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【つれづれ日記】打ちのめされました


自分の豆腐メンタルを再確認した。


ここ数日で2つほど打ちのめされた。
noteで訳知り顔で偉そうなことを書いているボクがやっぱり「説教くさいジジイ」であることを思い出すことになった。
どこかに吐き出さないと浄化できそうにないのでこうして書き殴っている次第。

1、転職エージェントに打ちのめされた


いつぞやの日記に書いたが、最近転職エージェントに登録した。
会社の先行きで不穏な空気が出てきたのでボクの今の市場価値を確認しておこうと思ったのだ。

年末に職歴情報などを登録してから年明け。
久しぶりに転職エージェントから連絡が来た。
メールにはシンプルな文章が。


あなたに紹介できる求人はありません


就活時代の「お祈りメール」を見た時の気持ちを思い出した。

たしかにボクは需要の低い事務職だ。
その上外語スキルや専門技能なども無い。
しかし、職場ではそれなりに評価されていたので調子に乗っていたのだろう。
あらためて社会の厳しさを思い出した。

2、友達のデザインに打ちのめされた


昔の馴染みから久しぶりに連絡が来た。
ロゴ作成などデザインの仕事を個人的に受け始めたので手伝わないかとのこと。
デザインなどろくに学んでこなかったがこれも良いきっかけだと思い、趣味がてら手伝うことにした。

紹介されたアプリはcanbaだった。
そう、noteの表紙作りにも使えるアレだ。
今までホントにさわりくらいしか使っていなかったが、これならnoteにも活かせるかもしれないと意気込んだ。

テンプレートを選び、
素材を選び、
テキストと組み合わせて、
配色を決める。


・・・「どう見ても失敗作」しかできない。
そもそも操作を覚えるので手一杯。
友人も苦笑いな感じだった。

友人の作ったサンプルと比べると、まるでシロウトの手遊びなのが丸わかりだ。

そもそもボクはデザインセンスが無い。
canbaの操作に慣れるどうこう以前の問題だ。
グラフやデータのまとめ資料などのカチッとした資料ばっかり作っていて、オシャレなどの感性が皆無なのだ。

しばらくは操作の練習だと思って続けようとは思うが、きっと友人を唸らせるようなものを作れることはないだろう。

◆要するに


書いていて少し冷静になってきた。
なんで「打ちのめされるのか」といえば、要するに「自分はこれくらいできるはず」と「実際にできること」の落差が大きいからだ。

自分が「これくらいできる」と考えているレベルと「実際にできる水準」が同じくらいなら凹まない。
逆に「全くできない」と思っていることが実際に全くできなくても「やっぱりな」で済む。


要するに天狗になっていたのだ、ボクは。
最近ちょっとニュースを見るようになったり、投資の勉強を始めてみたことで「ボクはできるヤツだ」と調子に乗っていたらしい。

勉強に使っているYouTubeでも言っていたが、投資初心者はやたら周りに投資を勧めたがり、中級者になると安易に薦めることはしなくなるそうだ。
投資のデメリットなどを知り、現実が見えてくると安易に周りを情弱扱いしたりマウントを取ったりしなくなるらしい。
今のボクの感覚はまさに投資初心者のそれだ。


あらためて思い返せばここ7年ほどボクは何もしてこなかった。
半分引きこもりのように関係を断ち、仕事以外はずっと遊んで暮らしていた。
そう、むしろ周りに比べればマイナスの状態なのだ。
そんな人間がちょっと勉強を始めたくらいで調子に乗るなど、おこがましいにもほどがあろう。


これ以上書いていると自虐が加速しそうなのでやめておく。
大事なのはボク自身が「客観的に見てどの位置にいるのか」であり、「ボク自身がどの立ち位置を望んでいるのか」だ。

あらためて初心に返れば、ボクはレベルの高い生き方を望んではいない。
むしろ「今の水準ならコンビニのバイトでも生きていける」ことで安心を得ていた。
なので、無理に背伸びをしようとせずマイペースでやれることをやっていけば良いのだ。
個人的な勉強も趣味の一環なのだ。


「やらなきゃいけない」「できなきゃいけない」は時として重要だ。
成長するためには背伸びも時として必要だからだ。
しかし、薬も過ぎれば毒となる。
ときには一度立ち止まって「自分を追い込みすぎてはいないか」を考えたい。


ボクのような豆腐メンタルの民に送るアドバイスだ。


今日はこんなところで。
では!

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