生物多様性が失われつつある今、我々には何ができるでしょうか?今回のゲストはこの地球規模の大きな問題に立ち向う、株式会社バイオーム CEOの藤木庄五郎さん。地球の生物多様性の保全と回復を目指した活動が新しいビジネスと社会につながることを目指し、いきものコレクションアプリ「Biome(バイオーム)」を開発・展開されています。本記事では2024年3月5日(火)に行われたSGDトークの模様をお届けします。
SOCIAL GREEN DESIGNや、SGDトークについて知りたい方は以下のURLからご覧ください。
当日の大まかなスケジュールは以下の流れで行われました。
17:00-17:15 イントロ(15min.) – ソーシャルグリーンデザインとは?
17:15-17:45 ゲスト紹介(30min.)
~休憩5分~
17:50-18:45 モデレーターとの ディスカッション(55min.)
18:45-19:15 Q&A(30min.)
19:15-19:30 クロージング(15min.) – 今日のまとめ
藤木さんの発表(ゲスト紹介) 藤木さん :現在、非常に多くの生物が絶滅の危機に瀕しています。現代の生物の絶滅は、白亜紀よりも早く進行していると推定されていて、ホモ・サピエンスによる要因がその大部分を占めます。
藤木さん :生物の絶滅は人類の生存に関係する問題だと考えられます。例えば世界の農作物の約4分の3は昆虫の受粉に依存しているとも言われており、昆虫がいなくなったら、人類は大ダメージを受けます。人類を支えていくための食料生産には生物多様性の環境が必要不可欠です。また、感染症も増えるだろうと言われており、生態系が崩れると生態系に偏りができて何らかの病気やウイルスが流行る可能性が高まります。
藤木さん :生物多様性条約 COP15の会場では「ラストチャンス」という言葉が飛び交っていました。ここ10年(2020年〜2030年)を何もしないで過ごしたら、不可逆的なラインを超えてしまうんじゃないか、と熱量高く、各国政府、企業などが会議で議論を交わしていたのが印象的です。
藤木さん :こうした背景もあり、「気候変動」と「生物多様性」が現在、世界二大環境問題ともいわれるほど注目されており、これに配慮した企業が投資に値するという大きな流れができています。気候変動の分野では化石燃料の利用がネガティブな文脈で注目されますが、生物多様性の分野では自然資本(土地や天然資源)の利用の仕方に注目が集まっています。ただ、生物多様性には、気候変動と違って単一の共通指標がなく、地域ごとに個別対応が必要というのが特徴的です。ネイチャーポジティブ(自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること)に対して良い活動をしている地域、そうでない地域といった評価が発生する可能性があり、企業もそういった考え方を事業活動に取り込む必要が出てきています。
藤木さん :ただ、生物多様性は数値化が難しく、これが課題だとずっと私も考えてきました。これをしないとルールも作れず、計画も立てられないということになってしまいます。そこでバイオーム社では、生物多様性のデジタル化を進めてきました。自然資本がただそこにあるというだけではなくて、その価値が見えるように、データを可視化しています。
デジタル化には、どの場所にどういう生き物がいるのかという位置情報が重要ですので、スマホのGPSを使ってそれらを把握する取り組みを実施してきました。それを可能にしたのが生物多様性を楽しみながら調査できる「いきものコレクションアプリ Biome」です。
藤木さん :Biomeでは、生物の生息状況をスマホを通じてデータとして蓄積しています。生き物に特化した名前判定AIで、画像から生物の名前を特定し、その情報をユーザーさんに登録してもらう仕組みです。
藤木さん :アプリ自体は生き物を探すという楽しい体験をエンターテイメントとして提供していけたらと考えていて、ユーザーさんに生き物の写真を撮ることを楽しいものとして感じてもらえるような作り方をしています。ポケモンGOのリアル版のようなもので、広告を打たない無料のアプリで90万人以上が使ってくれています。
