上海に来た意味
早いもので年の瀬がやって参りました。
今年は誰にとっても激動の1年だったろうな。
そんなことを思いながら来年のことに思いを馳せる。
来年が来ると、来年の夏が始まるころになると、丸5年になる。5年になってしまう。
なにが?
日本に戻ってきて、5年になる。なってしまうのです。
長いこと上海に住んでいました。
5年半くらい?
他にも北京や大連にいたことがあるので中国はトータル7年くらい住んだことになります。
最後に住んだ中国は上海。
よく聞かれるのだけど、なぜ上海に行ったかというと自分で好んで行ったわけではない。
他に行くところがなかったから行った、という感じ。
それがまさか、こんな5年も住むことになろうとは。
感情を味わって味わって味わい尽くさないと次のステージには行けない。
自分を満足させないとその感情に飽きることがないからだ。
その意味では上海に、中国に、というか、逃げることに飽きた。
後ろ向きだろうと前向きだろうと全力を尽くしてやりきらないと次のステージには行けない。
諦めが悪くて、しぶとかったからこそ時間もかかったけどようやく中国という逃げ場所へ、後ろ向きに逃げ込むことに飽きることができた。
しばらくの間、かくまってくれた中国に感謝。
そんなこんなで5年も上海にいてしまった。
来年、その上海の時間を日本が超す。
その事実に静かにごくりとつばを飲み込む。
あんなに嫌がってたのに、帰ってきた当時は慣れることができなくてどこに行くにも不機嫌になっていたのに。
今や何も考えずにすらすらと道を歩き電車に乗り、なんならお気に入りの店だってできてしまった。
あんなに嫌だった日本に住み慣れて、上海にいた時間より長く過ごしてきてしまった。
上海に行った意味を取りとめもなく考えながら、うまいこと当てはまる言い訳を頭の中で組み立てては壊す。
答えは見えているはずなのに、消化できない思いを持て余して年末の日々を送っている。
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