだじゃない? まあこれより全然短いけど、入ってたんだよ。たぶん、眉毛かマツ毛。昨日は短かめの毛だけど、この縮れた毛は言うべきだと思うよ?」
マナミ「……なんで私に言わなかったの?」
ケンジ「外の出店だったからまあいっかなって思っただけだよ。言うほどでもないかなって」
マナミ「え、それって店のポテンシャル舐めているよね?」
ケンジ「違うでしょ」
マナミ「じゃあタイの屋台のご飯で揚げられたハエがのってたら?」
ケンジ「言わないね」
マナミ「昨日のディナーの店だったら?」
ケンジ「言うね」
マナミ「お店の風格で判断してるよね、ポテンシャル舐めてるじゃん!」
ケンジ「それでいいよ。俺はこの店のポテンシャルを信じてる。だから呼ぶ!」
マナミ「ねえ、そういうところ! 私の言ってることとりあえず受け入れて流すのやめて! 」
ケンジ「なんだよ、今日しつこくない?」
ケンジ、手をまっすぐ挙げ、
ケンジ「(控えめに)すみませーん」
と、横から男性店員がやってきて、
男性店員「お水失礼します〜」
男性店員、ケンジとマナミのグラスに水を注ぐ。
ケンジ「あ、いや水……」
と言いかけるのも束の間、足早に男性店員は去っていく。
男性店員、よく見るとゆるめのアフロヘアである。
無言で顔を見合わせるケンジとマナミ。
マナミ「アンダーじゃなかったんだ」
ケンジ「これであいつが犯人ってことは確実だろ。これは言うしかないよ」
マナミ「やめて! あの人だって天パなこと気にしてるよ絶対。縮れ毛入ってたんですけど……なんて言ったらかわいそう」
ケンジ「オープンにアフロにしてるやつが気にしてるわけないだろ」
マナミ「ひどい! 」
ケンジ「なあ、さっきから全部に突っかかってくるのなんで? なんか言いたいことある?」
マナミ「ねえ、なんか言うことないの?」
ケンジ「えっごめんね? 」
目を潤ませるマナミ。
マナミ「……クリスマス、どうして24日じゃなくて25日だったの?」
ケンジ「だから仕事の都合でって……」
マナミ「一緒にいたんでしょ。ストレートヘアーの女の子と」
ケンジ、びっくりして固まっている。
冷え切ったチーズトーストのチーズから伸びた毛が暖房の風に揺れる。
(終わり)