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11月のShhh - からだと本

風邪をひいてしまい、先月から咳が止まらなかった。疲れを回復したり、からだを癒すこと以上に大切なのは、そもそも風邪をひくほど疲れないようにすること。ボディケアの実用的な知識を期待して手にとった本から、足を運んだいくつかの映画まで。共通して見えた関心軸は「意識する」「貫く」といった信じる力だった。

Shhhの定例会で共有された「静謐で、美しいもの」を、月ごとに編集・公開する企画「Shhhで話題になった美しいものの数々」。今月もどうぞお楽しみください。

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からだを知ることは自分を知ること

📕 書籍『皮膚感覚と人間のこころ』(著=傳田光博、2013、新潮選書)

人体で最大の面積・重量を有する臓器である皮膚は、身体全体を覆う皮膜、自他の境界としてあるだけでなく、皮膚それ自身が感じ、考え、情報処理を行う1つの器官である。様々な研究結果とともに皮膚とは何かを教えてくれる一冊。

皮膚の情報処理には、触覚・温度感覚のみならず、光や音にも反応している可能性があるといい、言語が生まれる以前は人間のコミュニケーションを司っていたのではないかとも投げかける。

三島由紀夫、安部公房、萩原朔太郎、リルケ、ヴァレリー、トーマス・マンなど文学から引用された皮膚感覚に関する考察も面白く、文章も力強く美しい。

📕 書籍『からだのためのポリヴェーガル理論』(著=スタンレー・ローゼンバーグ、訳=花丘ちぐさ、2021、春秋社)

「自律神経」というと、交感神経と副交感神経がそれぞれ覚醒状態とリラックス状態を担っているというのは有名な話。本書では、近年明らかになってきている「迷走神経」という全く異なる3つめの神経回路にアクセスすることで、身体の回復を促せるという「ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)」についてエクササイズと合わせて展開している。

“筋肉”へアプローチする指圧・マッサージやストレッチとは全く異なり、“神経”へのアプローチは強く押したり力をかける必要がなく誰でも手早く簡単にできる。手軽にセルフ施術することで、自律神経の正常な働きを取り戻し、多くの病気の根源を改善することができるのだという。

後半で紹介されるエクササイズが本当に簡単にできるうえ「この動きをするとあくびが出ます」と書かれている動きをすると、身体がゆるむのか本当にあくびがでるから驚く。

📕 書籍『疲れない身体をいっきに手に入れる本』(著=藤本靖、2012、さくら舎)

ボディワークの国際的な認定資格である「ロルフィング®」の技術をもつボディワーカーの著者が、視覚や聴覚などの知覚(身体のセンサー)をどのように使うと身体のコンディションを良くできるかを説いた本。立ち方、座り方から、パソコンの使い方や、人と会うときの距離感の取り方まで、身体が楽になる知覚の使い方が書かれている。

ストレッチや筋トレのような身体を動かすエクササイズと違い、どのように身体を意識するかが書かれた本はこれまで読んだことがなく新鮮な発見があった。こういう知識をほとんど知る機会がないのはどうしてだろうと思う。例えば小学校の体育の時間も身体を動かすことだけじゃなく、こうしたことを学んだほうが生きていくうえで役に立つのでは。

共有すること、共存すること。

📗 書籍『パトリックと本を読む:絶望から立ち上がるための読書会』(著=ミシェル・クオ、訳=神田由布子、2020、白水社)

著者はハーバード卒のエリートクラスの台湾系女性。ロースクールに入るまでの2年間、アメリカ南部の最貧地域でボランティアの教師活動をした彼女が、読書会を通じて劣悪な環境で育った黒人の生徒たちと向き合ったドキュメンタリー。

「本を読むと、人の心が聞こえてくる。」彼女はそう言い、生徒たちに読書を勧める。学ぶことの理由を誰からも教えられず、未来を諦めることを当然としている彼らとエリートクラスである彼女。その極端な違いを「本を読むこと」を通じて、徐々に距離を近づけていくさまは印象的だ。

