Roland SH-4dを改めてレビューしてみる(追記あり)
今年も残り2ヶ月ということで、ベストバイ商品等を改めてレビューしようと思いたった次第です。
今回は5月に入手した、Rolandのシンセサイザーというかグルボというか、SH-4dでございます。
なんでこんなにあやふやなんだぜ。
在庫不足
今年2月、唐突に発表されてその筋の好事家から「うおおおお」的なリアクションが集まったこのシンセ。
ところが不思議なことに、3月10日の発売直後にあまりレビューが上がらないので、不安のあまりSNSで検索してみたところ、実は本格的に品薄なようで、9月の情報で「12月入荷」という枯渇ぶりでした。
コロナ禍による部品減が続いてるんでしょうか。
僕の場合は発売日に乗り遅れてしまい、ネットショップでもすべて「入荷待ち」。
4月下旬、ダメ元で店頭注文したら、ゴールデンウィーク目前に確保してくれた名古屋の某S村楽器さんにはマジ頭が上がりません。
入手からかれこれ半年経ち、メインマシンとして使っております。
商品カテゴリー
さて改めてSH-4dとはどんな商品かを紹介するわけですが、商品カテゴリーについては製品ページなどで「デスクトップ・シンセサイザー」と書かれています。
また箱には「SOUND MODULE」とあります。
上の画像からもわかるように、確かにデスクトップPCのキーボード並みのサイズで、「DTMのお供に、お茶受けにどうぞ」という感じです。
そしてRolandによる2月23日付けのリリースでは、ちょうど50年前に生まれた国産初の大衆向けシンセサイザーSH-1000にも触れつつ、SH-4dは伝統のSHシリーズの系譜となるアナログライクなシンセサイザー(VAシンセ)であることが記載されています。
SH-4dの特徴のひとつが、方式の異なる11ものオシレーターです。
この記載に間違いはありませんし、それらの音が、パネル上のノブとスライダーで直感的に作り込めるのです。
SH-2をベースとしたパネルデザイン、痒いところに手が届く多数のノブから見ても、由緒正しきSHシリーズの伝統を継承する王道シンセサイザーなのです。
が、このリリースを最後まで読んだ僕には、ちょっとした違和感がありました。
違和感と不可解。
というのも、同じ日に解禁された楽器店やインフルエンサーの書く記事と、ニュアンスが違ってるのです。
われわれが最も興味を惹いたであろう機能について、上記リリースではこの程度しか触れられていません。
そうなんですよ。
好事家が注目したはずの「4パート+リズムパートのマルチティンバー・シーケンサー」について、ほとんど触れられてないんです。
また超多機能なリズムパートに至っては、11あるオシレータのついで、という程度の記載です。
実態に即せば、SH-4dは「すべての音源をフィジカルに弄れる5パートのオールインワンシンセ」と呼ぶに相応しい商品なのに、Rolandは肝心のセールスポイントを隠して単に「シンセサイザー」として紹介しています。
その辺りについて考察しながら、本機を紹介します。
SHシリーズとしての面構え
まず触れておきたいのは外観です。
最初目につくのは、パネルに並んだ多数のノブやボタンでしょう。
まったくシンセに思い入れのない人たちには、まさか楽器とは思わず計測器にしか見えないんじゃないかと。
このパネルデザインの基となっているのは、1979年に発売されたモノフォニック・シンセサイザーSH-2です。
画像は現行商品であるソフトウェアシンセ「SH-2 PLUG OUT」ですが、SYSTEM-1用レイアウトは実機よりSH-4dに似ています。
SH-4dのフロントもフラットなダークグレーの金属パネルなので、よりSH-2の質感に近く感じます。
そしてパーツ、液晶周りのレイアウトは、2019年発売のJUPITER-Xmがベースです。
楽器店で見比べましたが、液晶、ノブ、丸いボタンは同じサイズのようです。
価格差は2倍近い両者ですが、SHとJUPITERのそれぞれの末裔が似たルックスなのは、感慨深いものがあります。
ただし、鍵盤がないことで印象はかなり変わっています。
SHシリーズを良く知る好事家には、こちらの機材の方がデジャブかもしれません。
JUPITERとの差別化
ついでに書くと、前述のJUPITER-Xmも同じ4パート+リズムパート音源です。
