珈琲の大霊師220
少なくとも、興味はある。と、ルビーは頭の中で結論付けた。
既に30分近く休憩しているが、その間のっぺらぼうは一瞬も顔を逸らしていなかった。
少し枝の上を移動すると、それに従ってのっぺらぼうが僅かに首を回すのだ。
ルビーは枝を蹴り、数本奥の樹へ移動して振り返る。
のっぺらぼうの首(?)が、上に伸びていた。
反応が素直で、妙な可笑しさがあった。
(よく分からないけど、こいつ、あそこから離れられない理由があるさ)
理由はさっぱり分からないが、首を長くして見たいほど興味があるのに、そこから動いて来ないというのは、余程の理由があるという事くらいはルビーにも分かった。
調査としては十分と言えた。後の事を考えるのはジョージの役割だ。
ルビーは、なんの気なしにのっぺらぼうに軽く手を振って、シーラの家へと帰還していくのだった。
ジョージは、家の外に持ち出した椅子に座って、珈琲を飲んでいた。
来たばかりの頃であれば、大小様々な囀りが聞こえていたものだったが、今は鳥の声は1つも聞こえなかった。
風ばかりが、木々の間を縫って、さわさわと音を発てていた。
静かだった。
森に囲まれ、日に照らされながら、のんびりと珈琲を飲む。
実に贅沢な時間だ、とジョージはこの窮地を忘れたように楽しんでいた。
だが、それももう終わりのようだった。遠くから、ぎっぎっと枝のしなる音が近づいて来ていた。
「よぉジョージ、調べてきてやったさ?」
と、頭上の枝に止まったルビーがにやりと笑いかけて来た。
「おう。流石だな、頼りになるわ。珈琲、いるか?」
ジョージは、手元の珈琲を掲げて応える。
するりと、ルビーは枝から音もなく降りて、さっとジョージの手から珈琲を奪って口をつけた。
「あっ、おまっ、全部やるとは」
「ふふん、トロいのが悪いさぁ」
と、苦くて甘い、香ばしい珈琲を喉に流し込む。香りが全身を包んで、肩の力が抜けたような気がした。
「ってな感じで、動かなかったさ。あれなら、あたいらが帰っても大丈夫なんじゃないかい?」
報告を終えたルビーの前に、お疲れ様の気持ちを込めて、モカナが新しい珈琲を置いた。
「ありがとな、モカナ。うん、やっぱり珈琲は淹れたてが一番美味いさ」
「それが本当なら、私達帰れるんですねっ!?」
シオリが目を輝かせて喜んだが、ジョージの顔は笑っていない。それを見て、モカナはこの件がそんな単純な事でないと悟っていた。
「……いや、そりゃ賭けだな。今回分かったのは、そいつが何かの都合でそこから離れられないだろうって事だけだ。まあ、理由に見当はついちゃいるがな」
とジョージは腕組みをしつつ、キビトに視線を移した。その視線に、キビトは頷いて応える。
「人の樹の森が、思った以上に抑止力になっているみたいだね。逃げるなら今とも言えるけど、確かに君が言うように賭けだね」
「なんでさ?あいつ、あたいが近くにいるのにアレ以上近づいてこなかったのにさ?」
「心理的な問題になるがな。泥の王がお前に興味を持っていたのは確かだった。でも、そこに留まったのは優先順位の高い理由がそこにあったからだろ。もし、ここから離れる事で俺達の優先順位が高まるとしたら、奴は俺達を追ってくる」
「はぁ?どういう事さ?」
「仮にお前が、常に飯に囲まれて生きてたとして、大好物がお前に寄って来たとする。お前は沢山の食い物に囲まれているが、大好物ではない。お前ならどうする?」
「そんなの、追いかけるに決まってるさ」
「お前の沢山の食い物はいいのか?他のヤツに取られないとも限らないんだぜ?お前がどこか行った瞬間に、消えてるかもしれない」
「は、はぁ?そんなの…………」
即答しかねた。
「まあ、迷うだろ?でも、そうしてる内にその大好物が遠くに行こうとしていたら、お前ならどうする?ずっと近くにあった飯と、今遠くに行こうとしてる大好物。どっちを取る?」
「どっちも取るさ!!」
「前提くつがえすな」
びしっと、ジョージのチョップがルビーの額に刺さったのだった。