バビロフのパラドックス
Valentin Fabrikant "Quant"、No.1、2020より翻訳
この記事の初出は、”Quant”、No.2、1971年です。
幾何光学では、有限の断面を持つ平行光線ビームの概念が、しばしば実り多い形で使用されます。また、干渉などの波動現象の理論でも、多くの場合、この概念を使用することができます。有名なソビエトの物理学者S. I. バビロフの本(1950)「The Microstructure of Light」には、この意味で非常に有益な光学のパラドックスが分析されています。
干渉パターンのエネルギーがどのように見えるか、ちょっと思い出してみましょう。私たちが知っているように、干渉は振動の重ね合わせです。
電場と磁場は波動的に変動しています。この波動は、時々刻々、空間のあらゆる点の電磁場のエネルギーを決定します。電磁波はエネルギーを運び、そのエネルギー流れの密度は、単位時間あたりに単位表面を流れる場のエネルギーのことです。
波動は、振幅と位相によって特徴付けられます。2つの光ビームの位相差が常に同じである場合、コヒーレントビームと言います。
2つのコヒーレントビームの重なりで生じる干渉パターンでは、光エネルギーの空間的な再分配が見られます。明るいストライプでは、エネルギーは重ねられたビームのエネルギーの合計よりも大きくなり、暗いストライプでは少なくなります。明るいストライプの過剰なエネルギーは、暗いストライプのエネルギーの不足によって補われます。干渉パターン全体に分散される総エネルギーは、2つの干渉ビームのエネルギーの合計に正確に等しくなります。
図1は、干渉パターンのエネルギー流れの密度が、それが観察される画面全体の変位に依存していることを示しています。この画像は、等しいエネルギーの2つのコヒーレントビームを重ねることによって得られました。水平の破線は、積み重ねられたビームのエネルギー流の密度の合計を表します。この線より上の曲線の部分は明るい干渉縞に対応し、破線より下の曲線の部分は暗いものに対応します。干渉パターンに分布する総エネルギーは、破線で均されます。破線の上下の変動分はまったく同じで、自然の厳格な要件-エネルギー保存の法則-は満たされています。(図1)
ここで、S.I.バビロフによって語られたパラドックスに目を向けましょう。それぞれ幅aで、小さな角度αで交差する2つの完全にコヒーレントな光線を想像してみてください。ABCD領域内で干渉が発生します(図2)。
干渉パターンを観察するために、描画面に垂直で、点AとCを通過するスクリーンを設定できます。干渉パターンは、ポイントAからポイントCまで画面を埋める直線的な交互の明るいストライプと暗いストライプで構成されます(図3)。
干渉パターンのエネルギー流れの密度の分布は、図1のグラフに対応します。両方のビームの振動の初期位相が同じである場合、1番目と2番目のビームの光波の位相差は直線BDはゼロに等しくなります。したがって、中央の明るいストライプに対応します。隣接する暗いストライプの中央では、位相差はπに等しくなければなりません。つまり、両方のビームの振動は逆位相(強度が打ち消し合う)である必要があります。位相差Δφは、両方の波の経路差ΔLを、波長λで割り、2πを乗じたものです。
Δφ =2π (ΔL /λ) (1)
例えば、波が通過する経路長の増加がλなら、2πの位相遅延に対応します。式(1)から、干渉パターンの中心に近い暗いストライプの中央では、ΔLがλ/2 なので,Δφ=π となることがわかる。
点Aでの経路差を計算しましょう。平行ビームは、ビームの方向に垂直な平面波の流れと見做せます。図2には、点Dを通る第1のビームの波面(等位相面)の1つA’Dが描かれています。第1と第2のビームが、D点に到達するまでの経路は同じです。第1のビームが、点Aに到達すると、経路長A′Aだけ変化します。同じくDを通過した第2のビームの波面は、経路長DAだけ変化します。結果的に、両経路長の差は;
ΔL=DA-A'A=a((1/sinα) ー(1/tanα))=2a(sin(α/2))^2/sinα (2)
[C点に関して同じ考察をすると符号が逆になることは明らかです]
それでは、角度αを小さくしていきましょう。αを十分に小さくすると、ΔLをλ/4にすることができます。
[訳者注)π/2>α>0で,a>ΔL>0ですから,ΔL=λ/4,つまりtan(α/2)=λ/4aとなる適当なαがありそうです.αが十分小さければ,α/2=λ/4a,つまり,2α=λ/a]
このとき、領域AC全体が1つの光の干渉縞で満たされます。
[訳者注)点Dと点BでΔL=λ/2になる]
そのため、領域内のあらゆる場所で、交差した2本のビームのエネルギーの合計よりも大きなエネルギーが得られます。ダークフリンジが全く存在しないので、ダークフリンジの形成による補償はありません。あるいは、初期の位相差がπの状態でビームを交差させることで、いわば負の結果を得ることになり、AC領域が暗い干渉縞で埋め尽くされます。1つ目のケースでは、増加のエネルギーがどこから来るのかが明確ではなく、2つ目のケースでは、エネルギーがどこに消えるのかが明確ではありません。
どちらの場合も、エネルギー保存の法則と矛盾しています。明らかに、私たちの推論にはある種の欠陥があるので、自然の基本法則の1つと矛盾しました。ここで何が問題なのかを理解するために、ΔL=λ/4の場合に、式(2)を書き下し、角度αの小ささを利用します(小さいαの場合はsinα≈α)。以下では、角度αが実際に非常に小さいことを示します。
λ/4=2a(α/2)^2/α=aα/2 (3)
α =1/2(λ/a) (4)
a = 1 cm,λ= 5・10^-5 cm を入れると,α= 2.5・10^-5 ラジアンを得ます。(4)から、ビーム間の角度が波長とビーム断面積の値の比のオーダーである場合、エネルギー保存の法則に問題が生じることがわかります。
パラドックスの解決策は、そのような小さな角度では、理想的な平行有限断面ビームの概念を使用することができないとすることです。
回折現象のため、ビームのサイズを制限すると、必然的に発散ビームへの変換につながります。ビームの発散角は式(4)だけで決まります。この場合、当然、ビームが交差する角度は、交差するビームの発散角のオーダーの精度でのみ決定することができます。
回折現象がまだ発見されていなければ、エネルギー保存の法則と式(4)に基づいて、その存在を推測するだけでなく、回折角の値を規定する基本法則を示すことができたはずです。これは、物理学における保存則が常に信頼できるガイドとして機能することを示す良い例です。
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