珈琲の大霊師278
「今、簡単に言うと霊峰アースのタウロスの里は、2重抗争中だ。これまでの里の方針を支持する保守派、広く里の知識を世界に知らしめようとする改革派、そして里の進んだ技術を狙う諸外国連合軍だ」
「何?……モカナの故郷ってのは、秘匿されてるんじゃなかったのか?何だって、そんな大事になってやがるんだ?」
「改革派の2人が、正式な処置を受けずに山を降りてな。力ずくで改革させようと、一部の国の重役にタウロスの里の事を触れ回ったようだ」
「・・・その、タウロスの里というのは、何なのでしょうか?」
そこまで聞いていたカルディが、復活したとび色の目で仮面の男を見つめる。
「ああ、そうか。そこからか・・・。面倒だが・・・仕方ない。ああ、何か食べるものは持ってないか?もう何年も焼いた魚か肉しか食ってなくてな」
「・・・パンとか、米とか、発酵保存食とか色々あるぞ?」
「よし。食べながら話そう。急いだ所で状況は改善しないからな。さあ、火を起こすぞ」
「薪はどこにあるさ?」
「うん?ここにあるが?」
と、仮面の男が地面の一角を指差すと、枯葉の下に乾いた薪が積んであった。取られないようにカモフラージュしていたようだ。
「2束あればいいかね?よし、ツァーリ」
「任せなさいって」
呼ばれたツァーリが、指先から炎を吹き出し、薪に火をつけた。
「おお、火の精霊使いか。久しぶりに見た。いや、便利だな」
秋の山に、うっすらと白い煙が立った。
「ちなみに、俺は土、モカナは水の精霊使いだ。あんたにも最新の珈琲を飲ませてやろう」
「珈琲?……はて、何か聞いた事があるような響きだな。どこでだったか・・・」
「ジョージさん、パンと米を持ってきました」
「お、サンキュ。ほれ、貴重なパンだぜ?ありがたく食べろよ?」
「おお!文明的な食事・・・良いものだ。ありがとう、頂く」
と、言うが早いか仮面の男は仮面を上にずらして硬いパンにかぶりついた。
バリッとそのまま力任せに引きちぎり、咀嚼する。
「うっ・・・・!!!み、水ッ!!」
「だと思ったぜ。ほらよ」
慌てて食べる姿に、この展開を予想していたジョージが水筒を差し出すと、仮面の男は水筒を引っ手繰るように受け取り、流し込んだ。
その傍らで、モカナは珈琲を淹れる準備を始めるのだった。
「正直、ここから先は普段なら話さないが・・・。タウロスの里、お嬢さんの故郷は、この世界でも少し特別な場所だ。そこは、時間の流れがこっちと違う、ある意味での結界の中にある。神獣が、人の進化を見守る為の場所。それが、タウロスの里だ。そこじゃ、こっちと比べて10倍の速さで時間が過ぎる。だから、こっちより遥か未来の技術を発展させてたりする。あんたは、そこから出てきたのさ」
男は、もしゃもしゃと口を動かしながら器用に喋った。
「おい、おい、情報量過多なんだけど」
ネスレが頭を抱えると、隣のジョージも人差し指を額に当てていた。
「・・・・・・納得はしたがな。そうか。実に複合的な理由があって、山の御使いってのは成り立ってたんだな」
「1人で納得してないで解説しろっさ」
「こっちの世界に技術を広めるのはついで。実際には、外の人間の血を閉鎖された空間に取り込むのが目的なんだろ。そのままだと、いずれ血が濃くなりすぎるからな」
「・・・・・・ということは、本来ならジョージさんが、その役目・・・」
と、カルディも把握する。
「珈琲を広めたいとか、新しい裁縫技術を広めたいってのは、多分外に出る動機を持つ人間にそういう奴が多い上に、技術がこっちより遥かに上だからだろ。もしかすると、目立たないだけで、同じように派遣された嫁探し、婿探しの山の御使いはいたんじゃねえのか?」
「・・・あんた、説明のしがいがあるんだか、無いんだか分からねえやつだな」
仮面の男は呆れ顔でそう言った。それは、肯定を意味していた。