藤木さん :1日で最大1.5万件の情報がアップロードされており、生物の今の状態を可視化できるようになってきました。間違った情報をクレンジングする(投稿の誤りを修正したり削除したりする)処理技術も活用しながらデータの精度を担保もしています。
藤木さん : このアプリで集まったデータを活かし、様々な事業を展開しています。例えば外来種の発見情報を集めて自治体に提供し、駆除に繋げるという取り組みを、神戸市などで導入してもらっています。また、建設業と協同して在来種の種子供給源を把握し、地域性種苗の実現に向けた取り組みを進めたこともあります。
このように生物多様性をデジタル化することでさまざまな新サービスが生まれてきました。弊社だけでも15個以上のサービスを展開しており、エコツーリズムや緑地のエンタメ化、教育現場での導入、有機農法の効果測定など、さまざまなサービスを提供しています。
藤木さん :協業、コラボも多数生まれています。60以上の自治体・官公庁、170以上の企業・団体との繋がりがあります。
ディスカッション 藤木さんのお話の後、モデレーターの小松正幸さん(株式会社 ユニマットリック)、三島由樹さん(株式会社 フォルク)、石川由佳子さん(一般社団法人 for Cities)を交えた様々なディスカッションが行われたので、その一部をご紹介します。
三島さん :住まいで虫が出たら大騒ぎの世の中で、人間がアプリを通じて生き物を愛でる未来が湧きました。藤木さんから見て、日本のみどりや都市緑化の状況についてざっくりと伺いたいです。
藤木さん :まず日本全体としては、ほとんど山が杉・檜になってしまったのが、大きな環境破壊になりました。みどりは多いけど、偏っている国という印象です。ただ世界的に見ると、生物多様性が比較的維持できているホットスポットとも言えます。
都市部のみどりは頑丈で枯れにくいとか見栄えが良いとかが価値だとされてきました。一方でネイチャーポジティブの考え方だと、近くの自然環境からの連続性を重視することで、鳥が移動できるようにしたり、なるべく在来の植物を植えるなど、生物多様性に配慮した設計が重要になりつつあります。
石川さん :高層ビルに囲まれた都市景観において虫はほとんどいません。都市で行うイベントで毛虫が載ったポスター案を作ったところ、「ワーカーから気持ち悪いという意見が寄せられるかもしれない」という声が挙がったことがありました。これはどう変えていったらいいだろうか?と考えてしまいました。
藤木さん :私のアプリ開発の哲学としては、倫理に根ざしすぎない方が良いと思っています。例えば「環境保全はやらなくてはいけないからやりましょう」という話に持っていきがちなのですが、そういうやり方は多くの人に刺さりません。それならば人間が持っている欲求に根ざすのが良いと思っていて、食欲や自己顕示欲、楽しさやワクワク感などが大事です。アプリの中では「生物多様性があることがラッキー」だと思ってもらえるように、コレクション欲(をかきたてる仕掛け)や、投稿に人気が集まればピックアップされて顕示欲が満たされるような作りになっています。いろんな欲求が発散できる場になったら良いなと。 虫がいてその場の価値が下がるということは僕も変えていきたいなと思っていています。実際に、Biomeアプリのユーザーは家の中に蛾が入ってきたら喜ぶんですよ。写真撮って、ゲット!って感じで。蛾がいることは価値で、蛾がいることでラッキーだと思える価値観、アプリはそれを生み出していく装置なんです。毛虫嫌いな人が毛虫好きになるのは難しいと思うんですが、少なくともアプリの中では価値をもつものとして成り立つと思います。
小松さん :環境問題はボランティア活動になりがちで、それがビジネスになることが考えにくかったです。しかし、今はそれをビジネスにすることも増えています。藤木さんは継続的に雇用を生み出していますが、どうやって始めたのか?マネタイズしていくまでの過程を教えていただけたらと思います。
藤木さん :始めた時は世の中的に環境問題はボランティアの領域で、ビジネスの考え方はありませんでした。しかし、多くの人を巻き込むためにはそれではダメで、お金を考えないのはナンセンスだと思っていました。なので、環境保全がきちんとビジネスになることを示して、他の会社が真似したくなるようなモデルケースを作ろうと考えました。最初の2年は売上ゼロで投資家巡りをしてもひどいことを言われることが続きました。100社回っても100社断られるみたいな時期もありました。
