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珈琲の大霊師287
最初に聞こえたのは、沢を流れる水の音。岸壁を小さな水流が滴り落ちる音。
洞窟を出て、背面が山頂に至る岸壁。そして正面には、見渡す限りの青い空と、雲海だった。
その縁を、緑の森が飾る。その緑に囲まれた窪みに、どうやら人家が集中しているのが見て取れた。その家々からは、細く煙が上がっていた。
「・・・すごく綺麗です」
モカナは、本来ならば見慣れていたはずのその景色に息を飲み、コートとニカは満足げに顔を見合わせて頷いた。
「こりゃあ絶景だな。神と権力者は高い所が好きってのも、まんざら嘘じゃなさそうだ」
ジョージは深呼吸して空気の甘さを感じながらそう言った。
集落に続く道を歩いて行くと、コートとニカがそわそわしだしたのを見て、ルビーが訝しがった。
「どうかしたのさ?」
「・・・いえ、静か過ぎるんです。この時間なら、森の中は木の実の収穫に来る人達が大勢いるはずで・・・」
ニカがそう不安げに答える。ジョージは足を止め、耳を澄ませた。
鳥の鳴き声や、水の流れる音といった自然の音以外、まるで聞こえない。
「・・・一先ず、あんたらの家まで行ってみようか。どうも、面倒くさそうな予感がする」
ジョージの表情が僅かにこわばった。
この集落に、僅かに漂う緊張感に気付いたのかもしれない。
「・・・こっちは・・・」
そんな中、モカナは焦点の合わない目で辺りをきょろきょろと見始める。ジョージは、それを予期していたのか、その肩を支えて歩く。
ドロシーが、モカナのほっぺたをぺちぺちと叩くが、モカナは意にも介さないようだった。
「姉さんは・・・」
「ああ、多分思い出し始めてるんだろう。・・・どうも、あんたらの言葉から察するに、まだ記憶が戻る時期じゃないのかもしれないが、里に戻ったのが影響してるんだろうな」
心配するコートの先回りをしてジョージが予想する。その程度は予想の範囲内とばかりに歩みを進めた。
しばらくして、ニカが指差した小さな小屋は、焼け落ちて黒い炭の塊となっていた。
「っ!!」
「動くな。様子を見るぞ」
顔まで真っ赤になって飛び出そうとしたコートを、ジョージが制する。誰がやったかは分からないが、つい今しがた燃えた物ではない。もし、いつか戻ってくるニカとコートを待ち受けていたとすれば、飛んで火に居る夏の虫だ。
「リルケ、移動できそうか?」
「ん~~~、なんとか。まだ辿れない品種の花も多いけど、ギリギリいけそう。見てくるから、待っててね」
そう言って、リルケがすいすいと滑るように空を飛んでいった。
しばらくして戻って来たリルケは、少し強張った表情でジョージに囁いた。
「周囲には誰もいないけど、遠くの家から監視してる人がいたよ」
「サンキュー。さて・・・と。そいつらは、『どっち』かな?まずは、そいつを捕まえる所から始めるか」
「えっ・・・捕まえるんですか?」
ニカが唐突の攻撃的な案に驚くと、待ってましたとばかりに隣でルビーが柔軟体操を始める。
「そもそも、この集落を全部1つの意思が纏め上げているなら、もっとここまでの場所に見張りが多いだろう。だが、それはいなくてあんたらの家を監視してる奴が1人。ここからは推測だが、見張りなんてしている余裕が無いような状況になっているんじゃないか・・・とな。ルビー、頼めるか?」
「元々そのつもりさ。任せときなジョージ」
言うが早いか、まるで元々住んでいた庭であったかのように、滑らかに森に消えていくルビー。
15分後、何やら香ばしい香りのする大きな袋にぐったりと横たわる塊をつれて、ルビーは戻ってきたのだった。
「あ………これ、珈琲を入れる袋………です」
ぼやーっとしながらモカナがつぶやいて、袋をつんつんすると、中のぐったりした物体が暴れだした。
「やめろー!!俺は負けないぞ!ふん!ふん!」
暴れるが特に意味はなく、しばらくすると疲れて動かなくなった。
「ジョージさん………珈琲に嫌われたんでしょうか?」
ぼーっとしながらも、涙声でジョージを見上げるモカナを見て、ジョージが袋に蹴りを入れる。袋の中身が跳ねた。
ルビーは苦笑いしていた。
「このまま川に捨てられたくなかったら答えろ。あんたは、何の為にあの家を見張っていた?」
「や、やめろぉ………。た、ただ帰ってくるのを待ってただけだよぉ………。」
袋の中身は弱気になって涙声になっていた。
「その声は………ラグアか!?」
コートが袋に駆け寄ると、袋の中身は立ち上がろうとして立ち上がれずに転倒した。
どたばたして愉快だなと、ルビーは思った。
「えっ!?コート?ちょ、お前いるならこれどうにかしてくれよ!!こええよ!」
コートが袋を開けるている間、時々ドロシーが袋の盛り上がった部分に水を滴らせて、中身がひゃあと言って悶えるのを楽しんでいた。
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