お線香の匂い
お線香の炊くのが最近、好きだ。
ラベンダーのような香りが入ったやつを、
よく焚いている。
お線香、でも昔は嫌いだったんだ。
祖父母の家に行くと、
玄関をまたいだ瞬間に香っていたのがお線香だった。
畳みや古い柱に湿気混じりに染み込んで、
足を踏みしめるたびにそこかしこから私の鼻を追いかけてきた。
私にとって、それは死の匂いだった。
会ったこともない、死人に祈るとき、それは一番、香ってきた。
鼻をつく、ツンとした何か。
生にだけ向かって生きていきたかった幼少期の私は、死を覚悟しながら生きている祖父母や曽祖母の存在が怖かったのかもしれない。
おじいちゃんがもうすぐお空にいってしまう時、
お見送りできるように、何日もそのお線香の香りがこもる家で眠った。
ひどく悲しく、寂しかった感覚だけが鼻の奥に残った。
ツンとしたのは涙なのか、お線香なのか。
おじいちゃんが本当にお線香の香りだけになってしまった時、
涙が出ない代わりに、熱が出た。
あっつくなった私の身体からは、
あっつくなったお線香の香りはしなかった。
だけど、今は、何故か、お線香が好きだ。
もう会えない、おじいちゃんやおばあちゃんを思いだすことができるからかな。
思い出すことで、空からおじいちゃんやおばあちゃんが直ぐに飛んできてくれるような気がする。
優しい笑顔で、一緒に囲碁をしてくれそうな気がする。
ええ、そうかい、すごいね〜って、頭を撫でながら、話を聞いてくれそうな気がする。
気がするんじゃない、本当にそうなんだ。
私の鼻が覚えていてくれたんだ。
だから線香がよく香る、夏の静かな夜も、私はとても好きだ。
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