世相でも映すか
インターネットに対する親しみが薄れていく一方で、親しい人向けのSNSの更新は捗っている。
かなり近い、一度でも会ったことのある周りの人たちに対する興味や、直接会って話すことに対する意気込みみたいなのがデカすぎて、インターネットとは……と心が離れていくのを感じる。
人生の満足度が高いとも言えるし、自分がインターネットに乗り込んで行ったのは目立ちたいというよりは助かりたいみたいな気持ちが強かったからな気がする。どこにいても浮くんだが、これはなんなの?みたいな気持ち。上京してありありと感じた自分の"じゃないほう性"、地方出身者で、女性で、診断済ADHDで、どうやら変わった恋愛観あり、みたいな、を一人で抱えきれないから、誰か、同じような境遇の人と分かち合いたい、そんな気持ちで色々書いていた。要は個人的な愚痴だったんだけど、それこそ個人的なことだから色んな人に刺さったわけで。それによって「楽になった」と言ってくれるひとも出てきたわけで。
そんなふうに共通項を探して書いていたものが自分を代表するものになったり専門家だとか思われたりしてしまい、知らない人に会った時の自己紹介で「インターネットでわかりみがある人ならわかりみのある愚痴を書いている人です?」みたいなことをちゃんと言わなくてはいけなくなってしまったところに若干の荷の重さを感じている。それで若干食べられるようになったことがあるばっかりに、本職は一体…?みたいな状態にもなっている。かなり、なっている。
当時は、「あのこれ、わかる人いますか!?!わかる!?え、話そ!コソコソ、、、クスクス、、、うちらえらいねえ!よくやってるよね!」的ねぎらいコソコソ話、するにはあまりに周りに誰もいないので仕方なくデカ声を出させていただく!!みたいなモチベーションだったのだが、その結果何が起こったかというと、ちゃんと周りにいる人たちに自分のことをわかってもらえたというのと、現実にリアルシスターフッド安全圏(属しているのは女だけではないが、まぁそのへんうまいことやりましょみたいな良い感じの圏内)みたいなのができてしまったんだよな。
そんな私でも(そんな私でも!)仲良くしたいと思ってくれる(くれる!)人が現実にちゃんといる感動、それだけでもう充分だったのかもしれない。
で、その結果何が起こったかというと、
かなり人生の満足度というか幸福度がこの上なくMAX状態に達してしまい、もう、愚痴を言う気になりません、ありがとうございました、すみません、、、、みたいな気持ちになってしまった。
いや、あるんだけど、めちゃくちゃあるけど、なんかその、すみませんというのは限界寸前HP1みたいなところから20くらいまで伸びた結果、本当はもっといろんなこと訴えていいはずなんだけど、かなり、満足度が高いです、、となってしまいその頃知り合って同じように見ていた周りのHP1の人たちを取り巻く状況は全然変わっていないのに自分がたまたま大丈夫っぽくなったばっかりに、かなりとりあえず生き延びられるところまで自分の特性とかをまわりに伝えて工夫して対策できるようになって死ななさそうなところまで発達したし、周りにもすんごく理解してもらってるわあ…という実感まで獲得してしまったおかげで「すんません、私だけが、、」という気持ちになってしまったという。まぁそれもかなり傲慢なんだろうけど…幸せですと発表することにかなり抵抗が、あるね
今私が経験している充足感って本当にかけがえのないものだと思うし、何か自分には説明のつかない魅力(!!!!)があるんだなというのもわかってきて(!!!!!)、遊びましょうよ、だってみんな、私に会った方がいいし、会いたいはずだから…‥みたいな気持ちで毎日どこかに繰り出していて本当にお天気人間なのよ。
まぁそんなすごく狭い世界の中で承認欲求を満たしてしまったおかげなのか、そこは小心者なのか、なるべく小さく、まぁ現実の世界で見たら結構デカめかもしれないが、安全な世界でぬくぬくやってしまっているばっかりに、遠くのみなさんにお伝えする気持ちがかなり、減ってしまっていて、クソデカインターネット、、ひろいな、、、少し、こわいな、、、、みたいな、、、、リザルト、なし!みたいな、、、なるべく社会的意義が少なめなことをして生きたいな、、、似顔絵屋さんめちゃくちゃいいな、対面だし、現実の営業だし、向いてるな、、、みたいな、、、
草の根的な分かち合いがしたかったのにどうしても数!PV!フォロワー数!数字!マーケティング!みたいな資本主義っぽいことに巻き込まれたりするとぴえん、アテクシはもう充分アテクシなので、許してちょんまげ、、、みたいな気持ちになったんですよ。まぁそゆの得意ならやりたかったかもしれないけど得意じゃないな……勉強、したら少しは良くなりますか…?みたいな…
でもまぁ恵まれているなと思うのは、この数年よくある展開ならなんかわからないけどとにかくがむしゃらに働くんだ!!!みたいに鬼ほどすり減らして、やりたいのかやりたくないのかわからんことをやるみたいに過ごすんじゃなく、「インターネットを通したり通さなかったりして現実の身の回りの治安を良くしていく」ことだけに注力できたのってかなり恵まれているかも。すごいことなのかも。たまたまそんなことで少し食べられちゃった×少し食べられるで生きていくのうますぎになっちゃった、がいい方向にエンディング迎えている。
言葉にならない不幸感みたいなのがあるのと同時に、言葉にならない幸福感があるなと思っている話でした。
いやほんと数年前メンタルえぐやばかった時あるから、その頃に比べれば本当に健やかになったのよ、祝って
最悪な状況が少しは変わっているのか、それとも最悪な状況の中で楽しく生きる術を身につけちゃってるのか、その辺があんまりわからない。世の中良くなってきたから家族とか子供とかを考えられる感じになってきたかというと全然そんなことないし、相変わらずたぶんめちゃくちゃお金ない方だし(というかそう思っとかないとヤバい気がする)、将来のことまじでいっこもわからないけど、毎日…‥楽しいんだよな……
何をしていたかと言われたらはっきり言えないけど、自分のために生きていた数年間だったとは胸を張って言える。
今何したいんだろ、次何しようかな、誰か進路相談乗って〜
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