次の一歩が未来を決める - プラスチック管理と循環型経済
今回の記事は、2月22日に開催された海洋問題解決に向けた国際ワークショップでの基調講演準備ノートです。海洋問題解決に向けた国際ワークショップは、笹川平和財団海洋政策研究所とアブドラ王立科学技術大学が共催で、サウジアラビアと日本のG20における海洋環境改善に向けたパートナーシップ強化に向けて開催されました。このワークショップは、日本とサウジアラビア両国の最先端・最新の海洋科学の知見を共有し、両国および世界の海洋問題の解決と持続可能な海洋利用のために、どのように協力していくかを具体的に議論することが目的でした。その中でも特に、海洋プラスチックの問題解決に着目し、関連する海洋資源管理や地域振興、ブルーエコノミーの実現に焦点を当てて議論を行いました。
今回の僕の役割は、「海洋生態系内のプラスチック及び海洋資源とリスク対策」のセッションにおいて30分程度の基調講演です。セッション全体としては、セッションタイトルのように海の中のリスクが主テーマになりますが、僕の役割としては、国際レベルにおける海洋プラスチック問題対策、環境問題対策の大原則としての根元を断つこと、つまり陸上におけるプラスチックごみ問題の対策を講じることを中心とした基調講演でした。
①はじめに
ありとあらゆる人間が引き起こした環境汚染に対して、最も重要な対策は何でしょうか?法体制の整備?技術的アプローチ?意識改革?これらはどれも小手先の手段です。最も重要なのは、その汚染源の根元を断つことが大原則です。根元を断たない限り、その環境汚染を完全に防ぐことはできません。人間の歴史、特に産業革命以降の近代化社会においては、人新世、アントロポセン、と言われるぐらい、人間社会が地球の地質や生態系を変えています。大きな地球の進化の過程で見れば、その人間が地球の地質や生態系を変えていくのは"ごく自然"かもしれません。これはダーウィンの進化論の高度化版、人工的なダーウィン進化論かもしれません。アントロポセン時代に徳を得ているのは、人間が作り出した資本主義に代表される社会システムからの利益、つまり富という観点からの人間のみ。他の全ての生物は破滅に追いやられている、それでいいのでしょうか?人間の利己的主義で地球を作り変えています。
2021年2月、我々は、気候変動、プラスチック問題、廃棄物問題、生物多様性などの様々な環境汚染問題に直面しています。これらのすべては、私たち人間社会が生み出したものです。地球の声は非常に小さいです。例えば、人間が気候変動問題に本腰を入れるまでの250年間、地球は小さな声を出し続けてきました。廃棄物からの環境汚染も同じく250年間ぐらい地球は声を出し続けています。プラスチック問題も、プラスチックの使用が本格的に始まった1950年代ごろから、地球は声を出し続けてきています。
少なくとも、研究者は1800年代後半からその警笛を鳴らし続けてきました。例えば19世紀イギリスの経済学者のウィリアム・ジェヴォンズ(William Stanley Jevons)は、過剰な石炭への依存が石炭資源の枯渇や環境問題を指摘していました。それ以降も研究者は、地球の声を代弁するかのように、天然資源を産業を通して富に変える際の負の影響、つまり環境汚染問題を表面化させてきましたが、人間の欲望、富を増やしていくという経済社会の流れにかき消され続けてきました。環境問題が一般に知られだしたのは、最初のアースデイが開催された1970年ごろからですが、環境を守ることが何をおいても一番優先事項であるという正しい認識が一般常識になるまで、そこから30年以上必要でした。
ここで一つ再認識をしなければなりません。人間は見て見ぬふりをする。目の前の問題を未来へ先送りする。自然と一体化していた人の心は、何万年前になくなってしまいました。考えを改めなければなりません。地球を守ることは負担でなく我々の財産なのだ、ということを。