そしてボランティアを卒業しロースクールに入った後に受ける、当時の生徒パトリックが人を殺めてしまったという報せ。

彼女は、拘置所にいるパトリックともう一度本を通じて対話を進める。その過程を繰り返し、内省していくことでパトリックが最後に書く、彼の小さなこどもへ宛てた詩のなんという美しさ。愛のすがたとは、こうして言葉へと宿っていくのか。その過程をパトリックと彼女を通じて教えてくれる本だった。

📗 書籍『モンテレッジォ小さな村の旅する本屋の物語』(著=内田洋子、2018、方丈社)

イタリアの権威ある書店賞「露店商賞(Premio Bancarella)」発祥の地は、イタリア中部トスカーナの山奥のモンテレッジォ村にある。その地にはかつて、富山の薬売りならぬ、イタリアの本売りがいた歴史があるという。イタリアから数々のエッセイを届ける内田洋子のジャーナリストの側面が存分に発揮された、埋もれていた本の流通の歴史を掘り起こしたノンフィクション。

15世紀頃から、モンテレッジォ村では売るものがなく、農産物や薬を行商するように“本”を行商する村人たちがいた。彼らは山奥にある村から大量の本を抱え、山を越え、街道を歩き、各都市へ本を運び、市場で本を売っていた。やがて、彼らはただ売るだけでなく、本の目利きとなり、希少本の流通を支え、作家や編集者へのアドバイスも行うようになった。

その行商人たちの子孫は、イタリアの各都市で今も本屋を営んでいるという。本を愛する人にとって胸熱の一冊。

今月の映画

🎥 映画『スイート・シング』(監督・脚本=アレクサンダー・ロックウェル、2020、アメリカ)

https://youtu.be/hDxqVhCpO0w

「世界はとても悲しい。でも、幸福な1日はある。その1日がずっと長く続きますように」。

そんな想いを、世界を、子どもたちを通じて感じようとしたインディー作品。監督は、ジム・ジャームッシュらと共にアメリカインディー映画の雄といわれるアレクサンダー・ロックウェル。主人公の姉弟は監督の実の子どもたち、撮影クルーは監督の大学院のゼミ生、資金はクラウドファンディング&自己資金という、出演も撮影も全部セルフの製作だという。

子どもたちへの「幸せになってほしい」という願いが宝物のように優しくキラキラと光り、全てのシーンが愛おしい。

🎥 映画『ボストン市庁舎』(監督・製作・編集=フレデリック・ワイズマン、2020、アメリカ)

https://youtu.be/gpSfUIJD9HI

警察、消防、保健衛生、高齢者支援、出生、ホームレスの人々の支援、同性婚の承認など、数百種類ものサービスを提供する市役所の仕事の舞台裏を、御年91の巨匠フレデリック・ワイズマンが映し出した、4時間半に及ぶ長編ドキュメンタリー。

舞台は、ワイズマンの故郷で、市民の半数以上を有色人種が占めるボストン。移民のルーツをもち労働者階級出身の市長をはじめ、職員たちが課題解決のために市民との対話を重ね続け解決に向かおうと奮闘する。民主主義を信じ保とうと努力する彼ら行政人の誠実さとは、現在の新しいヒーロー像を指し示すものでないか、そう伝えているように感じる。

トランプ政権であった撮影時を考えると、ワイズマンによる“民主主義賛歌”とでも言いたくなるほどの静かな情熱にあふれた、『ニューヨーク公共図書館』や『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』から連なる近年のワイズマンの集大成的作品と言える。行政へ関わるあらゆる方へのリスペクトと、「自治」が持つ意義に改めて意識を向けさせてくれる作品。

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以上、11月にShhhで話題になった「静謐で、美しいもの」でした。

編集 = 原口さとみ

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