耐えながらやってきてわかったのは、各企業さんの価値を生み出す仕組みがあるんです。例えば鉄道であれば人を動かして切符を売るというビジネスがあります。それを生物多様性と重ね合わせればいいんじゃないかと。自然豊かなところに人が訪れることで、鉄道に乗る人が増えて運賃も儲かるような提案をしたら、ビジネスとして回るようになりました。基本的には提案しないと向こうは気づいてくれないので、最初は提案営業を繰り返しましたが、今ではありがたいことに何もしなくても問い合わせがたくさん来るようになりました。
ゲストに対するQ&A 藤木さん :まず飼育個体に関しては、飼育個体タグをつけてもらうようにアプリ内で案内しています。見た目だけではわからないことも多いので、ユーザーさんから情報をどう集めるのかの設計を今後していきたいです。ただ状況によっては、例えば本来森の中にいる個体が都市部にいたら飼育個体である場合が多いです。こういった投稿はデータとして扱うときに除去することもできます。
藤木さん :生物多様性保全をしないと世界が終わると思っていて、その信念でやっていたので、特に心が折れそうになったことはありません。その状況を変えていくのは自分でありたいです。周りの仲間にもたくさん迷惑かけてきましたが、時間がかかることだと思って粘り強く進めてきました。
藤木さん :データベースを使って、どうしたらネイチャーポジティブが実現できるのかを解析することはできます。例えば、どの場所に緑地を設計していけば連結性が上がっていくのか、植栽を変えたらどう生物種が変わっていくのかなどは結構良い解析結果が出てきています。個別案件に対応する形になるので結果を出せるまで3ヶ月くらいかかることが多いです。システムとして一般化するのはまだ時間がかかりそうです。植えるものについては、外来種は植えないほうがいいということくらいしか一般的には言えないと思います。
藤木さん :分類学の専門家にAIはまだ到底及ばないです。専門家にアドバイスをいただきながら分類しています。写真としての限界も感じていて、どちらかというと日時や位置情報のメタ情報を学習させるようにもしています。見た目以外も有用な情報なんです。アプリ内では、AIでわからないことは他の詳しいユーザーに相談するというフローを組み込んで対応しています。
藤木さん :都市部は平野部が多いですよね。平野部の本来の自然は残っていない場合が多いです。だからそれを再現してみたいと思っていて、例えば大阪には淀川周辺に素晴らしい湿地帯が広がっていたと聞きますので、そういった自然を再現して、本来の姿に戻すようなことをしてみたいです。
石川さん :人間の介入以前以後でいうと、どちらのイメージですか?
藤木さん :原生的な自然が良いのか、里山的な自然が良いのか、どちらも正解だと思うので、はっきり良し悪しに結び付けられないですが、どちらかというと前者のイメージで話をしました。それを考える際は、鎮守の森など原生的な自然がヒントになります。
藤木さん :両生類が好きですね。アズマヒキガエルとか、とっても可愛いです。ただ生物が好きというよりは生態系の方が好きです。生態系ってシステムとして美しくて、複雑だけど持続的に維持されている点が、とても魅力的だと思います。
【SGDトーク】今回のまとめ 本当にたくさんの参加者にご視聴いただき、質問を寄せてくださった方々もありがとうございました。最後にゲストとモデレーターから一言ずつ、まとめの言葉がありました。
小松さん :見た目の設計だけではなく、生物多様性のデザインを作ることで、住まいや施設、地域がより豊かに変えていくことができます。藤木さんはデータを活用してプラットフォームを作られており、それがどんどん進化していることが素晴らしいと思いました。ビジネスという意味では、ビジネスマンらしくないところもありながら、環境保全をやりたくなる仕組みづくりをして、クライアントが実現したいものをコネクトして、ビジネスを回すことができていますね。
三島さん :生物多様性は小学生でも知っているワードになりつつありますが、それを身体感覚で感じることができないですよね。曖昧でわかりにくい印象があったなと思っています。それが「身の回りにこれだけ生き物がいるぞ」ということが可視化され「ざわざわした身体感覚」が、ユーザーさんに伝わっているんだと思います。それが大きなインパクトになっていますね。データベース自体で世界は変わらなくて、それをいかにして我々が使うのかを考えないといけません。自分はすごい人の隣にいるなと。藤木さんが救世主に思えてきました。