新型コロナウイルスの世界的大流行から1年経ちます。今回は地球は声を大をして訴えていると考えた方が良いでしょう。皆さん、本当にそれでよいのですか?皆さんが何もしないので、こちらから攻撃します、と言っているのかもしれません。1年前、新型コロナウイルスは一部の国の問題なので、我々には関係ない。最近では、治療薬やワクチンのおかげで新型コロナが終息し、元の世界に戻れるだろう。すべで幻想です。元の世界に戻ってはいけません。地球に正しい世界、自然と共に生きる人間社会を作るまたとないチャンスです。新型コロナウイルスの影響は今後10年続く、と世界的権威な経済学者たちが警告をしています。であれば10年かけて、自然に溶け込むような人間社会を作るべきでしょう。ここを間違わなければ、海洋プラスチック問題も解決に向かうでしょう。
②現実を見る
さて、海洋問題解決に向けた国際ワークショップの「海洋生態系内のプラスチック及び海洋資源とリスク対策」のセッションにおいて、世界が目標としている2050年脱炭素化社会におけるプラスチックや資源循環とUNEPが実施している海洋プラスチックごみ対策に関する国際的な最新動向に関して議論したいと思います。
もう一度強調します。海洋プラスチックごみ対策に一番重要なことは何でしょうか?汚染源の根元を断つこと。汚染源はどこでしょうか?海洋プラスチックごみの80%は陸上における人間社会が原因です。つまりプラスチックごみ問題に由来しています。プラスチックごみの不法投棄、特に河川流域への不法投棄は、海洋プラスチックごみ問題に直結しています。プラスチックごみ問題の解決が一番重要な海洋ごみ対策です。
人というのは目の前から何か消えてしまえば、それでよしとする傾向があります。その代表例がごみ問題です。ルールがなければ自分の部屋から、自分の家からごみが無くなればそれでよい、と誰もが思うでしょう。近代社会以前であればそれでもよかったかもしれません。私はごみ管理先進国という日本に住んでいますが、道端を見るとポイ捨てをよく見かけます。ポイ捨てのほとんどはプラスチック製容器包装です。
世界を見ると、低所得国で排出される一般ごみの約90%は管理されていない処分場に運ばれています。世界平均だと年間で排出される一般ごみ20億トンの半分が管理されていない処分場に運ばれています。でも、管理されていない処分場に運ばれるのは、まだ良いかもしれません。非常に多くのごみが、住居エリアの空いているスペースや河川流域に捨てられています。住民の目からすれば、目の前からごみが消えるので、それでおしまい。でもそれが間違っているという意識を持たない限り、この問題も解決することは絶対にありえないでしょう。
③プラスチックと循環型経済 - 廃棄物編
では、ここからプラスチックと循環経済を考えてみましょう。先ずは我々が地球上の物質をどう扱っているです。2020年、我々は約1000億トンもの資源を地球から掘りだしました。ちなみに、この量は地球が1年間に作り出す天然資源量の約1.75倍です。そして、約850億トンの資源を人工物へ変換し、約550億トンの廃棄物を出しました。550億トンの廃棄物のうちリサイクルされたのは、わずか22%。
そして30年後の2050年、我々は地球が1年間に作り出すことのできる資源量の約3倍もの天然資源約1800億トンを掘り出し、1200億トンを人工物に変換し、約630億トンの廃棄物を出すと予想されています。30年後のリサイクル率は、たかが24%。この数値はGDPと人口増加という単純シナリオで描いていますが、これが現実になってほしくはないと思えてしまう数値が出てきます。でも何もしなければこうなります。世界的には脱炭素化や循環資源が高らかに掲げられていますが、現状は、低所得国・中低所得国を中心に、今後の世界経済も直線型資本主義がそのまま進んでいく可能性が高いでしょう。
では2020年に排出された約550億トンの廃棄物の内訳をみてみたいと思います。ここ数年プラスチック廃棄物が世の中を騒がしておりますが、全体の排出量からするとわずか0.4%。さぞかし大量のプラスチックごみが排出されていると認識されているのが広まっていますが、他の廃棄物と比較した場合、その認識は間違っています。ここで重要な項目の一つ目は、プラスチックごみだけに注力を注ぐのではなく、あくまでも廃棄物管理の一部としてプラスチックごみ対策を取るべきことを再認識しなければなりません。木を見て森を見ず、プラスチックごみを見て廃棄物全体を見ず、というところでしょうか?
