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サラ・ハーディングの生涯を振り返る

今日9月5日はサラの命日。
ガールズ・アラウドで華々しく活躍し解散後もソロキャリアを順調に築いていましたが、乳がんにより39歳の短い人生を終えました。
日本のニュースサイトではサラの乳がんについてはたくさん書かれていますが彼女の生涯についてはほとんど書かれていないので、サラの事を少しでも知ってほしいと思いこの記事を書きました。

幼少期から学生時代

サラ・ニコル・ハーディングは1981年11月17日、イギリスのアスコットで誕生しました。
ミュージシャンの父、ジョンの影響で幼い頃から音楽が大好きで将来は絶対歌手になると決めていました。
ロック少女で好きなミュージシャンはブラーのデーモン・アルバーンやオアシス。
子供の頃ADHDと診断され学校を転々とする不安な学生時代を過ごしていたようです。
サラはピザハットやバーテンダー、小型トラックの運転手などかけもちしながら働いたり友達と『プロジェクト・G』というグループを組んだりしていつか歌手デビューできる日を夢見ていました。

Young Sarah

ガールズ・アラウド時代

そんな中サラに歌手デビューのチャンスが巡ってきました、『ポップスターズ:ザ・ライバルズ』のオーディションです。
サラも早速応募し、持ち前の明るさや力強いボーカルで審査員や視聴者から支持されていきました。
敗退していく少女達の分まで大泣きしたり合格したメンバーを祝福したりするなど情に熱い所もサラの魅力として映りました。
番組内で最後に合格者の名前を呼ばれた時には号泣し観ていた人達ももらい泣きしました。

Popstars: the Rivals

サラはデビューしてからその頭角をメキメキと現していきます。
彼女のエッジの効いた歌声が重宝されデビュー曲『サウンド・オブ・ジ・アンダーグラウンド』をはじめ数々の曲の歌い出しを担当し高音パートを得意としていました。
また彼女が一番輝いていたのがライブで、観客を煽ったりMCで皆を盛り上げたりとムードメーカーとしての役割も果たしていました。
レコーディングではアドリブ禁止とされていたためライブはサラが自由に歌い騒げる場所もありました。
サビでハモったり歌い慣れてる曲に色んなアレンジを加えたりとサラが好き勝手にすればするほど最高のライブになっていきました。
『ロング・ホット・サマー』のMVで振り付けを間違えたり車番組『フィフス・ギア』でうっかり車をぶつけたりするお茶目な一面も。

Tangled Up Tour

運動が得意なサラは番組内でポロに挑戦したりツアーで唯一ポールダンスの大技を成功させたりするなど体力勝負には積極的に挑戦していきました。
解散後も体操番組『タンブル』やスキー番組『ジャンプ』にオファーされるなど運動神経の良さとチャレンジ精神を高く評価されていました。

寂しがり屋で誰よりもガールズ・アラウドが大好きだったサラ。
シェリルと『ザ・ラヴィング・カインド』でのツインボーカルでアイコンタクトしながら歌ってたのが印象的で解散後もよく会ってたようです。
我が強いでおなじみのナディーンもサラには懐いていました。
キンバリーとは同い年で『サムシング・ニュー』ではハイタッチをするのが風物詩でした。
またキンバリーはサラの闘病中に第三子を妊娠しましたがそれを伝えていいのか悩んでいました。
しかしサラはキンバリーを祝福し、最後にキンバリーと会った時に子供達とも対面し生まれたばかりのネイト君を抱っこしたそうです。
ニコラとはよく2人でイベントに出演しておりニコラがファッショニスタとしてブレイクした時はフロントロウで2人仲良く鑑賞していました。

2009年ブリット・アワードで念願の受賞を果たした時スピーチで簡潔に"It's about TIME!!"と叫んだのは同授賞式の歴史に刻まれています。

Brit Award Speech

私生活

パーティーガールと評され派手なイメージを持たれがちなサラですが家では料理や乗馬、読書を楽しむカントリーガールな一面もありました。
料理の腕前は『セレブリティ・マスターシェフ』で披露しています。
また愛犬家でもあり特にフレンチブルが大好きでした。
その影響もあり子犬達を劣悪な成育環境から救う『パップ・エイド』、病気やケガが原因でホームレスとなった動物を保護する団体『ブルー・クロス』が主催するイベント『パウズ・フォー・ティー』に参加するなど動物のためのチャリティ活動を積極的に行っていました。
サラは犬好きが高じて愛犬をイメージキャラクターにしたブランド『ヨギ』を立ち上げて帽子などのグッズも作っていました。

Sarah at Pup Aid

派手なイメージを持たれがちなサラはマスコミからある事ない事書かれたりリリー・アレンの誹謗中傷の標的になったりするなどメンタルを傷付けられる事も多々ありました。
ガールズ・アラウド再結成前には鬱とアルコール依存症の克服のためリハブ施設で療養していました。
復帰後のテン・ツアーでは穏やかな表情を見せておりファンを安心させました。
ちなみにリリー・アレンの標的になった時はシェリルが激怒し相手が泣くまで激詰めしました。