石川さん :見えていないものを見える化するのはまちづくりで重要な視点だと思っています。大きな都市というプラットフォームの中で、見えないものを見える化することで、個人の発想が拡張されてアイデアが膨らみます。あとはやりたいからやっているのがすごい素敵だなと思っていて、そういう熱意を持って、活動していくことは素晴らしいことだと感じました。
藤木さん :まだまだアプリ自体も改善の余地があって、成し遂げたいことも成し遂げられていません。今回お話を聞いてくださった方々はネイチャーポジティブに詳しくなったと思っていただいて良いと思うので、人に伝え繋げていく橋渡しをしていただけたら嬉しいです。生物多様性の視点では、社会的にも経済的にも、時間がない状況です。引き続き頑張っていきますので、プロフェッショナルな皆様もぜひいろいろと教えていただきたいと思っています。
【SGDトーク】 プロフィール ゲストスピーカー
株式会社バイオーム 代表取締役 藤木 庄五郎(ふじき・しょうごろう) 1988年7月生まれ。2017年3月京都大学大学院博士号(農学)取得。在学中、衛星画像解析を用いた生物多様性の可視化技術を開発。ボルネオ島の熱帯ジャングルにて2年以上キャンプ生活をする中で、環境保全を事業化することを決意。博士号取得後、株式会社バイオームを設立、代表取締役に就任。生物多様性の保全が人々の利益につながる社会を目指し、世界中の生物の情報をビッグデータ化する事業に取り組む。データを活かしたサービスとして生きもの図鑑アプリ「Biome」を開発・運営。経済産業省が認定する『J-Startup』、未来を創る35歳未満のイノベーター「Innovators Under 35 Japan 2021」に選出。環境省「2030生物多様性枠組実現日本会議行動変容WG」 専門委員。https://biome.co.jp/
モデレーター
小松 正幸(こまつ・まさゆき) 株式会社ユニマットリック 代表取締役社長 一般社団法人ソーシャルグリーンデザイン協会 代表理事 NPO法人ガーデンを考える会理事、NPO法人渋谷・青山景観整備機構理事。 「豊かな生活空間の創出」のために、エクステリア・ガーデンにおける課題解決を目指している。https://www.rikcorp.jp/
三島 由樹(みしま・よしき) 株式会社フォルク 代表取締役 一般社団法人ソーシャルグリーンデザイン協会 理事 一般社団法人シモキタ園藝部共同代表理事 ランドスケープデザイナー ハーバード大学大学院デザインスクール、マイケル・ヴァン・ヴァルケンバーグ・アソシエーツ(MVVA)ニューヨークオフィス、東京大学大学院都市工学専攻助教の職を経て、2015年株式会社フォルクを設立。 ランドスケープデザイナーとして全国の様々な地域における文化と環境の資源をベースにした場やコモンズのリサーチ・デザイン・運営を行う。季刊「庭NIWA」にて「庭と園藝-社会とコモンズのデザイン論-」を連載中。https://www.f-o-l-k.jp/
石川由佳子(いしかわ・ゆかこ) 一般社団法人 for Cities 共同代表理事 アーバン・エクスペリエンス・デザイナー 「自分たちの手で、都市を使いこなす」ことをモットーに、様々な人生背景を持った人たちと共に、市民参加型の都市介入活動を行う。(株)ベネッセコーポレーション、(株)ロフトワークを経て独立、一般社団法人for Citiesを立ち上げ。「都市体験の編集」をテーマに、場のデザインプロジェクトを、渋谷、池袋、アムステルダムなど複数都市で手がける。学びの場づくりをテーマに、アーバニストのための学びの場「Urbanist School」、子供たちを対象にした都市探求のワークショップ「City Exploration」を実施。最近では、渋谷区のササハタハツプロジェクトにて街路樹のオンラインデータマップ化を目指す「Dear Tree Project」を立ち上げ、都市のみどりづくりにも携わる。https://linktr.ee/YukakoIshikawa
(執筆:稲村 行真)