<SOCIAL GREEN TALK 6>人と自然をつなぐ「場」のデザイン ゲスト:金香昌治さん(株式会社日建設計)
身近な生活圏にみどりはありますか?みどりは人の暮らしに豊かさをもたらすものです。主に世界の都市空間で、どのように緑がデザインされているのかお話を伺いました。2021年3月10日、SOCIAL GREEN TALK(※)の第6回を開催。今回のゲストはランドスケープアーキテクトの金香昌治(かねこ しょうじ)さん(株式会社日建設計)です。今回、「人と自然をつなぐ「場」のデザイン」と題して、トークとディスカッションが行われた記録をお届けします。
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※SOCIAL GREEN TALKとは?
みどりに関する多分野のゲストをお招きし、みどりに対する考え方を学ぶとともに、アイデアをどう実践して社会を変えていくかを考える試みです。全6回の講座となっており、庭師やランドスケープデザイナー、環境活動家の方など様々な分野の方がゲストとして登場します。詳細は下記ホームページをご確認ください。
また、SOCIAL GREEN TALKは、SOCIAL GREEN DESIGNのオープニングイベイベントの1つです。SOCIAL GREEN DESIGNという取り組みが生まれた背景について知りたい方は、1本目のnoteの記事もご覧ください。
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<SOCIAL GREEN TALK6 スケジュール>
19:00~19:15 イントロダクション
19:20~20:00 金香昌治さんのトーク
20:00~21:00 質問・ディスカッションなど
ゲスト 金香昌治さんの発表
トークは、金香さんの自己紹介から始まりました。
金香さん:2003年にシアトルに渡り都市デザインやランドスケープの仕事をしてから2012年に帰国しました。株式会社日建設計という所で4~5年都市計画や都市デザインの仕事をしたのち、現在はランドスケープに軸足を置いています。アメリカでお世話になったランドスケープアーキテクト・キャサリングスタフソンさんの「空の下は私のもの」という言葉をよく覚えています。つまり、建物を出た外の空間は全てランドスケープの問題として捉えられ、それがどのように都市景観に影響するのかを考えるのが重要だということです。みどりを「デザインされた屋外スペースの総称」として考え、これからの話をお聞きください。
自己紹介の後は、課題意識に関するお話をしていただきました。身近な場所にみどりがあることで、人の暮らしに豊かさをもたらすそうです。
金香さん:人間は進化を遂げてきましたが、本当に豊かになっているのか?という課題意識があります。人間の経済活動が地球環境を脅かしているのです。日本人の暮らしを世界の人々が維持すれば、地球が2個も3個も必要だと言われています。そんな中で、地球を守る鍵は都市のデザインにあるのではと考えています。陸地の2%が人の住む土地ですが、温室効果ガス排出の70%の責任を負っているのです。私は都市と自然の関わりをテーマにしています。このネイチャーピラミッドでは、「毎週こんなところに行けたらいいなあ」と妄想しながら、自分が訪れたことのある好きなみどりをマッピングしてみました。人が快適に暮らすうえでは、身近な生活圏にみどりがあることが重要です。
都市とみどり(シンガポール「Rail Corridor」)
都市とみどりの関係について考える事例として、金香さんが関わったシンガポールのマレー鉄道の跡地をパブリックスペースにするプロジェクトについて、ご紹介いただきました。
金香さん:世界中で脱炭素を目指したグリーンリカバリーの動きが活発化しています。シンガポールでは、マレー鉄道の跡地をパブリックスペース化する提案を募る国際コンペがありました。みどりに対する国レベルの政策が非常に進んでいて、日本であれば建築家だけが招聘されるところでも、建築とランドスケープが両方いるチーム組成が要件になっていたのが素晴らしいと感じました。日本でも専門職能の分担から協働していく働き方へと変わっていくべきです。その際に、うまく各分野を調停するような役割をランドスケープアーキテクトが担う必要があるでしょう。
金香さん:マレー鉄道は1903年開業で、100年の歴史があります。(パブリックスペース作りをする上で)鉄道の記憶や人と文化の多様性などがテーマになりました。24kmもあるので両側の無数のコミュニティから派生してくる毛細血管のような面的な捉え方をしました。多様なレイヤーを図式化し、(現地を歩いている人が)自分がどこにいるのかわかるようなサインの仕組みや休憩所のデザインなども行いました。長きにわたるプロジェクトだからこそ、ビジョンづくりの大切さがわかりました。広域的なプランニングとコミュニティ目線の働きかけの相互作用が必要でした。
▼マレー鉄道の跡地をパブリックスペースにするプロジェクト「Rail Corridor」
建築とみどり(日本の都市空間)
次に、建築とみどりのデザインについてお話いただきました。
金香さん:仕事をしている竹橋のパレスサイドビルは、陽を浴びれるとか、眺望があるとか(自然との繋がりが意識できる)バイオフィリックデザインに配慮した空間になっています。ここでアメリカ時代に担当したシアトルのビル&メリンダゲイツ財団のキャンパスについて触れておきます。建物をプランで見ると一見奇抜なブーメラン型のデザインですが、ランドスケープと建築を同じストーリーの中で語ることができるものです。クライアントのビジョンとも重ね合わせ、足元はシアトルのストリートに根ざすとともに、世界と繋がるようなイメージのレイヤーが上に乗っています。下に行くと内部のみどりに吸い込まれ、上に行くと外への眺望があるようなデザインです。この求心性と遠心性が特徴と言えます。