決定的な違いは2点。
まずJUPITERで5パートを同時に使えるのはアルペジオのみ。
ただし、4パートをレイヤーしたりスプリットして同時に演奏することは可能。
一方SHでは、それぞれのパートに最大64ステップのシーケンサーがあり、これらをパターンとして管理できます。ただし、レイヤー機能はありません。
そしてJUPITERはZen-Core音源で、同音源搭載のシンセやグルーヴボックスと音色のやりとりが可能です。
またモデル・エクスパンションを入れ替えることで別のビンテージ音源をシミュレートし、各パラメーターはそれぞれの音源ごとに特性が変わります。
これに対してSHはZen-Coreベースと言われるものの、他の機種との音色交換は不可で、Roland CloudやZENOLOGYとの互換性はありません。
さらにオシレータータイプとしてSH-101とJUNO-106があるものの、フィルター以降のパラメーターは全タイプ共通のため、実機をシミュレートするものではありません。
つまりSH-4dは音源的にスタンドアロンということになります。
最高のリズムパート
リズムパートは、ひとつのキットあたり26の音源を持っており、音源は2レイヤー仕様です。
例えばスネアの皮の打音とスナッビー(響き線)を別々に設定したり、TR-909のキックをアタックにして、808キックのリリースを重ねるなんてこともできます。
500近い波形からアサインできますが、ドラムなどのPCM音源以外にも、SEやVAシンセ波形が多数含まれており、しかもレイヤーごとにビッチエンベロープ(AD)も設定できます。
さらに音源それぞれに対してフィルター(一部パラメータ除く)とエンベロープ、レベル、パンといったパラメータをシンセパート同様に設定でき、リバーヴ、ディレイ、コーラスのアマウントも個別に設定できるのです。
これ、単体のリズムマシンとして発売してもいいくらい、めちゃくちゃすごいです。
グルーヴボックスとして
何度も書いたように、SH-4dは4つのシンセパートとリズムパートをそれぞれのプログラムナンバー(キットナンバー)とシーケンスデータ(テンポ含む)をセットにして「パターン」として管理します。
この概念は同社のグルーヴボックスMC-101/707における「シーン」に近いですが、SH-4dでは音色データとシーケンスデータとで別管理となっているのが大きな違いです(後述)。
エフェクトはパートごとのEQとMFX(リズムはキット共通のMFX、楽器ごとにEQ)、パターンごとのリバーブ、コーラス、ディレイ、パターン全体のMFX、そしてシステムCOMPにシステムEQと潤沢です。
MFXは95種類の中から選べ、ほとんどのサウンドメイクが完結できます。
またMCシリーズ同様に、ステップ単位でプロバビリティー(発音する確率)やサプ・ステップ(連続発音)を設定できます。
ただし分解能は最大でScale=1/16Tで、発音タイミングの微調整はできません。
パターンを鳴らしながらパートやリズム楽器を選んで、フィジカルに音色を変化させられるというのが本機の大きな魅力です。
MCシリーズでは任意のパラメーターをコントロールノブに最大4つまでしかアサインできず、また最高峰のFAMTOM(16トラック)よりもノブが多いため、同社製品では演奏におけるアクセシビリティが最も高い機種と言えます。
欠点① 音質と拡張性
ここから本機の欠点を書いていきます。
まず音質については、Zen-Coreを超えるものではありません。
ACB音源(例えばAIRA COMPACT S-1やJ-1)と比べると、音のヌケなどで解像度の低さは否めません。
また新規開発のフィルターにはLPFで音やせを感じることがあり、DRIVEパラメータで補う必要があるように思います。
またオシレータータイプにおけるPCM、リズムパートのPCM音源、ともにクオリティは高くありません。
特にリズム音源については、Zen-Coreに比べてもサンプルタイムが短く、音質の粗さもあって、ひと世代前の機種を思わせます。
またMC-101/707ではWAVファイルのインポートが可能ですが、SH-4dでは現状外部音源の取り込みはできません。
欠点② パターンの保存
