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テルミンって、いろいろ難しいのな。
テルミンについて(というかほとんどmoogのTHEREMINIのことだけど)あれこれ書き殴っておりまして、挙げ句音痴極まりないヘタクソな演奏動画なんぞを公開している手前、「お前に何がわかるんだ」と言われそうですが。
困惑の呪文
さほど親しくない人と同席した時、毎度天気のハナシをするのも芸がないんで「50歳になったんで、楽器をちゃんと人前で演奏できるよう、練習しようと思いまして…」なんて振ってみると、「おお、素晴らしい!」なんて感嘆符付きで言われます。
「で、なんの楽器?」との質問を待って「ええ、テルミンです」と答えると、相手の表情がなんとも形容しがたいものとなるわけです。
例えれば、ロープに振られてラリアットかドラゴンスクリューでも来るのかと思いきや、ロープから戻ったら振った相手がコーナーポストによじ登っていた時の顔というんでしょうか。
別の例えをすれば、寝転がったアンドレ・ザ・ジャイアントを相手に、リング外へアピールする前田日明の顔というか。
ま、あからさまに「俺はどう返したらいいんだ」という困惑が見て取れるのですね。
試合が成立しない
そして会話は「へぇ、そうなんだ。へぇ」で途切れます。
「へぇ」を2回も付けたわりには「テルミンってどんな楽器だっけ?」とか「なんでそれを選んだの?」という質問は続きません。
ひとつ言えるのは「その相手がテルミンについて何かしら認知している」ということです。
とは言え、その方の人生においてテルミンを積極的に知ろうと思う機会などなかったのでしょう。
「僕はギターをね…」とロープブレークするか、「明日晴れるかなぁ」などとトペのごとき空中殺法に持ち込んだり、「あ、ごめん!電話かかってきちゃった」なんて試合放棄になってしまうのです。
つまるところ、テルミンとはまだまだ楽器としてポピュラーではないのだなというのを、改めて感じている次第です。
無論、こうした反応が返ってくると想定した上で話しかけているのですが。
世界最古が新奇な理由
昭和を通じて日本人100人中100人が知らなかったテルミンが、「あー、アレね」くらい認知されるようになったのは、2001年の映画『テルミン』公開前後から、2007年の『大人の科学 テルミンmini』の爆発的ヒットにかけての期間だと思います。
「世界で最も古い電子楽器」のテルミンは、日本においてまだまだ新奇な楽器なのです。
そしてこの期間、様々なミュージシャンがメディアでテルミンについて語ったり実演したりと、その普及に大きな役割を果たしました。
ここで言う「大きな」とは、決して「大ヒットに貢献した」という意味だけではありません。逆の意味も含みます。
先ほど書いた「新奇」という言葉の「奇」を助長するようなこともあったと思われるのです。
ミュージシャンたちは「テルミンとはどんな楽器か」を説明する際に、「自分はこんなスタイルでテルミンのライブやってます」という別方面のプロモーションが発生して、残念なことに「変わった人のやる楽器」という印象が付いてしまうケースもよく目にしました。
メディアによっては、あえてスピリチュアリストのごときイロモノで扱ったものもありました。
取材VTRを見たスタジオのひな壇タレントが半笑いになってたりして、端的に言えば「あーあ、やっちゃった」という感じです。
奏法の不統一
その辺り、ロシアで学ばれ教室を開いて普及に努めていらっしゃる竹内正実さんはどう考えていたのでしょう。
僕は竹内さんが2002年に発表された『テルミンを弾く』という教則本を演奏のバイブルとしていました。
当時は仕事が忙しく、名古屋でも開かれていた竹内さんの講座は断念しましたが、テルミンを弄る際は思い出したように引っ張り出して、何度も読み込んだものです。
今でもTHEREMINIを弾く際は、まずクローズポジションをとり、手の関節を痛めないよう指を滑らせて音階をなぞる竹内さんの指導法に則っているつもりです。
ところが動画で多くの演奏が見られる昨今、テルミンプレーヤーたちが手の甲の角度を変えたり、拳を突き出して弾いたりと、その奏法が様々であることに驚きます。
作法から自由であることは大いに尊重したいのですが、その自由の元となる作法をそもそも知らねぇんじゃないんですか、と思われる方も多数です。
