<SOCIAL GREEN TALK 3>「花壇の事件簿 ~人は「花どろぼう」を許せるか」ゲスト:松山 誠さん(園藝探偵)
突然ですが、園藝探偵ってどんなお仕事だと思いますか?
探偵といえば、何か事件を解決する糸口を発見する仕事というイメージがありますよね。でも、園藝の事件ってなんなのでしょう。
例えば、日本には今も昔も「花どろぼう」がいて、書籍や新聞を辿ると歴史の様々な局面で花を盗むという事件があったようです。このような「園芸に関する情報」を掘り起こすのが、園藝探偵というお仕事なのだとか。
2020年1月13日、SOCIAL GREEN TALK(※)の第3回が開催されました。今回のゲストは松山 誠さん。現在は、園藝探偵という肩書きで活動をされています。今回、「花壇の事件簿 ~人は「花どろぼう」を許せるか」と題して、トークとディスカッションが行われた記録をお届けします。
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※SOCIAL GREEN TALKとは?
みどりに関する多分野のゲストをお招きし、みどりに対する考え方を学ぶとともに、アイデアをどう実践して社会を変えていくかを考える試みです。全6回の講座となっており、庭師やランドスケープデザイナー、環境活動家の方など様々な分野の方がゲストとして登場します。詳細は下記ホームページをご確認ください。
また、SOCIAL GREEN TALKは、SOCIAL GREEN DESIGNのオープニングイベントの1つです。SOCIAL GREEN DESIGNという取り組みが生まれた背景について知りたい方は、1本目のnoteの記事もご覧ください。
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<SOCIAL GREEN TALK3 スケジュール>
19:00~19:15 イントロダクション
19:20~20:00 松山さんのトーク
20:00~21:00 質問・ディスカッションなど
ゲスト 松山誠さんのトーク
松山さんの発表は自己紹介から始まりました。30年以上かけて、花の生産から加工、販売などの川上から川下までの幅広い仕事を経験された後、現在の園藝探偵のお仕事を始めたそうです。
松山さん:園藝探偵とは「園藝めがね」をかけるように、様々な情報を掘り起こすということです。最初の仕事は、2009年に誠文堂新光社が出している『フローリスト』という月刊誌のコラムを書く仕事でした。その後、様々なテーマで執筆を経験する中、2016~18年に同じ出版社の『農耕と園藝』、『フローリスト』という2つの雑誌の合同企画でフリーペーパーを出すことになり、そのタイトルが「園藝探偵」という名前でした。これが今の肩書きの由来です。現在はあちこちから園藝に関する情報を集めて、面白いと思ったものを「カルチべ」というサイトに掲載しています。
松山さんは今まで、情報収拾をする上で一番読んできたのが新聞とのこと。今回は国立国会図書館のデータベースを利用して「花どろぼう」に関する新聞記事の検索をしたことで見えてきたキーワードを6つに絞り、事例とともに紹介してくださいました。
1. 公園が「公徳心」を育てるということ
松山さん:公徳心とは、公共のルールやマナーを守ろうとすることや、公共物を大切に扱うこと、人に迷惑をかけないよう社会の一員という自覚を持って行動することなどを指す言葉です。日比谷公園が開園するのは明治36年(1903)のことですが、明治30年代には、国民の公徳心向上に関する議論が活発に行われていました。当時は公園が誰でも入れる場所という発想がなく、園内に植えた花を盗む人が出てくるのではという懸念がありました。でも、日比谷公園を設計した本多静六博士は、「飽きるくらいたくさんの花があれば、盗む気は起きない」という内容の答弁をしたそうです。つまり、公園が人々の「公徳心」を育てる場として語られていたのです。
2. 「花抜き」の集団心理
松山さん:1940年、紀元二千六百年記念行事のために、皇居前に作られた菊花壇がイベント後にむしり取られてしまったようです。この時の様子が1941年の婦人公論に載りました。行楽の思い出に花を折ることが普通の時代だったようです。また、1990年の大阪国際花と緑の博覧会でも花を抜くことが起こりました。自分も取らねば損をするという集団心理も働いたようです。その後の2000年の淡路花博では閉幕時に整理券を出して花は翌日に配布といった対策がとられたようです。
3. 街をきれいに
松山さん:街を花できれいに飾るというのは、1964年の東京オリンピックの時がピークでした。聖火ランナーが通る道を中心に花壇が作られ、花が植えられました。しかし、開催の1ヶ月前になって、渋谷の商店街で花壇の花を盗む人が出たそうです。フェニックスやソテツなどの高価で珍しい花がめちゃくちゃにされたという新聞記事がありました。
4. 園芸ブームと自然保護
