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珈琲の大霊師232
「ん?モカナ、珈琲の匂いがしないか?それも、若干残念な感じの」
「はい、します。焙煎が少し足りない感じです」
と、御者台の二人が話しているのを聞いて、心が躍った。きっと、アントニウス様の村が近いんだわ!!
「エルフェン共和国に入ったんですね。知識欲の塊のような国ですから、目敏い人が世界中で流行り始めた珈琲を研究し始めてるんだと思います」
「へえ?この辺りには出荷してなかったはずだがなぁ」
「エルフェン共和国は古くからある学術立国ですよ。中立に歴史を紡ぐ事に存在意義の全てをかけていると言って過言ではない国なんです。世界各国から援助を貰う代わりに調査員を派遣して、難しい時代考証や、発掘、文書の管理なんかを行っているんです。教育のレベルは当然大陸一。国土は狭いですが、内海を通じて世界中から生徒が集まります。国民も、その自負のせいか好奇心が強くて、知識欲が凄いんです。だから、世界中の市場にはこの国の派遣した調査員がいますよ」
生まれ変わるなら、この国に生まれたいわ。できれば、アントニウス様の娘として!
「なるほどなぁ。となれば、割と早い段階で珈琲を知ってた可能性は高いな。しかし、随分と珈琲の匂いがするんだが……おい、なんか増えてないか?」
「………珈琲の匂いばかり……でも、美味しく、なさそう……」
と、カルディさんが眉をしかめた。
私にはまるで分からないけど、カルディさんは珈琲大好きだし、誰よりも鼻が良いから分かるのかもしれない。
「うぅっ!!ひ、酷い臭いも混じってますよ!?こんな、こんな!!誰ですか!?こんな酷い珈琲を淹れてるの!!ああっ、ダメです!!そんなに煎ったら炭になっちゃう!!」
モカナちゃんが御者台で立ち上がって、泣きそうな声で怒鳴った。こんなに怒っているモカナちゃんを見るのは始めてて、思わず体が硬直してしまう。
「香りだけでそこまで分かるなんて、さすがはモカナさ……」
と、なぜか偉そうなルビーちゃん。あなたじゃないでしょ。
「あー………これは、さすがに、見過ごせないか?」
「うっ、ぐすっ、ううっ、酷いです……ああ、ツェツェの皆が精一杯作った珈琲豆が、無茶苦茶です……」
「いや、お前そこまで分かるのか?俺も、そこまでは分からんぞ」
どうやら、モカナちゃんは香りだけで珈琲豆の産地が分かるようになってしまったらしい。
「分かった。分かった泣くな。お前に泣かれると困る。……まあ、俺も思う所はある。ここの連中には、ちょいと珈琲のなんたるかを魂に刻み込んでやらんといかんらしいな」
モカナちゃんが本気で泣いているせいなのもあるけど、ジョージさんの声が怖い。珈琲の事になると、熱いからなぁジョージさん。
「はいっ!!!こんな珈琲は、ボク許しませんよ!皆に美味しい珈琲の淹れ方を教えましょう!」
そして、こんなに怒って邁進するモカナちゃんを見るのは始めてなのだった。
目の前の豆が、音を立てて焦げていく。その様子は、熱い砂場に放置したナメクジのようで哀れみを誘う。
豆を、なぜわざわざ焦がして使うのか?茶にもそういった物があるらしいが、そんな製法まで知っている者はこの村にはいない。
「これが本当に流行っているのか?」
エルフェン共和国は噂が早い。珈琲という茶に替わる第2の嗜好品飲料が生まれたと聞いて、それは絶対に知らなければならぬと各国の市場に潜り込んでいる調査員達が珈琲の豆というものを片っ端から買い込んで来た。
茶に替わるともなれば、それはもう革命だ。私も誇りあるエルフェン国民として、そしてまた熟学士への道を目指す者として、確保しに2つも集落を越えて買いに行った。
市場に並ぶ前の物を、なんとか交渉して分けて貰えた。その後の市場では、開幕早々に購買制限が掛かり、1人1人の購買量が減らされたという。当然の事だ。ここはエルフェンだから。前に、牛乳よりも美味しいという西山羊の乳が来たときも同様の事が起きた。
用意周到に取り組まなければ、試すことさえできない。この国において、それは敗者だ。
「ふぅ……」
しかし、これは……本当に美味くなるのか?そもそも製法が正しく伝わっているのか疑いたくなる。遠くの市場にいる連中は、優劣構わず買い込んでくるからな。もしかすると、劣等品を掴まされたかもしれないぞ。
部屋の中は、煎った時に飛び散る皮が積もって層になっている。最初は掃除していたが、もう面倒になってきた。どうせ1人暮らしだ。誰も困らないだろう。
煎った豆をすり鉢に移して、すりこぎで潰す。くっ、なんだ今回は随分手ごたえが無いな。炭化したからか?あの炭のような飲み物は正直飲みたくないな。
「ああ……どうしたらいいんだ」
この国において、熟学士の地位は意義が大きい。国から支給される知識給付金も勿論だが、専門性の高い知識を有していると各国から招待される。それはもう、手厚い歓迎振りだと聞く。
私は、熟学士となって、世界を見たい。知識だけではなく、体験したいのだ。
茶に替わる嗜好品の熟学士ともなれば、必ず世界中から呼ばれるに違いない。チャンスなんだ。だからこそ、同じように皆も研究しているわけだが、どうにも成功したという話を聞かない。
コンコン
「兄さーん?いるよね?コーヒーとかいうの、今研究してたよね」
ん?妹のリロンの声だ。何か用か?まあ、行き詰っているんだ。話を聞いてもいいか。
「いるよ。まさに今、その珈琲を研究し………」
ドバァン!!!!
目の前の、扉が弾けて、飛んできた。
「ぅひっ!?」
咄嗟に床に伏せた私の頭を、吹き飛んだドアが掠めていったぞ!?な、なんだ?!
「ちょっ!?おきゃ、お客さん!!何して」
「待った、近づくな。今のあいつは手加減できない」
コツコツコツと、小さな足音が近づいてくる。
「……何ですか?」
物凄い威圧感を感じる。顔を上げると、修羅の形相をした少女が、水の巨人を従えて部屋に殴りこんで来ていたのだった。
「これ、なんですか?何にしたんですか?ボク、もう、許せないです」
と、私が煎った豆を掴んで、悲しそうな目でそれを握り締めた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!こんなのもう珈琲じゃないです!!珈琲殺しぃぃ!!」
ぼろぼろ泣きながら怒る少女に、なぜか無性に湧き上がってくる罪悪感を抑えながら、どうしたら良いか分からない私は、
「ごめんなさい」
とりあえず土下座した。
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