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珈琲の大霊師293
「さて、それじゃ始めといくか。勝負は3本勝負。1試合につき1人まで。1つでも負けたら、そっちの勝ちでいいぜ?」
と、ジョージがタウロスの顔を見上げてニヤニヤと不敵に笑ってみせると、タウロスは不愉快そうに顔をしかめた。
「・・・自惚れるな。2本先取で構わん」
「へえ。ま、それでいいならそれでもいいぜ?じゃ、まずは心技体の体からいこうか。どうする?俺としちゃ、殴り合わせて勝った方が勝ちでいいと思ってるんだが」
「それで構わん。そちらは・・・唯一男のお前が出るのか?」
「いや?俺より強い奴がいるんでね。頼んだぜ?ルビー」
「やっと出番さ!」
と、それまで屋台で麦飯を食べていたルビーが、ジョージの声を聞きつけて、器を急いで空にすると、水をあおって飲み下し、したたっと駆けて舞台に跳び上がった。
「・・・女は男より力が弱い。負けるつもりなのか?」
「いや、あいつは特別でな。強えぞ?そっちは誰が出る?」
「本来なら俺が一番得意だが、知恵で俺に叶う者もまたいない。女相手なら、村一番の力持ち。ルアクに任せる。ルアク、出ろ」
「俺がやっちゃっていいのかなぁ・・・」
のっそりと、ジョージより二回り程大きな男が姿を表す。力仕事を生業としている事がよく分かる体躯。足も太く、腕に到ってはモカナの胴体なみの太さがあった。
「おー、デッカイさね。・・・って言ってもなぁ、大きさだけならウチの国には何人かいるさ。あんた、喧嘩は強いんさ?」
「負けた事は無えなぁ・・・」
「・・・なんか鈍そうだけど、本当に大丈夫さ?」
「おめえこそ大丈夫か?当たると潰しそうで怖いぞ・・・」
「当たればさ。さ、始めるさね。合図は?」
「タウロスに任せる」
ルビーに振られて、ジョージが更に振り直す。多少面食らったようだったが、気を取り直し、タウロスは右手を高々と挙げた。
「始めぇい!!」
掛け声と同時に、ルビーが地面を蹴る。同時にルアクの巨体もぐんと沈み、突進したのだった。
猛突進するルアク。その足元に黒い影が迫る。
そうとしか見えなかった。これまで、ルアクが見た事の無い動物的な速さ。猫のそれよりも速く、一瞬で足元に迫られる。
次の瞬間、その膝を凶悪な衝撃が襲った。それも、横から。
横に弾き出された左足は、右足に衝突してもつれさせ、ルアクは突進の勢いそのままに地面へとダイブしていった。
「へえ、随分鍛えてるさね。ギリギリ、折れなかったみたいさ」
不敵に笑みを浮かべるルビー。
正面から突進して来るルアクを、寸前で横に避け、体重を支えていた軸足である左足に耐性の無い横から間接部への体当たり。
ルビーには、ルアクの間接のきしむ音がハッキリと聞こえていた。
「うぐあぁあああああ!!」
転がって痛がるルアクに、呆れたような顔をして見下すルビー。
「まだ終わってないさね?あたいは体が小さいからさ?全身の間接をブッ壊すくらいしか勝ち目が無いさね。さて、次はどの間接を壊して欲しいさ?」
(お・・・?)
ゆらり、とルビーの背中から蒸気が上がったように見えた。
蛇が蛙を見るようなその目に、巨体のルアクが怯えきった目を向ける。
その、王者の気配に、捕食者のオーラに、怯えていた。
(ルビーのやつ・・・ありゃ、リフレールの十八番じゃねえか・・・)
ツェツェからずっと一緒に旅をしてきたルビーの、成果が現れようとしていた。
「お、俺・・・もうやめていい?」
ルアクが情けない顔でタウロスを見上げると、タウロスはゴミでも見るような目で見下した。
「やめてもいいが、やめるならば貴様は改革派と同じ扱いとする」
「そんな・・・・。ぐう・・・ぐおおおおお!!」
痛みを、全力で吼える事で無視し、ルビーに肉薄するルアク。しかし、その眼前に即座に黒い影が飛び込んだ。
ルアクの突進を読んだルビーが、容赦なくその顔面に跳びかかり、膝を眉間に叩き込む。
「おごっ!?」
続けざま、ルアクの髪を掴んで首の後ろまで一瞬で回り、その首を両足でホールドし、両手を振り上げる。
「おらぁっ!!」
パァン!!と大きな音がして、その両手がルアクの両耳の穴に振り下ろされた。
「あば・・・・あああああああああ!!」
今度こそ、ずうんと音を発ててルアクが地面に倒れこんだ。耳と頭を掻き毟るように抱いて、痛みを堪えているようだった。
「・・・ま、鼓膜は再生できるかもしれないさね。さて、次はどこを壊して欲しいさ?指さ?それとも、目さ?」
倒れたルアクの頭を踏みつけ、聞こえるかも分からない耳に優しい声で語りかける。
もはや、ルアクの戦意は欠片も残っていなかった。
体の小さい者が、大きな者を倒す。そういった技術があることは知っていた。聞き及んでいた。
だが、まさかこうまで一方的になるとは予想していなかった。
もはや、何があろうと立ち上がろうとしないルアクに、つまらなそうに見下ろす小さな娘。
タウロスの経験には一度として無かった光景だった。
「さて、次は技だな。どう競う?」
ジョージという男が口を開くと、それまで黙っていたウィンが立ち上がる。
「私が出ます。この理想郷を渡すわけにはいかないですから。そちらも精霊使いでしょう?同じ精霊使い同士、精霊を使って戦うことができなくなった方が負けでどうですか?」
最も単純な戦闘。風を自在に操るウィンは、天才であり、何十年という経験に裏打ちされた技術は、恐らく外界にも匹敵する者はいないはずだ。
「………風の寵児が相手か………。悪いがモカナ、負けてもいい。怪我だけはしないようにしてくれ」
「………はい!」
と言って一歩踏み出すモカナ。
その背中を心配そうに見守るジョージ。ウィンは、勝利への道を既に見出していた。
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