メロディを奏でるというより、パフォーマンスツールの枠を抜けきっていない演奏動画をよく見ますが、楽器の魅力を全く引き出せておらず、残念な印象を受けることも多々あります。
テルミンの奏法はギターやピアノに比べてさほど難しいものでもなく(個人的な感想です)、慣れれば譜面が読めなくても、鼻歌気分でメロディを奏でられます。
つまりは非常に便利な楽器なのです。
「調教」する楽器の元祖
ところでここ10年「初音ミク」に代表されるボーカロイドが人気です。
なぜここまで人気になったのかと言えば、それはユーザーたちの創意工夫に他なりません。
ボーカロイドソフトを起動して単に歌詞とメロディを打ち込んだ状態では、なんの面白みもありません。
歌詞によっては発音が甘い場合も多々ありますし、Googleマップのナビの方がよっぽど愛らしく思えます。
この機械的な発音や発声に、作為的なズレや抑揚をつけたり、あるいは本来人間の発音ではありえない子音をコマンド的に付加することで、より人間らしく発声させることを「調教」と言います。
調教の結果、同じソフトを使って同じ曲を歌わせてもニュアンスに差が出て、何人もの「俺だけのミク」が誕生するのです。
実はテルミンも同じような「調教」のしがいのある楽器です。
味も素っ気もない波形に、ポルタメント、ビブラートや音量コントロール、あるいは譜面にない音階を加えることによって、人間的な個性を創出するわけです。
完成度の高いテルミンの演奏は時に「女性のハミングのよう」と形容されることがありますが、これも奏者による「調教」の賜物なのです。
この楽しさは、基本的な演奏技術があって享受できるのであって、単なる自己流ではいつまで経っても得られないものだと思います。
気軽に買えない
そしてテルミンを最も「市民権」から遠ざけているのが「気軽に買えない」という問題です。
僕の買ったTHEREMINIは2014年に発売され、日本の多くの楽器店で購入できる最新のテルミンですが、ネット通販で名の知れた楽器店を見つけて発注すると「在庫がございません」。
さらに別の大手に注文すると「次回入荷の予定が立っておりません」との返信。
発売から5年です。売れて売れて在庫がないわけではありません。
またTHEREMINIは注文を受けてから、職人がカナダの大木を切りに行くような一品モノでもありません。
そこそこ名の知れた楽器なのに、最新商品ですらこの有り様。これじゃ普及するわけがありません。
また著名なアーティストがメディアに登場する際は、決まってBig BriarのModel 91Aを伴うのですが、コレ、いま調べてもどこにも売られていません。
仮に買えたとしても、軽く乗用車並みの値がつくのではないでしょうか?
Model 91Aは、学研テルミンminiのモデルとなったことでもわかるように、多くの人がイメージするテルミンの象徴的存在です。
同じボブ・モーグが開発した廉価版"Etherwave"がいくら優れていても、あの薄い筐体を見てテルミンだとわかる人は、一般的に多くないと思います。
これは竹内さんの著書にもあるんですが、「演奏用に購入するなら、最低レベルでEtherwave」というのがこの界隈の常識になっています。
しかしこのままでは、一生この「最低レベル」で終わる人の方が圧倒的に多いでしょう。
そして新商品の開発もないこの界隈では、現時点でEtherwaveこそ新品で手に入る最高級のテルミンでもあるのです。
プロのModel 91Aの演奏を見て「テルミン弾いてみたいな」と思っても、そのテルミンは既に市場にない。
これは普及の面から見るとマイナスではないでしょうか?
どうせなら、これからメディアに出る人は堂々とEtherwaveで演奏して、価値の向上に寄与いただきたいものです。
とか問題提議しながら、THEREMINIを演奏してると楽しくて仕方ないワタクシ。
もともとシンセサイザーが好きなので、エディターで好みの音色に仕上げられるのもたまりません。
クラシック志向派の皆さんには邪道極まりないでしょうが、どうせ少数派同士、仲良くやりませんか?
まあ、やっぱり自分はただのニッチなんだろうな。
テルミンが変わり者の楽器というのなら、それはそれで長く生きる道なのかなぁ。
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