もう一つデータを見てみましょう。2020年に排出されたプラスチックごみの排出源と排出経路です。排出源を見ると、使い捨てレジ袋が16%、PETボトルが4%、残り80%はその他となります。ここ最近では使い捨てレジ袋の有料化や配布禁止、PETボトルの代わりにマイボトルを持つべし、というのが世界の潮流になってきていますが、ここにも「木を見て森を見ず」、すなわち「使いしてレジ袋を見て、プラスチックごみの山を見ず」といった傾向が見られます。
では最後のデータ、プラスチックごみはどうなったかです。海に流れ出ているのは約3%・年間800万トン程度、リサイクルは約9%・年間約2200万トン程度。約90%は埋立処分です。ここにも「木を見て森を見ず」に気を付けなければなりません。つまり「海洋ごみ問題をみてプラごみ問題を見ず」です。
海洋プラスチック問題の原因である陸上のプラスチックごみ問題を解決することは重要ですが、その根本的な問題を解決に導くためには、「森」を見てその「森」全体を管理しなければなりません。「森」全体を適正に管理できないと、一本一本の木も適正に管理することはできないでしょう。つまり、プラスチックごみ問題だけに特化しすぎると、本当に問うべき問題を解いていないことになり、いつまでたっても海洋プラスチック問題は解決しません。これが、今日の私の一番最初の質問の答えの一つになります。もっとも重要な環境対策は何でしょうか?です。その汚染源の根元を断つことが大原則です。
④プラスチックと循環型経済 - 資源編
ではプラスチックと循環経済を別な視点から見ましょう。その視点とは天然資源採掘・使用量です。基本情報として人口のデータがこれです。1970年の人口約36.8億人を1とすると2019年の人口約76.7億人は2.08となります。この1970年のデータを1とした場合の資源使用量の増加率をここでは見たいと思います。
では比較情報をまず見てみましょう。それぞれの1970年のデータを1とした場合、2019年における増加率は、製鉄製造量は約3.1倍、石油精製量は約1.9倍、ガス精製量は約4.1倍、アルミニウム精製量は約7.5倍、銅精製量は約1倍となっています。アルミニウム以外は徐々に増えてきていますが、銅精製量は2010年頃ピークを迎えた傾向が見られます。
ではプラスチックはどうでしょうか?プラスチックは、なんと・・・、約12.4倍!!に製造量が増えています。この伸び率は明らかに他の資源精製・製造量の増加率とは異なります。人口増加率と比較してもプラスチック製造量の増加率は非常に大きいです。一人当たりのプラスチック使用量が増えていることが明確です。今後もこの傾向は続くでしょう。
⑤プラスチックと循環型経済 - 考察編
使い捨てレジ袋の削減、マイボトルの使用、それはそれで重要です。でも本当に問うべき問題というのは、私たちの社会におけるプラスチックの使用に関してではないでしょうか?私たちの社会へのプラスチックの供給量は増える一方です。
プラスチック使用量が増加するということは、客観的に考えても当たり前です。普段生活していてプラスチックを見ない瞬間はほぼありませんし、スーパーに買い物に行っても、必然的にプラスチック包装の食品を買うしか選択肢はありませんし。何を言おうと、プラスチックはミラクルな素材なんです。軽くて、透明で、どんな形にも変形できる素材は、プラスチックしかありません。しかも、このコロナ禍においては、プラスチックの壁が必要です。フェースフィールドに仕切りに、と。世界の主要国が掲げている2050年までに達成するであろうカーボンニュートラル社会においても、我々はプラスチックを使い続けているでしょう。
フランスでは、今回の危機が始まってから、プラスチック関連産業の50%が生産量を増やしました。世界のプラスチックの生産量は、5年後には3倍、2050年には5倍になる見込みです。コロナ禍においては、皮肉にも、プラスチックの必要性も改めて認識されています。
ではどうするべきか?大きな話にはなりますが、プラスチックに依存した我々の社会構造・システムを変えなければなりません。2021年2月、世界を回しているシステムは資本主義です。人間の本性、欲望から成り立っているのがこの資本主義、それを加速させたのが、ここ30年ぐらいの新自由主義。人間の欲望を満たすために天然資源を人工物に変えて、その見返りとして富を築いていく資本主義、その行為を唯物主義ともいいます。そして、その負の影響として環境汚染・破壊。GDP経済価値の外にあるので無視され続けてきました。その悪影響は計り知れません。
一つの可能性として経済学者、哲学者、ビジネスパーソンの間で議論されているのが、資本主義と唯物主義を変えなければならない、つまり脱物質化社会、そして新自由主義の終焉です。ここ数年間は国民国家を求める声が多くありますが、でも社会主義を求めているのではない。新たなシステムが必要なことには間違いない。きっとそのシステムは、〇〇主義、のような呼ばれ方はしないかも?環境とサステナビリティと社会システムが融合するもの、が実現する未来でしょう。それは今ある社会システムと、そこに含まれるべきSDGs要素が3次元的に交差する中心ではないだろうか?そこはいま空白、だからこそ見つけないと。