松山さん:1970年代は高度経済成長の歪みが生まれ、環境問題が深刻化した時代です。そんな中、誠文堂新光社の雑誌『ガーデンライフ』やNHKテレビの番組「趣味の園芸」が園芸ブームを牽引しました。注目すべきは、需要の拡大に対して、生産や流通がまだまだ追いつかなかったということ。園芸情報が広まるほど、植物の自生地が奪われるという現象も起こりました。また、稲作から園芸へと作物を転換する動きも見られました。1990年代になると、雑誌『BISES(ビズ)』の創刊や花と緑の博覧会が開かれるなど、ブームがさらに加速していったのです。
5. 立て札とメッセージ
松山さん:自分で種子を蒔き育てる時代から花つきの苗を買う時代への変化や、庭の外部化について考えていきましょう。1999年の事例で、家の前に置いていた夕顔の鉢を盗んだ人に向けて、「どうぞここで育てて」という立て札を立てた話があります。盗人を悪い人だと見做していないようです。また、自分が種蒔きから育てた夕顔だったので、(余分の苗が残っていたため)取られた後の対処がお店から新しく買うのとは違っている気がします。
ところで、香山美子さんの著書である児童文学『五時間めのノート』( 三十書房,1964)の中に、花どろぼうの話が出てきます。父親が子供に対して、近所の子に花を盗まれて庭に立て札を立てたことについて、「立て札があるという綺麗事で、問題は解決しません。盗んだ人の気持ちを想像しましたか?」という内容を話します。それに対して主人公は次の日、自分の庭の花を全部刈り取ってしまいます。庭の花を泥棒をした子供と一緒に育てるという関係を作ることはできなかったのでしょうか。「庭を開く」ということについて考えさせられます。
6. 新しい公共の時代
松山さん:90年代に企業の社会的責任ということで、CSRなどからSDGsへの流れが生まれました。また、阪神淡路大震災や東日本大震災などを経て、官でも民でもない第三の組織(サードセクター)も生まれ、協力し合うコミュニティへの期待が高まりました。
最後に、最近のことについても触れておきましょう。2020年(昨年)には、商店街で花壇に対して破壊行為をするという事件も起きています。コロナ禍で大きなストレスが溜まっているのかもしれません。監視カメラも良し悪しだと思います。今まで社会の闇に包まれて見えなかったことが見える時代になりました。
まとめ
1. 多様性豊かな日本の自然とその利用
松山さん:まずは花どろぼうの由来なのですが、日本には豊かな自然を背景として、草を刈って野焼きをするなどの共有地(入会地)がありました。草木は屋根葺きや家畜の餌、緑肥、田植えの前に入れる刈敷にもなったのです。草花や木の葉に季節や情緒をおぼえる感性は和食を飾る妻物にも表れています。 この様な背景の元に花どろぼうは生まれたのです。
2.閉じた庭から開かれた庭へ
松山さん:1920年代に、ヨーロッパでは社会貢献やチャリティ活動の動きもあり、庭を開くことが始まりました。都市の価値を上げる意味で、コンクールや表彰も生まれ、今のヨーロッパの原型ができたのです。日本でもこの10年で新しいタイプの市民農園やコミュニティガーデンが作られました。美しい草花で街を飾る庭というより、地域のさまざまな人が参加できる新しい緑地の創造と利用が期待されています。
3.大きな裏庭(バックヤード)
松山さん:最後に、イギリスの庭の話をしましょう。街路全体の美観を良くすることは、地域の資産価値の向上にもつながります。そのため、前庭は芝生を敷いて花を植えてきれいにするということが地域で決められています。一方で、裏庭は家族のプライベートな空間となっており、塀を高くして外からあまり見えないようなスペースのなかで家族がくつろぐ場所なのです。庭を外に開くとき、天候不順や病害虫被害、また花どろぼうに対応するためにも、大きな裏庭を持っていることが重要です。現代の裏庭、バックヤードは、個人の広い土地を意味していません。人々のネットワークのなかにつくることができると思います。種苗や土、知識、作業にかかる人手などすべてをそこから得ることができるはずです。
松山さんは発表をまとめるにあたり、日比谷公園の事例で触れたように花には公徳心を教育する力があるという一方で、立て札の話では文化主義やきれいごとで世の中は変えられないという側面もあることに言及。それでも、きれいごと含めて、堂々と発言することなしに人を巻き込むのは難しいだろうとのことでした。
SOCIAL GREEN TALK コーディネーター(小松さん・三島さん)とのトークセッション
ーーここからは、SOCIAL GREEN TALKのコーディネーターを務める株式会社ユニマットリックの小松正幸さんとランドスケープデザイナーの三島由樹さん(株式会社フォルク)を交えたトークセッションです。
三島さん:大変興味深いお話をありがとうございました。みなさん気になっていると思うのですが、松山さんは今回、なぜ「花どろぼう」というキーワードでお話しされたのでしょうか。
松山さん:(SOCIAL GREEN DESIGNの考え方として)庭を外に開いていく上で、日常的に花泥棒は起きています。それをあらかじめ伝えて、考えていただく機会を設けようと思いました。
三島さん:花の商業性についても伺っておきたいです。ビジネスの視点で、花の業界をどうお考えですか?