パターンをいったん弄ったら、他のパターンを呼び出す前に保存しないと、呼び出し前の動作はすべてクリアされてしまいます。
そこでWriteするわけですが、これがちょっと、というか、わりと面倒な問題があります。
それはシーケンスデータと音色データとが別の領域にあること。
呼び出したプリセット音をちょっと弄った※だけでも、保存したいのならユーザーバンクへのセーブが必要です。
※AMPのレベルとパンは対象外
SAVEメニューで最も使用頻度が高そうなのは、最上段の”Overwrite”ですが、その際フレーズや音色データのリネームを求められます。
呼び出した名のままでよければ、ひたすらOKで進めればいいんですが、トーンを初期化してから作った音は、リネームしないとすべて「INIT VOICE」の名で保存されるため、後々メモリを整理する時に面倒なことになります。
欠点③ 操作をミスしがち
これは②にも関連することです。
パターンモードとトーンモードはボタンひとつで切り替えます。
どちらでもフィルターなどの操作子が弄れるので、没頭しているとモードを失念することもあります。
それゆえどこかのステップを弄ろうとして、あるいはパートの切り替えをしようとして16キーを押した瞬間、パターンモードになっていると、そのキーに対応したパターンが読み込まれてしまい、それまでの操作がすべて台無しになるのです。
このミスを防ぐには、いま鳴らしているのがどちらのモードなのか、しっかり確認する他ありません。
慣れろとしか言いようがないんですが、僕は購入から10日間ほど、結構な頻度でやらかしましたので、購入された方はご注意くださいませ。
それでもSH-4dを推す理由
以上の欠点はあれど、それがRolandが本機を「グルーヴボックス」を銘打たない理由にはなりません。
ひとつには、本機が2019年以降統一されてきたZen-Core互換機ではないことが大きいと思います。
そもそもZen-Coreの核となるZENOLOZYは、VAシンセもPCM音源も扱える4パーシャルの完全無比なシンセサイザーです。
一方で操作はかなり複雑で、ハードウェアですべてのパラメータにアクセスするのは至難の業です。
MC-707はそれが可能なハードウェアですが、メニュー送りの多さもあり、イチから音作りを楽しめるとは断言できません。
SH-4dの音源部にはZen-Coreを部分的に流用していると考えられていますが、シンクやリングモジュレーター、クロスFMではオシレーターを2パーシャル相当に割り切っており、さらにドローイングやウェーブテーブル音源といった新方式を取り入れ、さらにフィルター以降を一元化することで、とっつきやすくなっています。
あくまで邪推ですが、SH-4dはZen-Coreをまるまる4段重ねできるJUPITER-X/Xmより容量が少ない(だから低価格)と考えられ、リズムパート、シーケンス機能、d-motion、アルペジオ機能については、メモリが許す範囲で最大限のサービスとして付けられたものかな、と思います。
それがユーザーや販売店からすると、まったく控え目な仕様ではなかったと。
これが公式リリースとリアクションとが乖離した、最大の理由のようにも思います。
先日発売されたシンセサイザーGAIA 2もZen-Core派生音源のようですが、モデル・エクスパンション対応という形でRoland Cloudとの連携は持たせています。
またマルチティンバーではないことなど、SH-4dとの差別化も図られているのが興味深いポイントです。
音質についてもあれこれ書きましたが、実際に本機だけでパターンを作り上げていくと、不思議なほどに統一感があり、むしろスタンドアロンで楽曲を完成させたくなるのも事実です。
この曲は「ボカコレ2023夏」用に作った曲ですが、オフボーカルトラックはSH-4dだけで作っています。
フレーズ作りで操作に慣れてくると、浮かんだアイディアを素早く投入できるようになり、このトラックも実質3日ほどで完成できました。
IDMやドラムンベースなどのように、あえて粗い音像を狙う曲調であれば、案外最適解かもしれません。
生楽器のシミュレートはまったくというほどできませんが、シンセサイザー特化型のグルーヴボックスという観点では唯一無二なSH-4d。
やはりどうにもたまらない魅力があります。