金香さん:日本らしいデザインについて、伝統に学ぶことは多いです。縁側のような中間領域や、借景のようなフレーミング、室内に自然を取り込む坪庭などが参考になります。これらのデザイン手法を活かせると街をもっと面白くできるのではないかと考えています。空間の領域性、つまり何を自分の内や外と捉え、その間には何があるか。小林達夫さんの著書『縄文ランドスケープ』を読んでいると、「ウチ」や「ソト」がどんどん繋がっていく感覚や風景の奥行き感について考えさせられます。
金香さん:日本には高度な緑化技術、繊細なディテールや施工技術など、世界に誇れるものがたくさんあります。東京都市圏では通勤ラッシュ時に1000万人が都心に流れ込みます。その中で、通勤経路上の公開空地が周辺のまちに開かれることによって、快適なルートを選択できるというのは都市の豊かさを考えるうえで重要です。渋谷の宮下公園では、屋上にある公園に至る動線と建物の機能が一体的にデザインされています。山登りをするときのように色んなルートが楽しめる、みどりと建物が一体となった重層的なパブリックスペースを生み出しています。(以下の写真のように)道路、鉄道、公園が3層に重なる場所もあります。建築、ラインドスケープ、土木のハイブリッド化が進んでおり、これが都市体験を豊かにします。日本らしい中間領域が立体的に繋がるということが少しずつ進んでいるのです。
土木とみどり(柏の葉アクアテラス)
柏の葉アクアテラスの事例についてもご紹介いただきました。
金香さん:ランドスケープを整備することは都市の豊かさに寄与します。ニューヨークのハイラインは、高層ビルを建てなくても都市を豊かにできることを証明したゲームチェンジャーと言えるでしょう。柏の葉では、ゴルフ場だったところに鉄道を通して駅ができ、ららぽーとや住宅も作られました。その中で、真ん中に横たわる調整池を開かれた安全な空間としてどう改善できるかという課題がありました。そこで、入れる場所を限定して、テラスやステージを日当たりの良いところに集約して、ブリッジをかけ、色々な角度や高さから池の景観を楽しむことを考えたのです。散策できる道の整備をしつつも、水位が上がるとセンサーと連動する仕掛けで注意喚起をしています。スタッフが泥が上がって歩けない通路にブラシがけを行ったり、子供が昆虫採集をしたりという風景も生まれています。池に向かって座るという行為を通して、普段気にしない水の流れや自然との繋がりを感じ取れる空間になっていることが重要です。
SOCIAL GREEN DESIGNの可能性
最後に金香さんは、SOCIAL GREEN DESIGNに期待していることについてお話してくださいました。
金香さん:世の中には色々な社会課題があります。問題が大きい時ほど人の幸福に直接寄与できるデザインの力が必要です。綺麗事として緑がなんとなくあればいいというだけではなく、みどりの在り方や価値が定量的にも示されるようになると、違う次元の話をしている人とも話し合えるようになります。専門性をもった人々を繋げていくことをSOCIAL GREEN DESIGNに期待しています。
SOCIAL GREEN TALK コーディネーター(谷岡さん・三島さん・神木さん)とのトークセッション
谷岡さん:貴重なお話ありがとうございました。柏の葉のお話、興味深く聞かせていただきました。
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三島さん:緑がこれから本当の意味で社会に求められるようになっていくということについて、まずは今後の具体的な展望、実現していく上での悩みなどについて詳しく伺いたいです。
金香さん:都心の開発では短期的な収益性が優先されるので、経済原理の圧力と戦う場合もあります。みどりの価値は定量化しづらいですが、実際には緑豊かな空間はお客さんを呼ぶし、都市の評価も上げます。長期的に見ればみどりが開発や不動産の価値につながっていることを示す研究が世界的には進みつつありますが、日本ではまだその立証が十分ではありません。緑がもつ公共性や地域性などの価値を見える化するのは難しいですが、みどりを目先のコストではなく未来への投資と捉えることが重要です。
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神木さん:柏の葉のデザインにとても共感しました。私が一番追求したいのは人とのつながりや時間の使い方です。その仕掛けを作っておられますね。
金香さん:長く時間を過ごせるカフェなどの商業的なサードプレイスというのは、お金を払わないと使えません。働く場所と住む場所以外にタダで過ごせるお気に入りの場所(公共空間)があることが当たり前になっていくと良いと考えています。公共空間は人の居場所というより管理すべきものという考えが強く、日本の公園は特にそのような印象を受けます。・・・・・公共空間のデザインは様々なユーザーの意見を聞く合意形成のプロセスが重要です。入札で設計者を選んで行政目線で淡々とこなすだけでは良い空間は広がりづらいでしょう。途中で色々な人が関われる幅が大事です。
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谷岡さん:世界中の7割の人々が都市に住む中で、緑に囲まれていないところで働いている人ばかりです。緑の普及については、今後どのようにしていきたいのかというお考えはありますか。
