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『オルタナティヴR&Bディスクガイド』刊行にあたって

この度DU BOOKSさんから、書籍『オルタナティヴR&Bディスクガイド—フランク・オーシャン、ソランジュ、SZAから広がる新潮流』を刊行いたしました。雑誌の特集の企画・監修はこれまでもありましたが、書籍の監修というのは初めてです。DU BOOKSの編集者である小澤さんからお話をいただいたのは2023年の9月頃。そのあたりの話は、書籍のあとがきに記したので一部引用いたします。

「ずっと構想していた書籍のテーマがあるんです」とDU BOOKSの小澤さんから告げられたとき、それが2020年代もなかばにさしかかった今まさに取り組むべき問いであり、私たちの作業がR&Bのみならず現代の社会・文化そのものの本質を照らし出すであろうことに疑いの余地はなかった。なぜなら、R&Bはいま多様性という点ではこれ以上ないほどの隆盛を誇っており、それは間違いなく2010年代初頭から続く流れの延長線上にあると共に、一部のアーティストによる大きなセールス的成功も手伝うことでポップミュージック/ポップカルチャーそのものを規定しているからである。

近年のグローバルにおけるポップミュージックの動向を見ていると、SZAの大ヒットやBeyoncéの歴史に残るツアー、Justin SkyeやSteve Lacy、 Victoria Monétといった面々のTikTokでの注目、さらにTylaの台頭など、実は至るところでR&Bというジャンルに立脚した音楽が存在感を高めています。他方でShygirlやErika de Casierなどクラブミュージック色の強い音楽家もR&Bの影響を作品に色濃く反映しており、そこにK-POPを中心に起きている90s~00sのR&Bリバイバルなども含めると、現在のポップミュージックのサウンドやスタイルにR&Bは欠かせない存在であることが分かるのではないでしょうか。この流れは今まさに現在進行形で起きており、2020年代において盛り上がりはじめたR&B解釈というものが一体何なのか結論を出すにはもう少し時の経過を待つ必要があるように思いますが、一つは「オルタナティヴR&Bの時代が一巡した」ということが大きい気がします。つまり、王道-オルタナティブという二項による構造が崩れ、もっとフラットにR&Bを解釈できるようになったと。最近のR&Bフィーリングを取り入れたヒット曲がポップに聴こえるのは、そういう背景があるのではないでしょうか。

2010年代初頭に端を発するオルタナティヴR&Bの動きは、2000年代までのR&Bに取って代わるスタイルとしてサウンドのテクスチャからストラクチャまでをも劇的に変え、R&Bの定義そのものを書き換えて(≒拡大させて)しまいました。その詳細をまとめたものがまさに本書なのですが、この作業は「時代が一巡した」からこそ可能になったとも言えます。パンデミックに突入すると同時に勃興したY2Kリバイバルによってオルタナティヴ以前のR&Bが徐々に戻ってきたことも手伝い、私たちはオルタナティヴの時代が何だったのか、ようやく振り返るタイミングにきたのでしょう。

そもそも私にとって、オルタナティヴR&Bとは実存に深く関わる音楽でした。ヘヴィミュージックやトラップミュージックが好きだけどR&Bやハウスも好き、ベタでいなたいものが好きだけど洗練されたものも好き、ギャングスタラップが好きだけどファンシーなアイドルソングも好き、オーガニックなものが好きだけど人工的なものも好き、男性的なのに女性的、理性的なのに感情的——。常に自分の中に相反するものが同居する居心地の悪さを感じていた時に(それは今もですが)、大きな拠り所となったのがFranc Oceanであり、Blood Orangeであり、Sydであり、DEANであり、宇多田ヒカルでした。だからこそ2010年代とは私にとって(トラップミュージックに夢中になると同時に)オルタナティヴR&Bに耽溺した時代でもあり、正確に言うともう一つ、Sophieをはじめとしたバブルガムベース~PC MUSIC周辺~プレ-ハイパーポップに影響を受けた時代でもありました。

オルタナティヴR&Bは、そういった曖昧さや分裂性を受け止めてくれるような包括的な音楽でした。ただ、輪郭が曖昧な分、世の中においてなかなか理解が進みづらかったことも確かです。ようやくあの時代を振り返られるタイミングになった今、抽象性高い多くの試みを整理し、もう一度捉え直す作業に参加できたことはとても光栄です。(そう考えると、拙著『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』も、同じく国内ヒップホップにおける“捉え直し”の作業でした)

