ビニールシートの向こう、マサキさん
5/1(金)
保健所から、ナントカカントカを取りに来てください、という紙が届いた、正確に言うと届いていたのに無くしてしまったので、電話するとその紙はいらないから大丈夫だと言われた。ナントカカントカを取りに行くために保健所に行かないといけない。
昨晩、0時をまわって5月になり、せっかくだから新品の日記帳をおろそうとしたらそれは日記帳ではなくて「goal book」というものだった。ゴールブック?ひらいてみると、最初のページに年間の日付が記されている。やってしまった。手帳を買うつもりはない。全てグーグルカレンダーに統一しているので。でもあとはずっと空白だ。寝る前にちょっと商品名だけ検索しておこうか。気づけば「バレットジャーナル」という言葉で朝までネットサーフィンしながら、そこに書いてあるやり方を忠実に守り、必死にノートに書き込んでいる自分がいた。朝になり、今日送らねばならぬ仕事をやる。それと同時に、今日はしばらくの連休前の最後の平日なのではないか?ということに気付く。全てはゴールブックのおかげである。平日しかやっていない、つまり公的な何かそういうところに、こんな健やかな時間に起きている私は行かないといけない。まずは郵便局。思い立ったが吉日、郵送しないといけないものをビニールテープでしっかりとめて、小さなマニーケースをポケットに…いや、晴れているし、カメラを持って行こう。あ、もうひとつ送らないといけないものがある。封筒に入れて住所を書く。よし。
そして気付く。ナントカカントカも取りにいける。うちに送ってくれよ〜。外を見ると、歩く人の白いシャツやマスクがまぶしくて目を細めた。ものすごく晴れている。薄手のスカートにTシャツ、薄手の羽織を腰に巻いてスニーカーで外に出る。日焼け止めを忘れたことに出てから気づく。
久しぶりに歩けるのが嬉しくて、人を距離を取りながらブンブン手を振って歩いた。郵送もおわり、保健所でナントカカントカも受け取った。それが何を意味するのか、よくわかってないので質問すると、それはそれぞれ窓口が違うと言われてしまった。ここではなく、''役所''と、また別の場所と、そのまた別の場所にいけとのことだった。私はここが''役所''でないということさえわかっていなかった。自分が国とふんわり繋がっているのはここだけだと感じていたほどだ。どういうことかもうすこしわかりやすく説明してもらえますか、と聞くと穏やかな中年の女性が出てきて、さっき言われたことと同じことを、ゆっくり丁寧に言われた。ここで教えられることはなにもない、その丁寧に話す女性が教えてくれた情報は、ここから歩いて20分くらいのところに役所があるということだった。そのまた別の場所よりも役所が近いのでまずそこに行ったらよろしい、と教えてくれた、お礼を言って、その建物を離れる。
歩いたことのないぐにゃぐにゃ道をず〜っと歩くと、その''役所''にたどり着いた。そこでは、同じだと思っていた概念が別々の窓口にわかれていた。
別々の窓口で、全く同じ話をして、同じ情報を書いた。同じじゃないのか。でもやっぱり対応してくれる人たちの様子に違いはあって、ひとり、年齢が近いと思われる女性の話はとてもわかりやすく、その説明だけはするすると入ってきたので、その窓口に関わることなら人に言って聞かせられるほど理解してしまった。全ての窓口に透明なビニールシートがかかっていて、ビニールシートをかけているのにどうして取りに来てくださいとか、窓口に行って聞いてくださいなんて言うんだ。と思いながら渡り歩いた。最後の窓口で、全く知らない概念に出会い、それがある、ということさえ知らなかったのに、やれますけどやりますか?と聞かれてしまい、はぁ、と返事にならないような返事をし、気づいたら席に座っており、何が起こるのか話を聞くところまで来てしまった。これら公的機関の制度の把握や書類やの手続きが苦手ということは、ここまで読んでもらってぼんやりとしか見えていないことがわかったかとおもうが、お金が出て行くのか、お金が入ってくるのか、ということだけは少しずつ把握できた。最後の手続きは、お金が入ってくる、かもしれない、という手続きだった。書いていてまるで振り込め詐欺に遭っている最中の人の手記みたいだなと思えて来たけど、なんの自慢にもならないが、これくらいの画素数で生きている。
本来の距離よりさらにあけるため、長机がひとつと、丸椅子がひとつ多く置かれており、窓口の相手は遠くにいるように見えた。50代くらいだろうか。ボブヘアに眼鏡をしている人が透明なシートの向こうにいる。まるで刑務所の面会だ。その人は表情をまるで動かさず、私に言うべきことを全て覚えているようだった。とても早口で、口を閉じたまま話しているようにも見えた。この手続きをするためには、ここではない別の機関で私が言ったことは真実ですというようなことを書いてもらう必要があり、その書類の作成にお金がかかる。それがいくらかかるかは別の機関によるので知らないが、お金がもらえるかどうかは申請しないとわからない、それでもやりますか?というようなことをきかれた。それを聞いている間じゅう、何が何だかわからず、ビニールシートで歪んでいるそのボブヘアの人かげを見ていた。かつて通っていた場所にその場で電話をしないといけなくなったとき、私が両方に質問しながら話すので、電話先の人に「どちらに話していますか?」と聞かれてしまった。しかたなく私はビニールシートの向こうにいる人に名前を尋ねた、2m向こうから、マサキです、マサ、キ、と繰り返す声が聞こえた。
私が、その書類はどうしても取りに行かないといけないのか、メールではだめでしょうかというようなことを話しているあいだ、マサキさんはじっと手元の書類に視線を落としていた。私がPDF、と言った時、少しだけ顔をあげてこちらを見たのが視界の隅でわかった。電話を切って、全てを白状した。マサキさん、もう何もかもわからないんです、今ここでできること、例えば書類の記入とかがあるなら全て書くので、私一人でやれば必ず間違えるので見ていてもらえませんかと頼んだ。マサキさんは私を見て、
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