Sarah and Her Dogs

ソロキャリア

解散後は主に俳優業で活躍しました。
長年続く人気ドラマ『コロネーション・ストリート』にゲスト出演したりミュージカル『ゴースト』ではヒロインのモリーを演じたりしました。
またガールズ・アラウド時代にカメオ出演した『聖トリニアンズ女学院』の続編に出演し、コリン・ファースやジェマ・アータートンなどイギリスを代表する俳優達とも共演しました。

Coronation Street
Ghost the musical
St.Trinian's 2

2015年には『スレッズ』で待望のソロデビューを果たします。
この頃にはプライドイベントへの出演も増え歌手としてのキャリアも充実してきました。

Threads

2017年にはテレビ番組『セレブリティ・ビッグ・ブラザー』で優勝しましたが、その後表舞台から姿を消しました。

Celebrity Big Brother

乳がん公表

SNSの更新も途絶えサラが病院通いをしていると噂になったため、様々な憶測が飛び交いました。
関係者が「サラは元気です」と反論しましたがとうとうメディアでサラの死亡説まで流れ始めました。
2020年8月26日、サラはやむ無くSNSを更新し乳がんを公表しました。

Sarah's Last Photo

これまで近しい人にも報告していなかったためファンだけでなくガールズ・アラウドのメンバーもショックを受けていました。

しかしサラは乳がん相手であっても諦めず闘いました。
闘病の最中自伝を執筆し発売を見届けたり未発表曲をリリースし、その売り上げを乳がん研究団体に寄付しました。
コロナ禍で治療が遅れた事をずっと後悔しており、自分のような若年性乳がん患者を出さないようにと早期治療の啓発を続けました。
脳や肺に転移した腫瘍が縮小したり意識不明の中から復活したりとがんに負けない強さを見せ、ファンもきっと大丈夫と信じ続けていました。

Her Biography "Hear Me Out"
Wear It Like a Crown

しかし2021年の今日、更新できなくなったサラの代わりに母マリーが訃報を伝えました。
あまりにも早い訃報にイギリス中がショックを受け各界からたくさんの追悼の言葉が寄せられました。
その中にはクイーンのブライアン・メイやリナ・サワヤマもいました。
シェリルはあまりのショックで追悼文をすぐに出せずライブ出演をキャンセルするなどなかなか立ち直れずにいました。
ナディーンは気丈にライブ出演していましたが歌声が震えていてショックを隠しきれない様子でした。

Sarah's Last Instagram

交友関係

サラの友達は芸能界にもたくさんいました。
その中の何人かを紹介します。

*デニーズ・ヴァン・オーテン
デニーズはサラと映画で共演したのを機に仲良くなりました。
祖母を乳がんで失ったデニーズはサラの死に心を傷めており、ブルーのダンカンと共に寄付金を集めました。
またデニーズはキンバリーの良き友達でもあります。

Sarah and Denise

*ダンカン・ジェームズ(ブルー)
サラの長年の友達であるダンカンはグループとしてだけでなく個人的にも追悼文を出していました。
サラが闘病していた時には過去の大けがの経験を活かしてがんの痛みの緩和ケアを手伝っていました。

Sarah & Duncan

*イアン・H・ワトキンス(ステップス)
ステップスのメンバー、イアンとは『タンブル』での共演を機に友達となりました。
サラの闘病を応援しており自伝の出版や未発表曲がチャート入りした時には自分の事のように喜んでいました。
イアンはイベントでガールズ・アラウドと会ったりツアーを観に行ったりするなど現在はメンバーとも交友を深めています。

Sarah & Ian

サラが遺したもの

ここからは以前のnoteと重複するかも知れません。
サラが亡くなり打ちひしがれながらも現地のファンはすぐさまサラの意志を受け継ぎ募金を始めました。
サラの担当医をはじめ医師や研究者達が若年性乳がんの研究に取り組みだしました。
サラの訴えを聞き「私も検診受けてみよう」と行動した人達の中から次々と早期治療に繋がった人達が出てきました。

いつまでも塞ぎ込んでいられないとガールズ・アラウドのメンバーも立ち上がりました。
チャリティ企画に次々と参加し1年で100万ポンドを集めました。
そして遂に今年サラの悲願だった結成20周年記念ツアーを開催しました。
ツアーではサラの好きだったシャキーラの『ワカ・ワカ』で会場を盛り上げ、生前の映像や未公開の音源を使ってサラと共にツアーを駆け抜けました。

The Girls Aloud Show

ツアーの集大成としてグループとしては初のプライドイベントに出演し、これまで一緒にチャリティ活動をしてきたオリー・アレクサンダーとも共演しました。

Girls Aloud and Olly Alexander at Brighton Pride

サラはこの世界に音楽を残し、どんな困難にも臆する事なく挑み続ける姿を私達の心に刻んでいきました。
そしてサラの意志はたくさんの人に受け継がれ、苦しむ人達の力になるようにと導いています。

今日は一日サラの事を想って過ごします。

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