私とともに監修をつとめられたのは、川口真紀さん。ティーンの頃にbmrやblastを熟読していた身としては、まさかこんな未来が待っているなんて夢にも思っていませんでした。私は2000年代の華やかなR&Bも好きだった一方で、どちらかというと2010年代にはオルタナティヴR&Bを好む耳へと切り替わっ(てしまっ)た人なので、川口さんの発言やメールのやり取りからは、時に自分が忘れがちな「R&Bとしての核」や「オーセンティックさ」についてたくさん気づかせてもらいました。おかげさまで、とてもバランスの良いディスクガイドになった気がします。

編集の小澤さんによる人選は、恐らくそういったバランスも考えてのことだったのでしょう。その小澤さんは、デザインやライティング等、書籍全般に渡って常に鋭い美意識を投影されていました。表紙から1ページ1ページに至るまで、色彩豊かで思わず抱きしめたくなるような世界観に仕上がったのは、ペインターのhitchさんとデザイナーの小沼宏之さん、そして小澤さんの感性によるものです。

しかし、当然ですが、なかなか大変な作業でした。そもそもの作品選定から(もう当分スプレッドシートは見たくない!)時代の分け方まで、川口さん小澤さんと何百通と交わしたメールの数々…。オルタナティヴR&Bなんてほとんど誰もまとめていないジャンルなので、海外の資料も参考にしながら何とか、何とか形にできた感じです。

ありがたかったのは、豪華な執筆陣の皆さんに参加していただけたこと。高橋芳朗さんや長谷川町蔵さん、林剛さん、渡辺志保さん、翻訳者の押野素子さんといった方々は、川口真紀さんと同様に、bmrやR&B関連書籍などを読んできた私にとってもはやレジェンドのような存在です。ありがとうございました。さらに、アボかどさん、天野龍太郎さん、井草七海さん、奧田翔さん、高久大輝さん、辰巳JUNKさん、Yacheemiさんといった、R&Bに対する愛、圧倒的な知識量・見識、ライティング力という点で尊敬する方々に書いていただけたのも嬉しかったです。「韓国と日本も入れたい!」と主張した私にとって、パンスさんと矢野利裕さんも絶対に外せない人選でした。

インタビューに出演いただいたaimiさんにも深く感謝!R&Bへの愛が熱烈すぎて、取材時はとても素敵なヴァイブスに。Jhené Aikoのすばらしさを語るaimiさんの話を聞いたこともあり、このディスクガイドを作り終わる頃には「実は自分も一番好きなR&BアーティストはJhené Aikoかもしれない……」と思うようになりました。(やっぱり自分はトラップが好きなのよね…)

スペシャルサンクスも。Kota Matsukawaさんはじめ、reinaさん、VivaOlaさん、藤田織也さんなどR&Bアーティストの方々との対話はとても刺激的で、書籍を進めるうえで多くのインスピレーションをいただきました。濃厚な以下の2記事、ぜひ書籍とともにご覧ください。

改めて今ディスクガイドを振り返り、2024年に入ってリリースされたTylaにSiRにVivaOlaに、そしてBeyoncé『Cowboy Carter』まで最新の傑作群を入れたかったな……とか、早くも追記していきたい気持ちにかられていますが、それはまた別の機会に。

最後に、書籍のあとがきからもう一つ引用します。R&Bが何たる音楽か、もっと詳しく知りたい方は、ぜひ実際の書籍を手に取ってみてください。

小澤さんの「ずっと構想していた書籍のテーマがあるんです」という言葉が私と川口さんに届いた2023年の晩夏、オルタナティヴの時代は一巡し、ヴィクトリア・モネの『JAGUAR II』がリリースされた。王道にしろオルタナティヴにしろ、すべてのR&Bが持つ“変わりゆく変わらぬもの”に思いを馳せながら作品をセレクトし、私たちは深い洞察と愛を備えた然るべき書き手の方たちに声をかけた。本書を読んでいると、シンガーたちの力強く、時にか弱いぼそぼそとした歌声のように、それぞれが内に秘めたR&B愛がじんわりと漏れ出るかたちで伝わってくる。そしていま、R&Bとはやはり愛についての音楽だということを再認識している。 恋愛、性愛、自己愛、隣人愛、民族愛、自然への愛、世の中への愛——。この書籍から、たくさんの人が愛を存分に感じてくださることを願って。

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