松山さん:花の利用の仕方がまだまだ開発されていません。昔ながらの一年草ばかりが使われていて、秋冬はパンジーが使われることが多いです。栽培の方は十分足りているので、生活の中でどう使っていくのかという細かい提案が必要でしょう。
小松さん:いつも問題なのは、建築、造園、外構、園芸などの業界が縦割りなことです。消費者からみたら同じ業界なのに、連携が進んでいないと感じます。
松山さん:今の業界を変えるよりは、SOCIAL GREEN DESIGNのように、新しい提案が必要です。きれいな庭を作るのではなく、多くの人が関われる緑地を作ることで今までにない新しい発想が生まれるでしょう。鍵を握っているのは、第2回のジョンさんの話であったように、種、土、苗などを自分たちで用意することです。
参加者からの質問タイム
松山さん:公共心でしょうか。明治時代に発明された言葉はたくさんあって、当時と現在では意味が違っている場合が多いので気をつけて見ています。
松山さん:商業空間にもっと緑が必要になってくると思います。あとは、家庭で野菜を育てたり、食べるとか、そういう人が増えるでしょう。100円ショップでも種は売っています。コロナ禍で自宅で料理を作る人が増えているし、ハードルは下がってきていますね。
松山さん:花どろぼうを風流人とみると、まったく植物に無関心な人よりは僕らに近いです。無関心な人たちに向けて、植物をよく見てもらい、良さを広めていく必要があります。
小松さん:歳をとったり、病気になったりすると花や緑に興味が湧くというのはよく聞きますよね。
三島さん:小さい頃に何か植物を買って育てるというのはすごく大事な経験だと思います。時間軸としても長い経験ですよね。
松山さん:(コロナ禍で家で過ごすことが増えているので)植物を小さい庭で育てて料理もやれば、緑を観察するだけでなく家に取り込むということもできます。ただ、ステイホームでも家に居ずらい人がいるので、その場合のサードプレイスも考えなければなりません。
松山さん:受け手の問題が大きいです。盗まれた側が許すかどうかでしょう。
小松さん:ある意味、ハラスメントに近い話でもありますね。
本日のまとめ
三島さん:本日はありがとうございました。今後、ぜひ何か一緒に取り組ませていただけたらと感じました。松山さんが出されたフリーペーパー・『園藝探偵』の目次を拝見すると、誰でも何かしら惹かれるトピックがあるように感じます。園藝について幅広い可能性を感じることができました。
松山さん:皆さんには、園藝を面白いと思った方向で試行錯誤してほしいです。ありがとうございました。
小松さん:今までのガーデンの業界に広がりを感じれるお話でした。ビジネス的な側面だけでなく、社会や文化の側面のお話もしていただきました。みなさんご参加ありがとうございました。
ーー今後の予定としては、1月27日(水)に第4回のトークが開催されます。詳細は以下をご確認ください。
\SOCIAL GREEN TALK、申し込み受付中!(無料)/
1月27日(水)のゲストは山口 陽介(有限会社 西海園藝)さん と猪鼻 一帆(いのはな 夢創園)さんにお越しいただき、「100年後も日本庭園が愛される 三つの理由」というテーマで議論を行います。
▼お申し込みはこちら
▼SOCIAL GREEN TALKのスケジュール
SOCIAL GREEN TALK3 ゲストのプロフィール
ゲスト
松山誠(まつやま まこと)
科学博物館後援会勤務後、花の専門小売店、葬儀、婚礼、量販店、加工、仲卸、資材販売、輸入会社、花卉生産(切花・鉢物・薬草)等、いわゆる川下から川上へ30年以上かけて遡り実際の経験を積む。この間、欧州、アジア、南ア等世界各地の花産地を訪ねる。この10年は花卉装飾技師「永島四郎」を中心に明治から昭和にかけての日本近現代園芸史を研究中。誠文堂新光社『農耕と園藝』オンライン【カルチべ】にて「読む園芸」の試み、「園藝探偵の本棚」を連載中。
ウェブサイト:https://karuchibe.jp/
コーディネーター・聞き手
小松正幸(こまつ まさゆき)
株式会社ユニマットリック 代表取締役社長 / (一社)犬と住まいる協会理事長 / NPO法人ガーデンを考える会理事 / NPO法人 渋谷・青山景観整備機構理事 / (公社)日本エクステリア建設業協会顧問 / 1級造園施工管理技士
E&Gアカデミー(エクステリアデザイナー育成の専門校)代表。RIKミッション『人にみどりを、まちに彩を』の実現と「豊かな生活空間の創出」のために、エクステリア・ガーデン業界における課題解決を目指している。
三島由樹(みしま よしき)
株式会社フォルク 代表取締役 / ランドスケープ・デザイナー
1979年 東京生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。ハーバード大学大学院デザインスクール・ランドスケープアーキテクチャー学科修了(MLA)。マイケル・ヴァン・ヴァルケンバーグ・アソシエーツ(MVVA)ニューヨークオフィス、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻助教の職を経て、2015年 株式会社フォルクを設立。 芝浦工業大学、千葉大学、東京大学、日本女子大学、早稲田大学非常勤講師。Tokyo Street Garden 共同代表。八王子市まちづくりアドバイザー。加賀市緑の基本計画策定委員。白山市SDGs未来都市推進アドバイザー。IFLA Japan委員メンバー。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)
(執筆:稲村行真)