のろ子ちゃんの冒険・第1話
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5歳の時、初めて八百長をした。
保育園のころからものすごく意識がハッキリしていた。自分で言うのもなんだが、言語野の発達が早かった、ような気がする。
しっかり発音し、文章を読み上げるのが得意だった。そのためか、記憶も鮮明に残っている。
発表会で「笠じぞう」をやることになったとき、役決めの前に先生に耳打ちされた記憶がある。
「あなたは話すのが得意だから、ナレーターをやってほしい」と。
そのとき、その秘密っぽさに心が震え、自尊心が満ち満ちたのを覚えている。ナレーター。なんて素敵な響きなんだろう。
みんなは「おじいさん」「おばあさん」「お地蔵さん」、
私だけカタカナ、全てを見渡す天の声。
みんなはフロリダ、僕だけニューヨーク。ホームアローンのBGMが脳内に響き渡っ…たかはわからないが、保育園中を飛び回った。
本当は女の子の役でいちばん台詞の多いおばあさんがよかったけど、仕方ないからユナちゃんに譲ることにしよう。
役決めが始まって、先生が「ナレーターをやりたい人…」と言い終わるか終わらないかの時、ハーマイオニーが乗り移ったかの様に天高く手をあげた。保育士さんも心なしか悪い笑みを浮かべた、ように見えた。
これが、初めての八百長の経験である。
もしかしたらユナちゃんと私の熾烈な戦いを見越して保育士さんが前もって決着をつけていたのかもしれないが、そんなことは今更よいのだ。みんなが和装するなか、私だけメゾピアノでキメてやる。
本番は、教育テレビの「おはなしのくに」の語り部よろしく、
「お爺さんと、お婆さんが…(ほほえみ)」と聞き手をファンタジーに引き込むように始めたつもりだった。
しかし、録画されたVHSを見た時、鈍器で殴られるようなショックを受けた。
ものすごく、''子供っぽ''かったのだ。
5歳の子供が目を見開き、「おじーさんと!おばーさんが!」と甲高い声で叫んでいる。あまりの気迫に、怒っているようにも見える。
対して他の園児たちは、ぼうっとしていて声はほとんど聞こえない。
保育士さんが袖から台詞をささやき、そのまま繰り返す園児もいた。
そんな彼らに「やれやれ、こっちは遊びでやってんじゃないんだ」と言わんばかりの冷たい視線を送りながらズカズカと登場し、何百回と練習し暗記した台詞をはっきりと吐き捨て、きびすを返して幕袖に戻っていく様子がありありと写っていた。
たとえお遊戯会だったとしても「遊びでやってんじゃない」、あの時の熱意はどこへ行ってしまったのだろうか。でも、その年齢にとっちゃ一世一代の大舞台だったのだ。『glee』の主人公レイチェルも、私と同じ保育園に通っていたら多分同じ顔をしていたと思う。
もしかしたら、保護者に話の流れだけは伝わるようにと、声の大きさだけでナレーターに選ばれたのかもしれない。
賢いかどうかはさておき、一定以上の真剣さで生きていたことがうかがえるだろうか。このあと小学校に入り、小2で算数ができないことに気付く。
持ち前の負けず嫌いで頑張っていたが、12引く7のように、1桁が引く数字より小さい、「繰り下がりの引き算」がどうしてもできない。「34引く6」とか、筆算で10秒くらいかかる。これは中学校まで引きずり、暗算やテストといった時間内の解答ができないところに繋がり、現在、文章の仕事をしながら税金の計算ができないところまで脈々と繋がっている。
なぜのろ子ちゃんなのか、登場の秘密は2話で。
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