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『すいかのめいさんち』作:犬木久太朗【5分シナリオ】

■主な登場人物
原田(54)男性。課長
浅野(50)男性。原田の会社の取引先の部長
鈴鹿(24)男性。倉庫勤務の古書店員。
水澤(48)男性。原田の部下
祐実(43)女性。原田の妻

○大人の幼稚園「ネバーランド」(夜)
大きな積み木やおもちゃなど、子どもの遊具が転がるパステル調の室内。

水澤「ぶぅ~~ん」
と言いながら飛行機の模型を手に走り回る水澤(48)。園児のような水色のスモック姿。
見渡せば40代半ば以降と見られる男女がみなスモックを着て思い思いのおもちゃで遊んでいる。
スナック菓子を頬張りながらカードゲームに興じる原田(54)。

原田「ウノって言ってないー! 一回休みー!!」
などと盛り上がっている。

浅野(声)「やだ! やめてよ!」
と声がするほうを向く原田。
部屋の隅でひとりお人形遊びをしていた浅野(50)の人形を水澤が取り返したらしい。人形を手に、浅野を挑発するように逃げ回る水澤。半べそで追いかける浅野。
ひとしきり逃げて飽きたのか、水澤は人形を放ってどこかへ。
浅野は放り投げられてボサボサになった人形の髪をブラシで梳きながら人形に話しかける。

浅野「えー、弓子ちゃんはマスタード派? あたし? あたしはバーベキュー派! なにー? えー、違うもん! 子どもじゃないもん!」

その様子を離れたところから眺めている原田。
浅野はピンク色のスモックを着ている。
と、原田のカードゲームのグループのひとりが「ウノ!」と叫ぶ。イェーと盛り上がる一同。ハッとして原田も一拍遅れて盛り上がる。

〇喫煙所(夜)
スーツ姿でタバコを吸っている原田、浅野、水澤。先ほどとは打って変わってダンディーな出で立ちの三人。

浅野「すごくよかった」

原田「気に入っていただけてなによりです。あそこは水澤が見つけたんですよ」

恐縮している水澤。
「やるじゃん」といった感じにグーで水澤の肩を押す浅野。
照れている水澤。

浅野「きみ、筋がいいよ」
と水澤の肩をポンポンと叩く浅野。
さらに照れる水澤。

水澤「ありがとうございます」

原田「今後ともいいお付き合いをお願いします」

浅野「もちろんですよ」

固い握手を交わす原田と浅野。

鈴鹿(声)「え、ちょっと待ってください」

〇古書店の倉庫・作業場
鈴鹿「なんすかそれ?」

並んだ作業台の隣同士、カメラで古本の写真を撮っている作業着姿の原田と鈴鹿(24)。鈴鹿は思わず作業の手を止めて原田の方を向いている。

原田「ん? あぁ、そうやって取引先にいい思いをさせて仕事をとるっていう……」

鈴鹿「(遮って)いや接待の概念は知ってんすよ。その店。店? 店っすよね? なんなんすか?」

原田「あぁ、ネバーランドはね、なんて言うんだろ。こう、童心に返れる場所っていうか、大人の憩いの場だね」

鈴鹿「憩いの……いや別にいいんすけど、人それぞれだと思うし、俺そういうの尊重する派なんで。でもそんな、なんつーか丸出し? のとき、人に見られんの恥ずくないんすか? しかも取引先とか……気まずいって」

原田「しばらくしてからさ、浅野さん会社やめちゃったんだよね」

鈴鹿「ほらー!」

原田「最後に俺にメールくれてさ」

鈴鹿「絶対気まずかったんだって」

原田「先日は最高のお店をありがとうございましたって」

鈴鹿「え」

原田「思いっきり童心に返って自分をさらけ出したら、忘れてたことを思い出したって。もうこれ以上自分を誤魔化して生きて行くのはいやだってさ。ありがとうって、感謝の手紙だったよ」

唖然としている鈴鹿。

原田「仕事のアドレスだったけど誰もccに入ってなくてさ、なんかすごく個人的な文章だったな」

思い出を噛みしめている原田。

鈴鹿「なにちょっといい話してんすか……え、ていうかそれで?」
原田を指さす鈴鹿。

鈴鹿「自分も仕事やめちゃったんすか?」

原田「なんか、勇気出ちゃって」
全開笑顔の原田。

鈴鹿「それで古本屋の倉庫?」

驚きと軽蔑が混ざったような表情になる鈴鹿。
ふたりの周りには、お世辞にもきれいとは言えない倉庫でただ黙々と作業をこなしていく従業員たちの姿がある。

原田「(狼狽えて)……え?」

鈴鹿「なんか……」

原田「(不安になって)……ん?」

鈴鹿「なんか……かっけーかも」

原田「(ホッとして)ちょっとやめてよ~! なになに~!」
とふざけて鈴鹿を肘で小突くと

鈴鹿「やめてください」
と振り払われる

原田「あ、ごめん」

なんとなく作業を再開するふたり

鈴鹿「なんかでも、いいと思います。そういうの」

原田「そうかな……ありがとう」

軽蔑ではなかったようだ。

〇同・事務所(夜)
タイムカードを手に並ぶ従業員たち。
列が進み原田の番がきた。自分のタイムカードを経理の社員に渡すと、名簿を確認し判を押して茶封筒を手渡される。

原田「おつかれ様です」
と挨拶して列を外れると封筒の中を見る。
一万円札が一枚入っている。
ホッとしたような原田の顔。

男(声)「マジ!? きっっっも!!」
声のする方を見る原田。
少し離れたところにたむろする若い従業員のグループが、ニヤニヤと原田を見ている。声の主をとりまく中に鈴鹿もいる。

〇電車内(夜)
満員電車に揺られている原田。痴漢に間違われないように両手を上げている。

〇原田宅・玄関(夜)
玄関扉が開いて原田が帰宅する。

原田「(小声で)ただいまー」

家のなかは真っ暗。

〇同・ダイニング(夜)
入ってきて明かりをつける原田。
ひと伸びして食卓の椅子に腰を下ろし、背もたれに身体全体を預けると大きなため息。何気なく壁掛け時計に目をやる。
時計は0時25分を指している。
と、室外からトイレの水が流れる音が聞こえてくる。
ビクッと立ち上がる原田。
廊下に通じる扉が開き、入ってきたのは寝間着姿の祐実(43)である。
ものすごく眠そうな様子の祐実はこれでもかと言うほど眉間にしわを寄せている。原田を睨みつけると覚束ない足取りで戸棚へ向かう。
原田は慌てたようにカバンを探っている。
戸棚からアンパンを取り出した祐実、食卓に放り投げるとまた原田を一睨してリビングを出ていく。
給料の入った茶封筒を手にした原田、祐実に渡せず後ろ姿をただ見送る。
気を取り直して原田、給料の入った茶封筒を授与された卒業証書よろしく一礼して食卓に置くと、代わりにアンパンを手に取りまた一礼。椅子に腰を下ろす。包装のビニールを破るとスマホが鳴った。
Lineがきている。

「仕事オワタ」

「いまから(フォークとナイフの絵文字)」
というメッセージとともに、マクドナルドのナゲットの写真が送られてくる。差出人は浅野。ナゲットのソースはバーベキューである。
笑みがこぼれる原田。アンパンをかじりながら返信を打ち始める。
                               (犬)

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