金香さん:結局は自分のパーソナルな空間とパブリックな空間のどちらで長い時間を過ごすことを優先するか、その人の好みやライフスタイルによってかなり変わってきますよね。都心から離れると緑に触れる機会は増えるわけですが人と交流する機会は減るかもしれません。都会に住んでいるから自然を諦めるのではなく、まちなかにも自分の庭だと思えるような居場所としての公共空間を増やすためのみどりの普及活動をしていきたいです。
参加者からの質問タイム
金香さん:設計者の役割としては、設計してクライアントに移管して終わりにするのは面白くないので、空間ができた後もどう関われるか、が大事になってきていると思います。三島さんの下北線路街園藝部の活動は単なる空間のデザインで終わるのではなく、いろんなプレイヤーが関わる仕組みを作っています。日本的なソーシャルグリーンデザインだなと感じます。
金香さん:日本では縦割りをやめようという話が昔からありますが、世界的に見ても特殊だと思います。専門職能一つとっても屋内と屋外のアーキテクトやそれを実現するエンジニアが、建築・造園・土木それぞれの世界から出てきてもっと協働する動きが盛んになってほしいと思います。日本のランドスケープは、都市計画や建築と関わらない教育がされてきましたが最近は徐々に変わってきているのでこれからに期待しています。
金香さん:「ランドスケープアーキテクト」は横文字ですし、ぼやっとしていて定着しにくいイメージはありますよね。
三島さん:高校生が考える自分が就きたい仕事の第10位がランドスケープアーキテクトという記事を見ました。緑というよりはまちとか暮らしを支える仕事という印象が強いようです。
金香さん:中国では景観設計士と言うようです。その方がわかりやすいのかもしれません。ランドスケープアーキテクトは、日本ではまだ国家資格にもなっていませんし、リーダーシップを発揮するにも肩書きだけでは認められにくいのは確かです。プロジェクトごとに、ランドスケープ的なモノの見方を関係者に理解してもらい伝播させることから始めています。
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谷岡さん:お時間になりました。最後まで、聞いてくださり、ありがとうございました。来年度もSOCIAL GREEN DESIGNのスケジュールを検討中です。神木さん、三島さん、コメントをお願いいたします。
神木さん:トークを聞いてくださりありがとうございました。空間・時間・人をどう繋げるか探求しながら、素晴らしいクリエイターの皆さんと次世代の人につないでいきたいです。
三島さん:ゲストの皆さんが本気で緑を考えている方でした。ふわっとして感じの良いもの、アメニティ、お飾りと思う方も多いです。地球や命を支えるエッセンシャルな存在であると感じている方々にご参加いただき、本当に感謝しています。大事なことは新しい考え方や活動を生み出したり、アクションを作ったりしていくことだと思います。ゲストの方々、視聴者の方々とアクションを大事に関わっていただく様々な機会を作っていけたらと感じています。
谷岡さん:4,5月以降もトークを継続していくことになっています。また、ゲストやスケジュールが決まり次第、別途お知らせいたします。
▼SOCIAL GREEN TALKのスケジュール
SOCIAL GREEN TALK5 ゲストのプロフィール
ゲスト
金香 昌治(かねこしょうじ)
ランドスケープアーキテクト。株式会社日建設計 都市デザイングループ 公共領域デザイン部 ダイレクター。立命館大学客員教授。日本ランドスケープアーキテクト連盟(JLAU)理事。京都工芸繊維大学卒(建築設計)、ワシントン大学大学院にてランドスケープアーキテクチャ修士号(MLA)取得後、米国シアトルのGustafson Guthrie Nichol(GGN)にてランドスケープ及び都市デザイン業務に従事。2012年に帰国し日建設計入社。主な仕事にビル&メリンダゲイツ財団キャンパス、ワシントン大学レーニアビスタ、シンガポール・レールコリドー、柏の葉アクアテラス、品川車両基地跡地開発など。
ウェブサイト:https://www.nikken.co.jp/
コーディネーター・聞き手
三島由樹(みしま よしき)
株式会社フォルク 代表取締役 / ランドスケープ・デザイナー
1979年 東京生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。ハーバード大学大学院デザインスクール・ランドスケープアーキテクチャー学科修了(MLA)。マイケル・ヴァン・ヴァルケンバーグ・アソシエーツ(MVVA)ニューヨークオフィス、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻助教の職を経て、2015年 株式会社フォルクを設立。 芝浦工業大学、千葉大学、東京大学、日本女子大学、早稲田大学非常勤講師。Tokyo Street Garden 共同代表。八王子市まちづくりアドバイザー。加賀市緑の基本計画策定委員。白山市SDGs未来都市推進アドバイザー。IFLA Japan委員メンバー。登録ランドスケープアーキテクト(RLA)
神木直哉(かみき なおや)
KAMIKIKAKU代表
目的:人と人を繋げて新しい価値ある空間と時間の『間』を提供するユニットです。
強み:30社以上に及ぶネットワークと実現を可能にするディレクションチームをプロデュースします。
(執筆:稲村行真)