この議論においても、素材として重要な立ち位置にいるのがプラスチックです。先ほどの図でも見たように、他の基本素材はピークを迎えているように見えましが、プラスチックだけは急激な増加を見せています。プラスチックに代わる素材は今のところないので、今後もプラスチックを使用し続けますが、少なくとも、最終処分量を減らす、リサイクル量を増やす、プラスチック製造量を減らす、包括的なアプローチが必要です。この3本柱は、今日も私の最初の質問、”もっとも重要な環境対策は何でしょうか?その汚染源の根元を断つことが大原則です”、に一番重要なことです。海洋プラスチック問題、そしてこのプラスチック問題の根源は我々がプラスチックを使うことです。100%環境に配慮した使い方をすればよいのですが、現在の私たちの社会はそうはなっていません。人間社会の中でプラスチックの使用を閉じること、つまり、完全なるプラスチックの循環型社会・経済を構築できたとき、海洋プラスチック問題とプラスチック問題も完全に解決するでしょう。
⑥海洋プラスチックごみ対策に関する国際的な最新動向(UNEA5)
海洋ごみ問題には国境は関係ありません。持続不可能なプラスチックの消費と生産という共通の原因に対して、共通のアプローチが必要です。UNEPは加盟国の要請を受けて海洋プラスチックごみ対策を実施しています。2年前に開催された国連環境総会においては、海洋プラスチックごみを含めた国際的なプラスチック管理対策を実施するべく包括的な決議が採択されました。
その一つを踏まえて、UNEPでは国連下の海洋プラスチックごみ及びマイクロプラスチックに関する専門家会合を4回開催し、まさしく今日から始まる第5回国連環境総会にその報告を行います。専門家会合の結果は、①2019年5月に大阪で開催されたG20サミットにおいて採択された大阪ブルーオーシャンビジョンを世界共通ビジョンとし、②科学的な知識に基づく各国・各都市、そして各地域に必要な対策・活動を強化し、③すべての関係者がそれぞれの責任の下協力し、④既存の多国間条約やパートナーシップを活用し、そして⑤新たな国際的な枠組みによる対策を目指すことがまとめられました。
今日と明日開催される第5回国連環境総会で更なる議論が行われますが、海洋プラスチックを含むプラスチック問題に対して、科学的知識に基づく、国際的な削減目標、プラスチック製品の段階的廃止、各国・地域レベルにおけるアクションプランの作成等の議論が、引続き、今後も行われます。
⑦プラスチック対策に関するUNEPの科学的知識・知見
2年前の第4回国連環境総会を踏まえて、UNEPでは世界の科学者と共に様々な関連する科学的知識を集約し、その高度化・精密化を進め、国際的なプラスチック対策を実施するために最先端の各種報告書を作成しました。私の本日の講演はこれらの最先端の科学的根拠に基づくものです。例えば、世界廃棄物概況シリーズ、使い捨てプラスチック管理対策、海洋プラスチックごみ対策等の各種報告書があります。ぜひ皆さんもこれらの情報を基に、それぞれの国・都市、現状に合った対策方法を検討してください。
ここに一つ重要なことがあります。UNEPの報告書には様々な科学的知見や知識、実例、対策案等が記載されていますが、絶対的な世界共通の対策方法・解決方法というのはありません。その対策方法・解決方法は当事者自ら見つける必要があります。それを見つめるためには、これらの我々UNEPの知識は非常に重要な情報源になります。自らベストな対策方法・解決方法を見つけ、それを実施していくことが重要です。
⑧おわりに
皆さん、今日の私の一番最初の質問を覚えていますか?もっとも重要な環境対策は何でしょうか?です。その答えは、その汚染源の根元を断つことが大原則です。世界におけるプラスチックごみや海洋プラスチック問題の対策の主流は、使い捨てレジ袋の削減やPETボトルの削減、代替素材の使用ですが、プラスチックごみは全廃棄物のほんのわずかでしかないこと。つまり、プラスチックごみ対策も重要ですが、廃棄物全体の対策をより実行していかない限り、問題の核心は解決しないことになります。廃棄物問題の核心は、目の前からいらないものが消えれば良い、という人々の自己中心的な思考です。非科学的な発想かもしれませんが、全ての環境問題の原因は、私たちの思考そして"こころ"です。
あらゆる環境問題をリセットする事はできません。我々が全て引き起こしたので、我々が責任を取って全て対処しなければなりません。これが我々の使命です。海洋ごみやプラスチック問題は、そのほんの一部でしかありません。さて、皆さんはこの瞬間から何をするべきでしょうか?その皆さんのアクションが未来を変えます。