回映軸の発見
回映軸と対称心
1点を不動とする(特異点をもつ)ような対称操作(対称要素)の組み合わせで定義される群を点群と呼びます.そのような対称操作には,回転対称操作,鏡映対称操作,対称心(反転操作)が知られています.
実は,これらに加えて,回映操作という対称操作があるのです.
ここで述べるのは回映操作についてです.
偶数辺の正多角形(例えば,正方形)で,その内部に傾斜した正方形を描き,エッジを交互に上側,下側に折ります.
この図形には,正方形の中心を通り正方形面に垂直な2回対称軸2があります.この軸で図形を回転すると1回転するうちに,図形の完全な一致が2回起こるので,この図形は2回対称です.この図形には対称面はありません(確認しましょう).しかし,この図形を,上方から見た図形と,下方から見た図形に,違いは全くありません.このことは,この図形には,まだ知られていない新しい対称要素があることを示唆します.つまり,上方に曲げた部分と,下方に曲げた部分とを一致させ,正方形面を非極性にするような対称要素があるはずです.
この新しい対称要素を回映対称軸~n[~はnの上にかぶせて表記されます]といいます.先の図形では回映対称~4があります.この回映軸は,2回軸の方位と一致し,図形をこの軸で1回転の1/4だけ回転した図形は,元の図形に対し水平面を鏡とする鏡像になっています.(正方形の上向きのエッジは,元の図形で,下向きエッジの上に配置されています)
回映操作に付属する鏡映面は,回転軸に垂直で正方形の曲げられていない部分の平面と一致します.この平面内で鏡映させ,続けて,回転させると元の図形に一致します.しかし,誤解してはいけないのは,回転と鏡映の連続操作の結果が1つの回映操作で,回映操作の回転と鏡映はそれぞれ分離できる操作ではありません.
ちょっと考えると,回映操作~nのnは偶数でなければいけないことがわかります.そして,回映軸~nの位数は,単純な回転軸nの位数と同様にnになります.
特に興味深いのは,回映軸~2(n=2のとき)の特殊性です. この対称要素だけを持つ図形の例は,対向する辺が反対方向に曲げられた平行多辺形です.
このような図形の顕著な特徴は,対称心が生じていることです.対称心-1[-(バー)は,1の上にかぶせて表記します]があるということは,回映軸~2が存在することと同値なので,~2=-1が成り立ちます.
~2(180°回転し,引き続き回転軸に垂直な面で鏡映させるという複合操作)は, 反転-1と呼ばれる単純な操作に置き換えることができます.
例えば,平行6面体を例にとってみましょう.この図形は,すべての頂点が,幾何学的に反対側に同等の頂点を持っているので,対称心があります.
辺や面上の各点は、反対側の辺や面上に相当するものをもっています.
もし,この図形に対称心があったとすると,上面の矢印が右に向いているとすると,反対側の面には,同じ大きさで平行で左向きの矢印があるはずです.2本の平行で反対向きの線を反平行といいます.直線の反平行性は,対称心を有する物体の特徴の一つです.
もし,対称的な図形や物体で,等価な対応する線分が,平行で同じ方向を向いていることを何らかの方法で示すことができれば,その図形や物体には対称心がないことがわかります.
平行6面体の面を考え,任意の3点をとって3角形を定義します.この3角形の外側を黒く着色し,内側は未着色にします.もし,この図形に対称心があれば,反対側の面にも同じような三角形があるはずで,それも外側だけが黒く着色されています.
直線のセグメントとの類似性から,色をつけた3角形を反平行と呼び,反平行の概念を平行平面にも拡張しましょう.反平行面は,その等価な辺が反対方向に向いていることがわかります.
回映軸~nのn=∞という極限の特性は,まだ考察していませんでした.回映軸の定義に立ち返ると,回映軸~∞を持つ図形は,無限に小さい角度で回転した後,この回転軸に垂直な平面での鏡映で,自分自身と重ならなければなりません.これは,この図形は,回転軸に垂直な平面の鏡映のみで自分自身と一致することで,回映軸~∞は通常の対称面(鏡映面)に帰着します.
ひるがえれば,回映軸~∞だけがあり,他の対称要素がないような図形は存在しないことになります.また,回映軸~∞があると,対称心-1が存在することも容易にわかります:~∞=-∞=∞:m .
(この記号にある: は,軸∞に垂直に平面mがあることを意味します)
対称心-1のみが存在する図形の代表的なものは斜方平行六面体で,このような対称性は,自然界では結晶でのみ見られます.例えば,溶液から成長した硫酸銅の見事な青色の結晶などです(図左).
このような「斜め」の形に,建築や彫刻で出会うことはほとんどありません.それゆえに,人間活動のこれらの分野で,対称性-1を見出すことはほとんどありません.この種の対称性は装飾にもほとんど使われていません.それは絵画芸術が平面のみを対象としているのに対し,対称心には2つの(鏡像の)等価な面が必要だからです.
さらに,このタイプの対称性の高位数の形~4と~6もあまり出現しません.ただし,~6=-3でもあります.
興味深いことに,19世紀半ばから20世紀初頭にかけて書かれた物理学の大著は,対称性の研究に特別な章を割くこともありましたが,ほとんどいつも同じ間違いを犯していました:結晶の対称要素を列挙する際に,回映軸を省いていたのです.正しくは,カルシウム・アルミノケイ酸塩Ca_{2}Al_{2}・SiO_{7}には,~4があり,貴石のフェナサイトには~6(図右)があります.フェナサイトとはBe_{2}SiO_{7}で,ブラジルやウラルで産する美しい貴石でパワーストーンとしても人気があります.