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8月のShhh - ただ居ることの演出法

当事者性やエンパシーという言葉を耳にすることが増えてきた昨今、8月は「ただそこに居る」という表現の仕方に触れられる作品に出会いました。

そこにあるがままを肯定するという態度や行動を、私たちが本当にできていることはいったいどのくらいあるのだろう。

Shhhの定例会で共有された「静謐で、美しいもの」を、月ごとに編集・公開する企画「Shhhで話題になった美しいものの数々」。今月もどうぞお楽しみください。

静かに強く肯く(うなづく)こと

ケリー・ライカート監督のキャリア初期の傑作4本を一挙公開する特集上映「ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ」が、シアター・イメージフォーラムで開催されていた。

ライカートの作品は描く対象との距離感が印象的で、同時期に上映されていた『17歳の瞳に映る世界』のエリザ・ヒットマン監督にも通ずるものを感じた。

シビアすぎず、扇動するでもなく、痛切な共感や同情でもなく、ただただ肯定し、真摯で、静かな強さを感じさせるライカートとヒットマンの演出法にとても興味がある。

僕らが仕事でインタビューやリサーチで対象への共感や理解に努めるそれとは、どんな決定的な違いがあるのだろう。

🎥 映画『17歳の瞳に映る世界(原題:Never Rarely Sometimes Always)』/監督・脚本=エリザ・ヒットマン, 2020, アメリカ

予期せぬ妊娠をした17歳の女の子が、中絶に両親の同意が必要な地元の州を出てなんとかしようと従姉妹と旅に出るロードムービー。原題「Never Rarely Sometimes Always」は、診療での設問の言葉――医師からの説明に対する返答の選択肢である。

「男だったらと思うことは?」という問いへ「いつも」と答える主人公の返事が頭にこびりついて離れない。エリザ・ヒットマン監督は、作品を通じ中絶にまつわる問題について何か声高に糾弾するわけでも、答えを出すわけでもない。ただただ彼女たちを肯定し、そばに居続けている。台詞や扇動を排し、彼女たちのそばで見守り続けるその一貫した姿勢は、今年観た作品の中でも突出した真摯さだった。

「5月のShhh」で紹介した『海辺の彼女たち』(監督は男性)ともテーマは重なるし題材へ臨む態度も近しいが、女性監督であるゆえか、その寄り添い方の度合いには違いがある。同性同士だからこそ呼び寄せ合う力の切実さと親密さ、そして冷静な目線と静かな強さ。

🎥 特集上映「ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ」

ケリー・ライカート監督は、米国フロリダ出身で、コロンビア大学、ニューヨーク大学等で教鞭を執った後、現在はバード大学でアーティスト・イン・レジデンスとして在籍している現代アメリカ映画における注目作家の一人。

一見するとロードムービー的、犯罪映画的、西部劇的といったジャンル的な設定を入り口にしながらも、見過ごされた者たち側の小さな抵抗を通じ、真逆の視点から語り直す作風が特徴的。このライカート監督の目線には、特別な輝きを覚える。

ライカートの作品は、ファインダーを通じた観察者の目線を感じない。対象へ歩み寄るでも、寄り添うでもない。なんというか「斜め後ろに居る、見えない当事者」のような気配をどの作品からも感じる。描いていく対象に対し、どんな理解の深め方をするとこんな「同化」が出来るのだろう。

自ずから然らしむままに受け取り、提示する

🏛 展示「自然が彩る かたちとこころ」展示作品 『秋草に兎図襖』/酒井抱一, 2021, 三井記念美術館

「自然」は、美術においてどう表現されているのか。「自然のすがた」をテーマに、三井記念美術館コレクションから東洋・日本美術の名品を選りすぐった展示。

そのなかでも特筆したいのは、江戸時代後期の琳派の絵師・俳人である酒井抱一による『秋草に兎図襖』(上記リンク先の8枚目)。「雨風」がテーマでありながら、それは筆では描かれていない。斜めの木目によって「工芸的」に表現されているのだ。本当に描くべき対象は描かず、受け手に想像と解釈を委ねる。それを河合隼雄は「中空構造」と呼んだが、この中空こそ、表現において深めるべき美意識のエッセンスでないかと最近とみに感じている。

🏛 展示「イサム・ノグチ 発見の道」展/ 2021, 東京都美術館

彫刻や舞台美術、プロダクトデザインなどさまざまな分野で創作活動をし続けた、20世紀を代表する芸術家イサム・ノグチ。彼の晩年の石彫作品はどんな過程を経て生まれたのか、その足取りを辿る展示。「彫刻と空間は一体である」というイサム・ノグチの思考に合わせた、3つのパートで構成されている。

特に晩年の作品『石の庭』は、自分の内なる声を作品化するのではなく、作為性を削ぎに削いで、石の声を聴き、そこに命を宿らせようとした鎌倉時代の名著『作庭記』の一節にある、「石の乞はんに従え」の言葉をつい思い出した。

ちなみに、イサム・ノグチは、彫刻自体は彫刻家に依頼し、自身はディレクションをしていたという。まるで料理人(イサム・ノグチ)が食材(石)を見立てるような姿勢は、「7月のShhh」で展開した書籍『料理と利他』に通ずる。

2021年秋のプレイリストができました

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Shhh inc.では私たちの印象やトーンといった情緒的価値を表すためにプレイリストを定期的につくっています。デザインが言葉になる以前のもっと感覚的で不確かなものを、音楽の持つ風景に託しています。もしこのプレイリストにお気に入りがあれば、きっと私たちが目指すデザインへも共感してもらえるでしょう。

写真 = 吉田周平

その他、話題にあがった作品

▼書籍
・『TSUYOSHI TANE Archaeology of the Future』/著=田根 剛, 2018, TOTO出版
・『三体』/著=劉 慈欣, 訳=大森 望, 光吉さくら, ワン・チャイ, 監修=立原透耶, 2019, 早川書房

▼展示
・「包む 日本の伝統パッケージ」/岡 秀行, 2021, 目黒区美術館

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以上、8月にShhhで話題になった「静謐で、美しいもの」でした。

編集 = 原口さとみ



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