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スペースMt.9000回

“スペースMt.は暗闇をハイスピードで9000回急上昇急降下急停止するジェットコースタータイプのアトラクションです”

もし本当ならすごい速さだろう。
ジェットコースターの概念を塗り替える。
聞き間違いなのは分かっている。
あと”マウンテンとは何か”みたいな哲学も投げかけられている気がする。

その昔デートで乗ったときのことを思い出した。
たしか夏で、ぴちぴちのポロシャツをきて、ゆるゆるのカーゴパンツを履いていた。同様に当然ゆるゆるのポッケにはWILLCOMが入っていた。WILLCOMは2000年頃、当時のカップルが狂ったように連絡を取り合うための必須アイテムだ。調子に乗ってキャリア携帯で通話しまくると、あっという間に無料通話が無くなって、信じられない通話料金の請求がくることになるので、回避するためにこれを使う。
特に会話もなければ次の話題を探るでもなく、かといって心地よい沈黙というわけでもない無限とも思える暗闇にも似たあの空間で、ただただ同じ時の流れの中にいるというハイティーン特有のココロコネクト。はゎゎふたり気持ち繋がり体験みたいなセロトニン案件と同時に積み上がっていく通話料スリルのコルチゾール案件。これが僕らのスペースマウンテン。
ちなみにあの頃はインターネットも電話線を使って通信していて接続時間によって通信料が加算されていく仕組みだった。時間と通信と金。自分の情操教育の主たる部分はWILLCOMとともに育まれたと言って差し支えないかもしれない。おかげで今でも居酒屋や床屋の予約でほんの一瞬電話をかけるときすら少し緊張する。ケチなのだ。
そのWILLCOMには、お腹に虹のイラストが描かれたイカれたクマのぬいぐるみタイプの本体より倍ほどデカいストラップがお揃いで付けられていて、ポッケには収まらないので常にぶら下げていた。もはや常軌を逸している。そしてスペースマウンテンが走り出すと、がたんごとんの揺れに合わせて軽快かつ不規則にぺこぽこ太ももやらひざやらにそのクマが激突していた。
すると、わりと序盤の3000回目くらいの急上昇急降下急停止のころにポッケからWILLCOM(というかクマ)の気配がなくなるのを感じた。大事な必須アイテムのWILLCOMが失われた焦りと、他のお客さんへの被害の危惧、ゆるゆるのポッケへの憤りなどにより、残りの6000回はほとんど味のしないマウンテンを過ごした。
「あーぁ、どうすんだよ。WILLCOMもイカれクマも失った。正直クマはどうでもいいけど。当分通話どころかメールすらままならんのかぁ。ポロシャツ見習ってズボンもぴちぴちにしとけばこんなことにはならなかったの、はぁあつ!!クマェ!いるっ!ああえ!すごい!スペースマウンテンの床滑り止めみたいになっててキュってWILLCOMがキュってして。いる!!よかったぁ!」
明るくなった足元を見ると、デカすぎて引っかかっているピンクのイカれクマの焦点の合わない目と目があって、それが転がっていた。
別にどうでも良いとか言ってごめんね。

今では当然のようにタダで通話ができるようになってWILLCOMは自分の周りからどこかにいってしまった。ビデオ通話で顔まで見られちゃったりして。
ラジオからは近々スペースマウンテンがなくなるというニュースが聞こえてくる。よくよく聞くとなくなるのではなくてリニューアルして戻ってくるらしい。なんだよ戻ってくんのかよ。

約30年間、年間300日程度稼動したとすれば9000回以上あの暗闇の狂騒の日々が繰り広げられた計算だ。アナウンスもあながちただの聞き間違いではなさそうにすら思えてくる。
スペースマウンテンがリニューアルしようがしまいがお構いなしに、今日も世界に星の数ほどいる無言の恋人たちはそれぞれのスペースマウンテンを駆け巡る。

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